今日は曇りがちながらも、穏やかな陽気の一日となりました。こういう陽気が続くと助かるのですが、はるか南洋で台風が発生したり南西諸島が梅雨入りしたりしているところをみると、そうは問屋が卸さないようです…。
ところで、今日5月25日はホルストの祥月命日です。
グスターヴ・ホルスト(1874〜1934)は、イギリスの作曲家です。最も有名な作品は管弦楽のための組曲《惑星》ですが、イングランド各地の民謡や東洋的な題材を用いた作品や、吹奏楽曲、合唱曲などでも知られています。
1914年に勃発した第1次世界大戦では、ホルストも徴兵されることとなりました。しかし、ホルストは目が悪く右手の神経炎もあったため徴兵を免れ、その代わりに1918年にイギリス陸軍教育計画の音楽組織係として中東へ派遣されることとなりました。
その後、中東から帰国したホルストに大きな転機が訪れます。ホルストが中東に駐在している間に、以前から作曲していた組曲《惑星》が本国で初演されて空前の大ヒットとなり、本人の知らない内にホルストは一躍時代の寵児となっていたのです。
《惑星》の次に発表した合唱と管弦楽のための《イエスの讃歌》も大成功を収め、傑作として聴衆に迎えられます。これ以降ホルストの元には出版依頼が次々と舞い込み、新曲の発表や、かつての楽譜の改訂に追われるようになりました。
しかし1923年、ホルストは指揮中に指揮台から足を踏み外して転落し、後頭部を強く打つ事故にあってしまいました。これ以降、ホルストは頭痛や不眠に悩まされる休養生活を余儀なくされてしまうことになりました。
療養生活を終えたホルストは、当時務めていたセント・ポールズ女学校での音楽教師以外の仕事を辞めて、1927年から1933年まで作曲に専念しました。しかし、発表した作品はどれも聴衆を失望させるものばかりで、晩年のホルストの作品は評価されなかったようです。
それでもホルストは、1930年にはアメリカのイエール大学からハウランド賞を受賞したり、ハーバード大学から招かれるという名誉ある晩年を送りました。生涯にわたって女学校の音楽教師を勤めたホルストでしたが、1934年、出血性胃潰瘍のためこの世を去りました(享年59)。
さて、そんなホルストの祥月命日にご紹介するのは、やはり代表作《惑星》です。ただ、全曲だと1時間くらいかかってしまうので、今回は最終曲『海王星』をとりあげようと思います。
組曲《惑星》には、それぞれの星にローマ神話に登場する神々に基づいて
火星…戦いをもたらす者
金星…平和をもたらす者
水星…翼のある使者
木星…快楽をもたらす者
土星…老いをもたらす者
天王星…魔術士
というサブタイトルがつけられています。そして、海王星につけられたサブタイトルは『神秘主義者』です。
ホルストが《惑星》を作曲した当時、冥王星はまだ発見されていませんでした。なので、《惑星》の中ではこの『海王星』が最終曲となっています(もっとも、現在では冥王星は太陽系惑星外だとされています)。
『海王星』は珍しいバスフルートを伴うフルートアンサンブルで始まり、ハープやチェレスタといった神秘的な音色の楽器を中心とした全オーケストラが終始弱音で、長調とも短調ともつかない浮遊感のある音楽を展開していきます。やがて舞台裏から歌詞のない女性合唱が聴こえてきて、音楽の神秘的な雰囲気はどんどん高まっていきます。
そしてオーケストラの音色が徐々に少なくなっていき、最後には舞台裏の女性合唱だけになります。そしてその女性合唱の声が徐々に遠くなっていき、そのまま宇宙の彼方に消えていくようにフェイドアウトして終わっていくのです。
クラシックで、しかもライブでフェイドアウトしていく音楽というのは前代未聞ですから、初演当時はかなりセンセーショナルだったことでしょう。この演奏については演奏するホールによって様々な工夫が必要ですが、その方策のとり方も指揮者の裁量のひとつとなっています。
そんなわけで、ホルストの祥月命日である今日は《惑星》の最終曲『海王星』をお聴きいただきたいと思います。チャールズ・マッケラス指揮、BBCフィルハーモニー管弦楽団の演奏による2009年のプロムスでのライブ映像で、恐らく史上初の『フェイドアウトするクラシック音楽』をお楽しみください。