共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はモーツァルト《交響曲第40番ト短調》の完成した日〜フランス・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ

2023年07月25日 19時00分19秒 | 音楽
今日はまた、久しぶりに猛暑日となりました。相変わらず我が家のエアコンの調子が今ひとつなのですが、外にいるよりは何倍もマシです…。

ところで、今日7月25日は



モーツァルトの《交響曲第40番ト短調》が完成した日です。1788年7月25日にウィーンで完成されたこの交響曲は、同年に作曲された第39番(6月26日)、第41番『ジュピター』(8月10日)とともに「後期3大交響曲」と呼ばれています。

モーツァルトの交響曲のうち短調のものはこの作品と映画『アマデウス』のオープニングテーマとなった第25番のわずか2曲しかなく、その両方がト短調であるため、第40番を「大ト短調」、もう一方の交響曲第25番を「小ト短調」と呼ぶことがあります。後期3大交響曲は、いずれも作曲の目的や初演の正確な日時は不明ですが、モーツァルトは本作を除き、これらの曲の演奏を聴かずに世を去ったと推測されています。

細かな歴史的背景はさておき、今回は演奏したことのある立場から《交響曲第40番ト短調》の魅力と難しさをお話しようと思います。

第1楽章はト短調のアレグロ・モルト、



2パートに別れたヴィオラのさざ波のような刻みで始まり、その上にヴァイオリンが有名なメロディを奏でます。通常だとこうした動きは第2ヴァイオリンと分担してハモることが多いのですが、この曲では冒頭の有名なメロディを第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとでオクターブで演奏させるために、あえてヴィオラを分けてハモらせています。

第1楽章の中でも大変なのが、繰り返しの後の後半に差しかかったところです。何しろ



シレファソ♯という強烈な和音から木管楽器の下降音型に導かれて、次にヴィオラのさざ波が出てくる時には



この曲のメインのト短調(♭2つ)の半音下の嬰ヘ短調(♯3つ)という調に着地して、そこから転調を繰り返しながら最終的にホ短調(♯1つ)に到達しますが、そこで落ち着かず更に転調を繰り返していって、紆余曲折の末にようやくト短調に戻ってくる…という、なかなかの斬新さなのです。

冒頭の分奏ヴィオラのさざ波は、第1楽章のいろいろな箇所に出てきます。そのハモリが転調の肝になっていくことが多いので、メロディの邪魔にならない程度の存在感が求められています。

第2楽章は変ホ長調のアンダンテ、弦楽器の和音の重なりから、柔らかな印象の変ホ長調の音楽が広がっていきます。そして、この重なりの先陣を切るのが



またしてもヴィオラなのです。

今までに何十回と演奏してきましたが、今でもこの第2楽章を演奏する時には細心の注意をはらいます。そして、毎回リハーサル時に『どういう弾き方をするか』が問題になります。

昔よく使われていたブライトコプフ&ヘルテルの楽譜だと冒頭のシ♭とミ♭の音にスラーが書いてあったのですが、自筆譜を洗い直したベーレンライター原典版の楽譜にはそのスラーがありません。何となくスラーがついていた方がやりやすかったりしたのですが、昨今は上の写真の楽譜のようにスラーがないものを使うことが多いため、どうやって演奏するか、そのためにどういう弓使いにするのかが、毎回議論されることになるのです。

他に、毎回リハーサルに時間をかけるのが



第1ヴァイオリンや木管楽器に出てくる32分音符の扱いです。この音型は第2楽章の随所に登場して、これ以降にも



様々なパートに受け渡しながら展開していくのですが、時に優しく、時にキビキビと演奏しなければならないので、リハーサルでスムーズに通ったことがありません(汗)。

しかも、この楽章の繰り返し後の転調部分には



ドの♭という滅多に見ない斬新な音が出てくるので、演奏していても面食らいます。その音をきっかけにして第1楽章同様に斬新な転調が展開されていくので、ゆったりした緩徐楽章といえども一瞬たりとも気が抜けない緊張感が続きます。

第3楽章はアレグレットのメヌエットですが、冒頭は



ヴァイオリンやフルートとヴィオラやバスパートとで3拍子感の違う音楽が展開されていきます。題名は舞曲であるメヌエットですが、踊りにくいことこの上ない音楽です(笑)。

中間部のトリオはト長調になり、



ト短調部分の厳しさは鳴りを潜め、暖かな雰囲気の音楽に転じます。特に管楽器群が活躍し、後半には



ホルンパート(下から5段目)にもメロディが登場して、音楽に厚みを出しています。

第4楽章はト短調のアレグロ・アッサイで、 



冒頭から疾走感のある音楽が展開していきます。そして、この楽章も繰り返しの後に凄まじい転調が待ち構えています。



どうやら最終的にニ短調に落ち着きたいようなのですが、繰り返し後の10小節間は臨時記号だらけで、演奏していても

『どこ行くねん!?(汗)』

とツッコミたくなるような音楽です。

こんな横っ面ひっ叩かれるような転調は、ハイドンやベートーヴェンですらやりません。当時初めて聴いた人たちは、恐らく口ポカーン状態だったのではないかと推測します。

その後は




冒頭のト短調のテーマを様々なパートが様々な調で登場させて折り重なっていき、息をもつかせぬ怒涛の展開が繰り広げられます。古典派の曲というのはどうにかしてメロディを口ずさめるものが多いのですが、モーツァルトの第40番と続く第41番《ジュピター》の終楽章は全く口ずさめません(汗)。

どうしても冒頭の有名なメロディだけがクローズアップされがちな第40番ですが、全体を通して聴いていただくと、モーツァルトが晩年にたどり着いた境地とでも言うべき世界観を感じることができます。モーツァルトはこんな音楽を、どんな思いで書き上げたのでしょうか。

そんなわけで、今日はモーツァルトの《交響曲第40番ト短調》をお聴きいただきたいと思います。フランス・ブリュッヘン指揮による18世紀オーケストラの演奏で、あまりにも斬新なモーツァルト晩年の傑作をお楽しみください。



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