共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

17歳が書いた名曲〜モーツァルト《交響曲第25番ト短調》

2024年08月08日 18時18分18秒 | 音楽
昨日立秋を迎えたものの、今日も暑くなりました。今日は特に用事もなかったので、自宅に引きこもってデスクワークに勤しんでいました。

その合間にいろいろと音楽を聴いていたのですが、その中で久しぶりに聴いたのが



モーツァルトの《交響曲第25番ト短調》でした。モーツァルトが短調で書いた交響曲は有名な《交響曲第40番》とこの曲の2つだけで、どちらもト短調で書かれていることから、40番を『大ト短調』、25番を『小ト短調』と呼んだりもします。

この今日が一躍有名になったのは、



1984年に公開された映画『アマデウス』に使われたことでした。映画の冒頭でモーツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》の重々しい序曲が流れ、自殺未遂を起こしているところを発見された老齢のアントニオ・サリエリが担架で緊急搬送されていく…という緊迫した場面でこの曲の第1楽章が流れた時、当時中学生だった私は

「これは名画だ!」

と思わずにはいられませんでした。

《交響曲第25番ト短調》は、モーツァルト17歳の時の作品です。17歳にして既に25曲の交響曲を書いていたことも驚きですが、この雄々しく緊迫感にあふれた交響曲を17歳の青年が書き上げたことにも驚ろかされます。

この曲は、かつて日本では『疾風怒濤(しっぷうどとう)』という愛称で呼ばれていたこともありました。

疾風怒濤』という言葉は、ドイツ語の「シュトゥルム・ウント・ドラング(Sturm und Drang)」の日本語訳です。これは18世紀後半にドイツの文学を軸とする芸術分野で起った運動のことで、当時のヨーロッパの知識人たちが熱病に罹ったかのように影響を受けたムーヴメントです。

シュトゥルム・ウント・ドラングは   

「理性に対する感情の優越」

つまり、

「自分の感情を大切にしよう」

と主張し、後のロマン主義へとつながっていった思想でした。この思想によって生まれた代表的な文学作品として、ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』や、シラーの戯曲『群盗』などがあり、音楽ではハイドンの1768年から1772年頃の作風についてもいわれています。

この曲はオーボエ2本、ファゴット2本、ホルン4本と弦楽五部で編成されていて、この時代にホルンを4本使うと言うことはとても珍しいことでした。他の同時代の交響曲作品としては『ホルン信号』という愛称のハイドンの《交響曲第31番ニ長調》をはじめとした数曲に見られるくらい、ベートーヴェンも《交響曲第3番変ホ長調『英雄』》で例外的に3本使った以外はどの交響曲もホルン2本で、ホルンが4本登場する作品は《交響曲第9番ニ短調》を待たなければなりません

当時のホルンは現代のもののようにヴァルブがなく管を巻いただけのナチュラルホルンで、



曲の調性によっていちいち管を差し替えて演奏するシステムでした。なので、出せる音もその調性の基本の音階と倍音の音に限られていたのですが、若きモーツァルトは高音の変ロ調2本とト調2本の計4本のホルンを使うことで当時の楽器の欠点を補い、音楽の響きを幅広く豊かにする工夫をしたのです。

第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ、ト短調の4/4拍子



ソ・レ・ミ♭・ファ#・ソという特徴的な旋律線を、オーボエが全音符で、バスが四分音符で、そしてヴァイオリンとヴィオラがシンコペーションとリズムを違えて演奏しますが、このことで独特の疾走感が生まれます。その後、この旋律線はハモリを伴ったヴァイオリンで、更に全音符のオーボエのソロで2回登場し、聴く者の耳と脳裏にしっかりと焼きつくこととなるのです。

その後も、シンコペーションや16分音符のトレモロが弦楽の随所に出てきますが、そのいずれもが独特の緊迫感を演出しています。そして最後は



ホルンと低音部でト短調の分散和音が奏されますが、変ロ音管だけでもト音管だけでも演奏できないこのパッセージを、それぞれで出せる音を分担することで可能にしています(楽譜の上から2段目と3段目がホルンパート)。

第2楽章はアンダンテ、2/4拍子の変ホ長調



第1楽章とは打って変わって変ホ長調という柔らかな響きの中で、ヴァイオリンとファゴットがやりとりを紡いでいきます。最後は変ホ長調のハーモニーの中に、バス声部の不気味な低音が締めくくります。

第3楽章はメヌエット、3/4拍子のト短調



第1楽章と同様に全オーケストラがユニゾンでテーマを奏し、メヌエットという本来優雅な舞曲に不釣り合いな疾走感と焦燥感が駆け抜けていきます。中間部のトリオでは一転してト長調になり、



管楽器群だけで、いかにもモーツァルトらしいライトな音楽が展開されていきます。

第4楽章はアレグロ、4/4拍子のト短調



ト短調の不安げなメロディが弦楽器の弱音のユニゾンで登場し、強奏になると低音とホルンにメロディが移る中でヴァイオリンにまたしてもシンコペーションが登場して疾走していきます。その後もあちこちにユニゾンが印象的に登場しますが、このことで後の40番とはまた一味違った独特の緊張感を生み出すことに成功しています。

ところで、この曲には第2楽章と第3楽章のトリオのところ以外にファゴットのパートが書かれていません。このことで少なからず混乱を招くことがあるのですが、

①楽譜の無いところは全部休み
②バス声部のフォルテ(強奏)の部分にのみ重ねる
③『Basso』の中にファゴットも含まれるのだから低音パート全部吹かせる

という選択を指揮者やオーケストラと相談して決めることになります。

そんなわけで、今日はモーツァルトの《交響曲第25番ト短調》をお聴きいただきたいと思います。クリストファー・ホグウッド指揮、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの演奏で、青年モーツァルトのエネルギッシュな音楽をお楽しみください。



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