東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

赤羽 静勝寺の桜

2010-04-04 10:48:19 | ご近所

001 赤羽西口の静勝寺の桜もやっと見頃になったようです。赤羽には他にも宣伝されている桜並木や荒川土手の桜などありますが、しっとりとした雰囲気という点ではここが好きです。ここはもともと太田道灌が岩槻と江戸の中間点として稲付城という城004 塞を作った場所で、境内には道灌堂というお堂もあります。真下には岩槻街道(日光御成街道)が南北に走っていて、街道沿いに古めかしい木造家屋が並んでいたものですが、駅前の再開発や道路拡張工事によって、次々に姿を消しています。便利さの追求も悪くはないけれど、さびしい気がします。来年の今頃はどうなっているか、、。そう思うと、今撮っておけるものは今のうちにという気がしてきます。


地口ゑ手本から②

2010-04-04 10:33:47 | 今戸人形(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

041 「今戸のあねさま」の実物です。「地口ゑ手本」の絵と同じ後ろ姿を撮ってみました。

お話しましたように、「裃雛」とか「ドガミシモ」とも呼ばれる男女一対の土人形の女雛のほうです。このような伝世の人形以外にも各地の近世遺跡から大量に出土しています。錦絵にも描かれていることが多く、それだけポピュラーだったことが偲ばれます。

この写真の人形の配色を見ますと、黄色はキハダを煮だした黄色い汁と蘇芳を煮だした赤紫色とを使い合わせて発色させています。

天保年間の人形・玩具の配色見本を見ますと、既に群青や朱色、丹色などの色が主流になっているので、それより古いやり方なのではないかと思います。天保以降から明治までの裃雛は裃やうちかけ部分を群青、着物部分を朱色、新洋紅、スカーレット染料で塗られた例が圧倒的に多くむしろこうした配色のほうが現代の人からのイメージに強いのではないかと思います。

不思議なのは、なぜ女雛ばかり単体で「あねさま」と呼ばれていたのか、男雛はどう呼ばれていたのか、ということです。裃雛についてはまたの機会に採り上げてみたいと思います。

裃雛前面の画像はこちら→

描かれた「地口ゑ手本」はこちら→

 

 

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