週一度の図書館通いでたまたま目に触れたのが「宮本文昭の名曲斬り込み隊」。
「宮本文昭」さんといえばクラシック通ならご存知のように著名なオーボエ奏者だが、世に名曲の解説本は多いものの、実際に演奏する立場からの視点による解説本は意外と少ないのが実状。
また、オーボエという楽器は管楽器全体を引っ張っていく存在だから、そういう視点からのアプローチも面白そうなので読み始めたところ、つい引き込まれて一気読みしてしまった。
本書で取り上げてある名曲は以下の8曲。
1 モーツァルト「ディヴェルティメントK.136」 2 「協奏交響曲K.364」、 3 チャイコフスキー「交響曲第5番」、 4 ベートーヴェン「交響曲第3番英雄」、 5 ブラームス「交響曲第1番」、 6 リムスキー・コルサコフ「シェラザード」、 7 マーラー「交響曲第9番」、 8 ブルックナー「交響曲第8番」
いずれも比較的、世に知れ渡った曲ばかりだが自分なりの思いがある曲目が重なっているのに驚いた。
一流の演奏家と好きな曲目が一緒とは光栄の至り~。
たとえば、1のK・136はオペラなどの大曲を除くとモーツァルトの中で一番好きだと言ってもいいくらいの曲。
「You Tube」でもしょっちゅう聴いているが、CDではトン・コープマン指揮の演奏がダントツにいい・・、本書でもコープマンのCDが紹介してあった。
この曲では特に第二楽章が好みだが「悲しいというのではないんだけど晴れやかでもない、そこはかとない哀しみが漂う、これまた名曲です。」(本書35頁)と、あるがたしかにそう思う。
「モーツァルトの涙の追い付かない哀しみとは何ですか?」と問われて、それを言葉で表現しようなんてとても無理な相談だが「それはK・136の第二楽章を聴けば分かりますよ」というのが、まっとうな解答というものだろう。
逆説的に言えば、これを聴いてわからない人はいくらモーツァルトを聴いてもダメと烙印を押したいくらい(笑)。
で、ケッヘル番号が136と非常に若いが、わずか16歳のときの作品だというからやはりミューズの神が与えた天賦の才には、ただただひたすら頭(こうべ)を垂れるほかない。
2は正式には「ヴァイオリン、ヴィオラと管弦楽のための協奏交響曲」(K・364)という。
モーツァルトにしてはそれほど有名な曲目ではないが、これまた大好きな曲で、いろんな演奏家を聴いてみたがダントツなのが五嶋みどり(ヴィオリン)さんと今井信子(ヴィオラ)さんのコンビ。
本書の解説にはこうある。
(第二楽章)「深い憂愁につつまれた楽章だ。23歳のアマデウス先生が希望に胸を膨らませて向かったパリで失意を味わい、”もののあわれ”を知ってしまったのだろうか。
モーツァルトが全作品の中でもめったに見せたことのない、ほとんどロマン派と見まごうばかりの彼のプライベートでセンチメンタルな一面が垣間見れる。」(本書210頁)
ヴァイオリンとヴィオラの優雅な絡み合いの何とも言えない美しさに不覚にも目頭が熱くなってしまうのが常~。
この辺の微妙な表現力となるとSPユニット「AXIOM80」の独壇場で魅力全開である。五嶋さんも今井さんも楽器は「グァルネリ」だというが、日頃よく耳にするストラディヴァリよりも美しく聴こえるので、(AXIOM80とは)相性がいいのかな。
次に3、4、5、6、7は割愛して最後の8のブルックナー「交響曲8番」についてだが、これは周知のとおり1時間半にも及ぶ長大な曲で、著者が高校時代に毎日繰り返し聴いて感銘を受けた曲とのこと。
プロの演奏家になった現在では分析的な聴き方になってしまい、高校時代のように「あ~、いい曲だなぁ」と音楽に心を委ねきることが出来ないと嘆いておられる。
これはほんの一例に過ぎないが、総じてこれまで自分が見聞したところによると純粋に音楽を心から楽しもうと思ったら指揮者や演奏家を職業にしない方がいいような気がして仕方がない(笑)。
ブルックナーについては、天下の「五味康祐」さんが次のように述べている。
「ブルックナーの交響曲はたしかにいい音楽である。しかし、どうにも長すぎる。酒でいえば、まことに芳醇(ほうじゅん)であるが、量の多さが水増しされた感じに似ている。
これはブルックナーの家系が14世紀まで遡ることのできる農民の出であることに関係がありそうだ。都市の喧騒やいらだちとは無縁な農夫の鈍重さ、ともいうべき気質になじんだためだろう」(「いい音、いい音楽」)
さて、ブルックナーの8番はチェリビダッケの指揮したCDを持っているが、これは超絶的な名演とされる「リスボン・ライブ」盤(2枚組:1994年4月)である。
おいそれとは簡単に手に入らない稀少品(海賊版)として高値を呼んでいたが先年復刻されて正式に発売されているのは周知のとおりだが、個人的にはポピュラーな盤になったせいで「一抹の寂しさ」を感じる(笑)。
スケール感と重厚感があふれる曲なので、こういう盤を聴くときこそ「ウェストミンスター」(3ウェイ)の出番だが、たっぷりした音の洪水の中で音楽の魂が吸い込まれていきそうな気にさせてくれる名演・名曲である。
最後に、本書は演奏家、指揮者の視点からの分析もさることながら、著者の音楽への愛情がひしひしと伝わってくるところが実に好ましく、ほんとうの「音楽好き」なんだなあ~。
クラシックの愛好家でまだ読んでいない方は、機会があれば是非ご一読をお薦めしたい。
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