東京新聞 2024年7月6日 12時00分
琉球人の祖先祭祀(さいし)にとって重要な沖縄伝統の骨つぼ「厨子甕(ずしがめ)」を所蔵する国立民族学博物館(民博、大阪府)が、本来あるべき場所に戻すための手続きに入った。返還先の募集を始めるなど一歩前進したが、墓から奪い取ったことへの謝罪はなく、誰に返すかの決定権は琉球人側にない。アイヌ民族への対応を含め、今なお影を落とす植民地主義史観について改めて考えた。(木原育子)
◆「盗掘品は元の場所に戻すのが世界の潮流」
「琉球人は遺骨や厨子甕を大切にしてきた。研究者が墓を荒らし、墓から引き離した暴挙は許されない。まずは謝罪があって然るべきだ」。龍谷大の松島泰勝教授(琉球先住民族論)が語気を強めた。松島氏は世界に散逸した琉球人の遺骨や副葬品の返還運動をしており、京都大で保管中の遺骨26体の返還を求めた訴訟の原告団長でもある。
昨年4月、松島氏が日本文化人類学会のシンポジウムで、人類学者らによる琉球人の遺骨や副葬品の盗掘について話したところ、講演後、民博の職員が、厨子甕などを保管していると告白。計15点ほどの所蔵が表面化した。
同7月には、松島氏が民博の収蔵庫に入り、「ウートゥウートゥした(祈りをささげた)」。「あまりに低い倫理観に怒りが込み上げたが、返還運動は脱植民地化の実践につながる。世界の大きな潮流で、盗掘品は元の場所に戻されなければならない」と憤る松島氏。同8月、松島氏が共同代表を務め、遺骨の返還運動をする市民団体「ニライ・カナイぬ会」名で民博に返還の要請文を出した。
◆正当な祭祀承継者か、判断するのは博物館側
これを受け民博が今年5月、返還プロセスを公表。ただ「正当な権利を有する祭祀承継者であることを確認できる書類の提出」が必要で、民博が正当か否かを判断する仕組みだった。
国立民族学博物館の収蔵庫にあった厨子甕など=松島泰勝教授提供
「ニライ・カナイぬ会」共同代表の仲村涼子氏は「関係性を証明できる家譜などの書類は沖縄戦で焼けて失われた場合もある。正当な子孫や祭祀継承者かどうかをジャッジするのがヤマトンチュ側というのは解せない」としつつ、「ただ、返還訴訟で遺骨返還を突っぱねた京都大の姿勢よりはまだいい。博物館側が真摯(しんし)に対応する機会になる」と指摘する。
民博は「こちら特報部」の取材に「祭祀承継者であるかどうかを判断するのは祭祀承継者とその関係者の方々で、本館はその正当性の確認を行うことになる」と批判をかわしつつ、「(文書消失の場合は)口承による伝承を重要な資料として調査対象にする」とコメントした。
本来の所有者である琉球人側に最終的な意思決定を委ねず、謝罪もしない手法は、国が決めたアイヌ民族の遺骨返還の方針に重なる。アイヌ民族の遺骨返還運動に取り組む木村二三夫氏(75)=北海道平取町=は「盗んだものは謝って返す。実にシンプルなことがなぜできないのか。アイヌ民族や琉球人の問題ではなく、和人やヤマトンチュこそ問題にしなければならない話だ」と訴える。
◆植民地主義史観から脱却できていない
民博の「標本資料目録データベース」で検索すると「厨子甕」が11件、「骨つぼ」が3件出てくる。「民族」分類項目はいずれも「琉球」ではなく「日本」と記載されていた点も、松島氏らは問題視する。民博は「データベース更新作業と合わせ、年度内の更新を予定」と説明するが、この点でも謝罪はない。
昨年7月、世界最大の米国人類学会の遺骨に関する委員会が日本を訪れ、琉球人やアイヌ民族への聞き取りを実施。同会は「日本の人類学者は非常に低い倫理規範で研究してきたのではないか」と批判した。
松島氏は言う。「謝罪もなく形だけ返還する姿勢は、植民地主義史観から脱却できていないことを意味する。世界の笑いものだ」