北海道新聞 08/13 11:03 更新
【白老】国が胆振管内白老町に整備したアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が12日で開業丸1カ月を迎えた。新型コロナウイルスの感染防止策で入場制限する中、10日までの来場者は3万5409人(11日は休館日)と、国が設けた年間100万人の目標達成は困難な厳しい船出となった。背景には感染対策で設けた複雑な予約方法もあり、ウポポイを運営するアイヌ民族文化財団(札幌)はシステムを見直す方針だ。
■手応え強調も
ウポポイ運営本部の対馬一修本部長は12日、現地で記者会見し、「コロナ対策で制約がある中、多くの方々に来場してもらえた。アイヌの文化と歴史への関心の高さを改めて実感した」と手応えを強調した。
ただ、来場者数の稼ぎ時とも言える開業1カ月の実績は1日平均1300人余り、最多でも4連休中の7月24日の2129人で、8月の休日は1300~1800人程度。国の年間目標を達成するには1日平均3千人以上、冬季の来場者減少を踏まえると夏季はそれ以上の来場者が必要となるが、感染症対策のために設けた1日の入場制限数(土日祝日2500人、平日2千人程度)を大幅に下回る日が続く。修学旅行の予約は680校6万5千人と好調だが、現状では年間目標の半数に達するかも微妙だ。
対馬氏は「現状は感染対策の徹底を最優先にしたい」と強調するが、来場者が伸び悩む背景には首都圏などでの感染拡大に加え、コロナ対策で急きょ設けた複雑な予約システムもある。
ウポポイに入場するにはネットで日付を指定した入場券を事前に購入し、なおかつ博物館は1時間当たり最大100人の入館券を事前に予約する必要がある。その結果、ウポポイに入場したものの、博物館は見学できずに施設を後にせざるを得ない来場者が続出。「ウポポイに入場すれば全ての施設を見られると思っていた。ウポポイ入場料には博物館の料金も含まれているのに納得いかない」などと苦情も相次ぎ、博物館の佐々木史郎館長は12日の会見で「予約方法の見直しを検討したい」と約束した。
■続く慎重判断
感染対策で楽器演奏やアイヌ料理の食事など一部の体験プログラムを中止したことも足かせとなった。アイヌ文化にじかに触れられるウポポイの売りだっただけに、訪れた人からは「衣装の試着や食の体験ができないのは残念」との声が漏れた。財団は「感染状況を見ながら少しずつ体験を増やし、本来のプログラムに近づけていきたい」とするが、首都圏などで感染拡大が続く中、当面は慎重な判断を強いられる。
一方、北大や東大などが保管していたアイヌ民族の遺骨と副葬品を収納した慰霊施設は、中核施設の博物館から約1・2キロ離れているため、訪れる人はまばらだ。明治時代以降、アイヌ民族の遺骨が研究名目などで無断で盗掘された差別の歴史を示す重要施設といえるが、国にとって「負の歴史」はウポポイPRで置き去りにされたままだ。
感染対策に努めつつ、先住民族アイヌの歴史と現状をいかに幅広く伝えていくか、財団は当面、厳しいかじ取りを迫られそうだ。(斎藤佑樹)
■歴史伝え、担い手育成を アイヌ民族ら、期待と提言
開業1カ月を迎えたウポポイにはアイヌ民族の関係者も文化発信拠点としての役割に期待を高めている。一方、言葉や文化が存立の危機にあることなどその歴史的背景や現状も含め先住民族アイヌへの理解を広げていくよう求める声は根強く、文化を継承・発展させる担い手育成の仕組みづくりも今後の課題だ。
ウポポイを運営するアイヌ民族文化財団の理事で、旭川市の川村カ子(ね)トアイヌ記念館副館長の川村久恵さん(49)はウポポイの展示やプログラムについて「職員の熱意が感じられた」とする一方、「多くの人に見てもらうだけでなく、アイヌ民族への理解を促す教育施設としての役割もしっかり果たさないといけない」と話す。
開業直前には、アイヌ民族が差別されてきた歴史について、萩生田光一文部科学相が「価値観の違い」と発言するなど政府内でアイヌ民族を取り巻く歴史や現状への認識不足も露呈した。川村さんは「来場者と丁寧に対話し、なぜアイヌ文化の復興拠点が必要になったのか、歴史的背景を含めて理解を促す取り組みを国が率先して行うことが不可欠だ」と訴える。
ウポポイ中核施設の国立アイヌ民族博物館には、アイヌ民族の権利回復に努め、民族初の国会議員となった故萱野茂さんを紹介する展示もある。日高管内平取町の萱野茂二風谷アイヌ資料館長で、次男の萱野志朗さん(62)は、ウポポイについて「全国のアイヌが気軽に訪ね、自身のルーツや文化に触れ、探求できる拠点であることが大切だ」と強調。所蔵品や資料の開示などについてアイヌ民族のための仕組みづくりを求める。
またアイヌ文化は、各地域のアイヌ民族がそれぞれに独自性を育んできたことを踏まえ、「各地で活躍する担い手を育てる体制づくりも重要だ」とも述べ、ウポポイだけではなく、各地域で担い手育成の学校や講座を展開することを提言した。(斉藤千絵)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/450011
【白老】国が胆振管内白老町に整備したアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が12日で開業丸1カ月を迎えた。新型コロナウイルスの感染防止策で入場制限する中、10日までの来場者は3万5409人(11日は休館日)と、国が設けた年間100万人の目標達成は困難な厳しい船出となった。背景には感染対策で設けた複雑な予約方法もあり、ウポポイを運営するアイヌ民族文化財団(札幌)はシステムを見直す方針だ。
■手応え強調も
ウポポイ運営本部の対馬一修本部長は12日、現地で記者会見し、「コロナ対策で制約がある中、多くの方々に来場してもらえた。アイヌの文化と歴史への関心の高さを改めて実感した」と手応えを強調した。
ただ、来場者数の稼ぎ時とも言える開業1カ月の実績は1日平均1300人余り、最多でも4連休中の7月24日の2129人で、8月の休日は1300~1800人程度。国の年間目標を達成するには1日平均3千人以上、冬季の来場者減少を踏まえると夏季はそれ以上の来場者が必要となるが、感染症対策のために設けた1日の入場制限数(土日祝日2500人、平日2千人程度)を大幅に下回る日が続く。修学旅行の予約は680校6万5千人と好調だが、現状では年間目標の半数に達するかも微妙だ。
対馬氏は「現状は感染対策の徹底を最優先にしたい」と強調するが、来場者が伸び悩む背景には首都圏などでの感染拡大に加え、コロナ対策で急きょ設けた複雑な予約システムもある。
ウポポイに入場するにはネットで日付を指定した入場券を事前に購入し、なおかつ博物館は1時間当たり最大100人の入館券を事前に予約する必要がある。その結果、ウポポイに入場したものの、博物館は見学できずに施設を後にせざるを得ない来場者が続出。「ウポポイに入場すれば全ての施設を見られると思っていた。ウポポイ入場料には博物館の料金も含まれているのに納得いかない」などと苦情も相次ぎ、博物館の佐々木史郎館長は12日の会見で「予約方法の見直しを検討したい」と約束した。
■続く慎重判断
感染対策で楽器演奏やアイヌ料理の食事など一部の体験プログラムを中止したことも足かせとなった。アイヌ文化にじかに触れられるウポポイの売りだっただけに、訪れた人からは「衣装の試着や食の体験ができないのは残念」との声が漏れた。財団は「感染状況を見ながら少しずつ体験を増やし、本来のプログラムに近づけていきたい」とするが、首都圏などで感染拡大が続く中、当面は慎重な判断を強いられる。
一方、北大や東大などが保管していたアイヌ民族の遺骨と副葬品を収納した慰霊施設は、中核施設の博物館から約1・2キロ離れているため、訪れる人はまばらだ。明治時代以降、アイヌ民族の遺骨が研究名目などで無断で盗掘された差別の歴史を示す重要施設といえるが、国にとって「負の歴史」はウポポイPRで置き去りにされたままだ。
感染対策に努めつつ、先住民族アイヌの歴史と現状をいかに幅広く伝えていくか、財団は当面、厳しいかじ取りを迫られそうだ。(斎藤佑樹)
■歴史伝え、担い手育成を アイヌ民族ら、期待と提言
開業1カ月を迎えたウポポイにはアイヌ民族の関係者も文化発信拠点としての役割に期待を高めている。一方、言葉や文化が存立の危機にあることなどその歴史的背景や現状も含め先住民族アイヌへの理解を広げていくよう求める声は根強く、文化を継承・発展させる担い手育成の仕組みづくりも今後の課題だ。
ウポポイを運営するアイヌ民族文化財団の理事で、旭川市の川村カ子(ね)トアイヌ記念館副館長の川村久恵さん(49)はウポポイの展示やプログラムについて「職員の熱意が感じられた」とする一方、「多くの人に見てもらうだけでなく、アイヌ民族への理解を促す教育施設としての役割もしっかり果たさないといけない」と話す。
開業直前には、アイヌ民族が差別されてきた歴史について、萩生田光一文部科学相が「価値観の違い」と発言するなど政府内でアイヌ民族を取り巻く歴史や現状への認識不足も露呈した。川村さんは「来場者と丁寧に対話し、なぜアイヌ文化の復興拠点が必要になったのか、歴史的背景を含めて理解を促す取り組みを国が率先して行うことが不可欠だ」と訴える。
ウポポイ中核施設の国立アイヌ民族博物館には、アイヌ民族の権利回復に努め、民族初の国会議員となった故萱野茂さんを紹介する展示もある。日高管内平取町の萱野茂二風谷アイヌ資料館長で、次男の萱野志朗さん(62)は、ウポポイについて「全国のアイヌが気軽に訪ね、自身のルーツや文化に触れ、探求できる拠点であることが大切だ」と強調。所蔵品や資料の開示などについてアイヌ民族のための仕組みづくりを求める。
またアイヌ文化は、各地域のアイヌ民族がそれぞれに独自性を育んできたことを踏まえ、「各地で活躍する担い手を育てる体制づくりも重要だ」とも述べ、ウポポイだけではなく、各地域で担い手育成の学校や講座を展開することを提言した。(斉藤千絵)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/450011