共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日は《上を向いて歩こう》テレビ初放送の日〜中村八大のピアノとともに

2024年08月19日 17時17分17秒 | 音楽
今日も暑くなりましたが、昨日より空に雲が多く浮かんでいたことで日差しが上手く遮られ、ほんの少しですが心地良く過ごせました。暦の上ではもう立秋を過ぎたのですから、そろそろリアルに秋っぽくなってきてもらいたいものです…。

ところで、今日8月19日は《上を向いて歩こう》がテレビで初放送された日です。



《上を向いて歩こう》は、永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九歌唱による、いわゆる『六八九トリオ』とよばれた顔ぶれによる作品です。

1961年7月21日、サンケイホールで開催された「第3回中村八大リサイタル」で坂本九の歌唱によって初披露された《上を向いて歩こう》は、1961年8月19日にNHKで放送されていたバラエティ番組『夢であいましょう』でテレビ初披露されました。《上を向いて歩こう》は1961年10月・11月の番組内での「今月のうた」として発表され、同年10月15日にレコードが発売されると爆発的なヒットとなりました。

その後の快進撃については様々な場で解説されているので、今回は触れません。その代わり、今回は《上を向いて歩こう》がここまでの名曲になり得た秘密の一端を、個人的な見地から紐解いてみたいと思います。

先ず、この曲をハ長調にした楽譜を御覧いただきたいと思います。



楽譜にふられた階名=ド・レ・ミを御覧になって、何かお気づきではないでしょうか?

実はこのメロディ、ファとシの音が一度も出てこないのです。これは俗に『ヨナ抜き五音音階』と呼ばれているもので、



西洋式の七音階から四番目(ヨ)のファと七番目(ナ)のシの音を抜いた音階です。

聴いた感じとして様々な印象があるようで、西洋人がこのヨナ抜き五音音階を聴くとエキゾチックに聴こえるようです。そして日本人が聴くと、郷愁や懐かしさを感じるようです。

明治期に西洋式の音楽が日本に入ってきて、学校教育の場などで新しい音楽が紹介されていきました。しかし、それまでの邦楽の音階とは違った音階での音楽に、当時の人々は少なからず戸惑ったようでした。

そこで、西洋式の七音階から半音を形成するファとシを抜いたことで、それまで日本に伝わる長唄や常磐津に使われているような五音階(ペンタトニック)を編み出し、その音階を使って様々な音楽を送り出しました。現在でも歌われている

♪海
うみはひろいな、おおきいな

♪桃太郎
も〜もたろさん、も〜もた〜ろさん

♪春よ来い(ユーミンのではなく)
は〜るよこい、は〜やくこい

などは、全てヨナ抜き五音音階で書かれていて、これらの曲は日本人に受け入れられていきました。

こうして明治期以降長く使われてきたヨナ抜き五音音階は童謡や唱歌はもちろん演歌にも多く使われています。例えば

♪函館の女(北島三郎)
は〜るばる、きたぜは〜こだて〜

♪北国の春(千昌夫)
し〜らかば〜あおぞ〜ら、み〜な〜み〜か〜ぜ〜

といった曲は、徹頭徹尾ヨナ抜き五音音階のみでメロディが書かれています。

一方でヨナ抜き五音音階は、敢えて途中で崩すことによって新たな効果を生み出すこともあります。

《上を向いて歩こう》の続きを見てみると、



Bメロの一段目に、それまで一度も出現しなかったファの音が登場します。これは、例えば太田裕美の《木綿のハンカチーフ》にも見られる手法で、

♪こいびと〜よ〜、ぼくは〜た〜びだつ〜

という男性パートがヨナ抜き五音音階のみで書かれているのに対して、女性パートの始めの

♪いいえ、あな〜た〜
(ドシラ)

のところに、いきなりシの音が入ってくるのですが、それによって地方で恋人を信じて待つ女性の哀しい思いを印象付けることに成功しているのです。

ヨナ抜き五音音階もそうですが、ロカビリーシンガーでもあった坂本九のアドリブプレイも、実はヒットに一役買っているといわれています。

坂本九は1961年7月のリサイタルの2時間ほど前に初めて中村八大から《上を向いて歩こう》の譜面を渡され、ぶっつけ本番で初披露したといいます。その際坂本九は、譜面では4ビートで書かれていたところを8ビートで大胆にアレンジして歌ったのだそうです。

また坂本九は、本来小節の頭からメロディーが始まるように書かれていたこの曲を、浪曲の感覚で一拍遅らせて歌ってしまったのですが、このアイデアも取り入れられることとなりました。また



Bメロでラの音がフラットしてマイナーコードになる部分があるのですが、これは坂本九が本番で音を外してマイナーで歌ってしまったものがそのまま採用になったのだそうで、坂本九によるこれらの独特なアレンジが後のヒットに繋がったと評されています。

たしかに、もし仮にこの歌が

♪◯うえをむ〜いて、◯あ〜るこ〜う

ではなく、

♪う〜えをむ〜いて、あ〜る〜こ〜う

と一拍目から歌い出したり、Bメロでマイナーの陰がささなかったりしたら、中村八大氏には失礼ながらちょっと冗長な印象を禁じ得ません。そういった意味でこの曲のヒットは、永六輔というシャレのきいた作詞家と、中村八大という天才作曲家と、坂本九という名アレンジャー&シンガーのアドリブプレイの出逢いによってのみ可能だったのかも知れません。

そんなわけで、今日は坂本九の歌唱による《上を向いて歩こう》をお聴きいただきたいと思います。中村八大のピアノとの共演で、様々なヒット要因に裏づけられた昭和の希代の名曲をお楽しみください。


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