共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

ト短調好きなモーツァルト〜《弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159》

2024年08月16日 17時20分10秒 | 音楽
台風7号は、当初予報されていたよりも東寄りの進路をとりました。厚木も昼前に凄まじい豪雨が降りましたが、午後には落ち着いてきていました。

それでも、今日は台風襲来ということで一日中自宅に籠もることにしていました。それならそれで暇だったのでどうしようかと思ったのですが、たまたまひっぱり出して聴いていたCDを元にして、今回はモーツァルトのことを書いてみようと思います。

先日モーツァルトの《交響曲第25番 ト短調 K.183》のことを書きましたが、実はモーツァルトには他にもいくつかト短調の作品があります。その中から、今日は《弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 K.159》をご紹介しようと思います。

「おい、どこがト短調やねん?!」

とお思いになる方もあるかと思いますが、まぁお待ちいただきたいと存じます。実はこの曲、かなりト短調なのです。

《弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159》 は、モーツァルトが17歳の時に作曲した弦楽四重奏曲です。6曲ある『ミラノ四重奏曲』のうちの5曲目であり、『ミラノ四重奏曲第5番』と呼ばれることもあります。

1772年10月、モーツァルト父子は第3回となるイタリア旅行に出かけ、ミラノに滞在しました。翌1773年3月にザルツブルグに帰郷しましたが、この間の『暇つぶし』に、ニ長調 k.155から変ホ長調 K.160までの6曲の弦楽四重奏曲を連作しました。

これらは1冊の自筆譜にまとめられてあることから『ミラノ四重奏曲集』とも呼ばれてます。 6曲それぞれの調性の配列は

第2番:ニ長調
第3番:ト長調
第4番:ハ長調
第5番:ヘ長調
第6番:変ロ長調
第7番:変ホ長調

と5度づつ下げてシリーズにしていることも考え合せると、作曲にあたっては父レオポルトから配列やテンポ設定についての指示があったようで、恐らく出版・献呈の意図があったのかも知れません(ただし、実際には誰にも献呈されることはありませんでした)。

因みに

「なんで1曲目が『第2番』やねん?」

と思われるかも知れませんが、モーツァルトの弦楽四重奏曲第1番には、当時14歳だったモーツァルトが1770年の3月15日にイタリアのローディ(ロディとも)で作曲したト長調 K. 80 (73f) があたるためです。この第1番は『ミラノ四重奏曲集』と違って4つの楽章で書かれていますが、モーツァルトはこの作品の出来栄えにかなりの自信があったらしく、1778年のパリ旅行の際には一緒に携行していたといわれています。

話を戻しますが、『ミラノ四重奏曲集』は6曲のうち第5曲を除いて全て「急・緩・急」の典型的なイタリア式3楽章形式で書かれていて、今回ご紹介する第6番だけが「緩・急・急」の順になっています。 また中間部の楽章では、

第2番ニ長調 K.155 (134a)
Allegro ニ長調
Andante イ長調
Molto allegro ニ長調

第3番ト長調 K.156 (134b)
Presto ト長調
Adagio ホ短調 ★
Tempo di Menuetto ト長調

第4番ハ長調 K.157
Allegro ハ長調
Andante ハ短調★
Presto ハ長調

第5番ヘ長調 K.158
Allegro ヘ長調
Andante un poco Allegretto イ短調★
Menuetto ヘ長調

第6番変ロ長調 K.159
Andante 変ロ長調
Allegro ト短調★
Allegro grazioso 変ロ長調

第7番 K.160 (159a)
Allegro 変ホ長調
Un poco Adagio 変イ長調
Presto 変ホ長調

と、6つのうち4つまでが短調で書かれています。

モーツァルトが何故に中間楽章に短調を連続させたのは分かりませんが、もしかしたら、決まった枠の中にモーツァルトを嵌め込もうとする父レオポルト、あるいは当時の音楽界の因習に対する若い作曲家の反抗の現れなのかも知れません。 しかし、モーツァルトはこのシリーズの最後の曲である《変ホ長調 K.160》では、何故か何事もなかったかのように再び因習的なスタイルに戻っています。

《弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 K.159》の第1楽章はアンダンテ、4/4拍子の変ロ長調。



どうしようもなく若々しく伸びやかなメロディが第2ヴァイオリンによって奏され、8小節後に第1ヴァイオリンが続きます。牧歌的な印象のメロディが展開されていきますが、所々に短調の暗い陰が匂います。

第2楽章はアレグロ、3/4拍子のト短調。この楽章が全体で一番演奏時間が長く、曲の実質的な中心となっています。



第2ヴァイオリンとヴィオラの8分音符のリズムにのって、ト短調の疾走感のあるメロディが第1ヴァイオリンによって奏されます。そしてユニゾンで半音階的に下降して一度落ち着いてから



急降下する第1ヴァイオリンを第2ヴァイオリンのシンコペーションが受け止め、静かに展開した後で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、チェロとヴィオラとが1小節ずれで掛け合いを展開していきます。そして



焦燥感に満ちたヴァイオリン群のシンコペーションとチェロの8分音符の厳しい刻みの中を、ヴィオラの16分音符が疾走していきます。

この『ト短調』『疾走感』『焦燥感』『シンコペーション』というキーワード…どこかで聞いたような気がしませんか?

そうです、この曲はまるで



《交響曲第25番 ト短調 K.183》の第1楽章のようなのです。この2曲が同じ1773年に書かれていて、四重奏曲が3月に、交響曲が10月に完成していることから思うに、先に完成したこの曲は間違いなく後の名交響曲の布石になったことでしょう。

モーツァルトにとって『ト短調』という調性は特別なものだったようで、《交響曲第25番》や《交響曲第40番》《ピアノ四重奏曲第1番》《弦楽五重奏曲第1番》などがト短調で書かれています。ト短調を好んだ理由は様々に考えられますが、モーツァルトがヴァイオリン弾きでもあったことから考えられることとしては



ヴァイオリンの最低音開放弦がソ=ト音であり、楽器として非常に響きやすい調性であることも一因かと思います。

第3楽章はアレグロ・グラツィオーソ、2/4拍子のロンド。



第2楽章で吹き荒れた疾風怒濤の嵐を微塵も感じさせない、愛らしいチクタクしたロンドのテーマで始まります。この8小節のテーマの間にいくつかのメロディが展開していきますが、中には



変ロ短調という鎮痛な響きのメロディも出てきます。それでも、最後は



16分音符と三連符の力強いユニゾンでこの曲を締めくくります。

そんなわけで、今日はモーツァルトの《弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 K.159》をお聴きいただきたいと思います。イタリア弦楽四重奏団の演奏で、『暇つぶし』に書いたとは思えないクオリティの音楽をお楽しみください。


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79年目の『戦没者を追悼し平和を祈念する日』

2024年08月15日 17時30分25秒 | 神社仏閣
今日は8月15日、『戦没者を追悼し平和を祈念する日』です。ということで、



今年も東京九段の靖國神社に参拝しました。

二之鳥居に近づくと



既に神門のあたりから拝殿前に向かう行列ができていました。一瞬たじろぎそうになりましたが、ここで並んでおかないと正午の昇殿参拝に間に合わないので、強烈な日差しの中を意を決して並びました。

それから牛歩で進むこと暫し、ようやく拝殿前にたどり着いて参拝しましたが、並んでいる途中から空に段々と雲が増えてきて、時折日差しを遮ってくれていました。拝殿前で参拝してから正午の昇殿参拝に臨むべく参集殿で待機し、時間になって拝殿に案内されました。

拝殿に昇殿してしばらくすると、隣の日本武道館で開催されている『全国戦没者追悼式』の様子がNHKラジオの音声で流されます。そして



正午の時報とともに黙祷が捧げられますが、この時には直前まで拝殿の外で聞こえていた雑踏や柏手や賽銭の音がピタリと止んで、蝉時雨と風の音以外は全く聞こえなくなります。

いつも不思議なのですが、どんな猛暑であっても、この黙祷の時間になると拝殿の中に心地良い涼風が吹き渡っていきます。まるで靖國神社に神様として祀られた246万余柱の御英霊が参拝者たちを労ってくれているかのようで、胸が熱くなります。

黙祷が終わると、天皇陛下がお言葉を述べられます。




本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来79年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。

これからも、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。

ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


ここでラジオ放送は終了し、その後は順次本殿に渡って参拝します。


本殿の中には、1877年に明治天皇から下賜された幣帛料をもって製作された巨大な鏡が御神体として坐していて、参拝者たちは順次御神体の前に進み出て御英霊に感謝申し上げ、国家の安寧と発展を祈念します。

昇殿参拝を終えて外に出てくると、



空に浮かんだ雲が強烈な日差しを遮ってくれていました。境内にはミストが噴霧されたり麦茶の御接待があったりしていたのですが、この雲の存在が何より有り難いものでした。

今回も、神社に隣接する資料館の《遊就館》に行ってきました。こちらには





零式艦上戦闘機五二型や



タイとビルマ(現ミャンマー)とを結んだ泰緬鉄道に使用されていたC56型蒸気機関車の実機が展示されていて、訪れた人たちが盛んに写真撮影をしていました。

コロナ禍の時期には見られなくなっていましたが、今年も



台灣民政府の方をはじめとして、タイやフィリピン、マレーシア、インドネシア、ミャンマーといったアジア各国から多くの方々が参拝にいらしていました。かつての激戦地であったこうした国々から遥々靖國神社に参拝にいらしていただけるということは、真にありがたいことです。

よく

「靖國は世界中から非難されている」

と声高に豪語する向きがありますが、こうして各国から参拝者がいらしているのを見るにつけ、現実とのギャップが不思議で仕方ありません。彼らが言うところの『世界中』とは、一体どこの国のことを指しているのでしょうか。

台風7号が、強い勢力で関東地方に近づいてきているようです。明日関東に最接近するようですが、被害が最小限であることを願うばかりです。

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久々ランチでナポリタン@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年08月14日 18時35分55秒 | カフェ
今朝は曇りがちでそこまで暑くはなかったので、ちょっと早くに行動をおこして横浜あざみ野の《雫ノ香珈琲》にランチをいただきに行くことにしました。教室がお盆休み中のこういう時にしかランチに行けないので、貴重な機会だったのです。

厚木からあざみ野に向かう最中には日差しが出てきていて、あざみ野駅に到着した頃にはすっかり猛暑になっていました。とにかく早く店に着きたくて、日陰を選びながら急ぎました。

席についてひと息ついてから、今日は



久しぶりにナポリタンランチをいただくことにしました。喫茶店の定番料理たるナポリタンは安定の美味しさで、久しぶりにゆっくりと堪能しました。

本当はもう少しゆっくりしていたかったのですが、店内が混んでいたのとこの後予定があったのとで失礼しました。お盆休みの時期にあって通常通り開店しているお店は、誰にとっても有り難いもののようです。

明日は九段に出かけます。

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原曲が知りたいベートーヴェン《メヌエット ト長調》〜イェネ・ヤンドーによる『6つのメヌエット』

2024年08月13日 17時17分17秒 | 音楽
毎回同じことばかり書いていますが、今日も神奈川県は猛暑日となりました。こう暑いと食欲もわかず、素麺を茹でることすら億劫になっています…。

ところで、今あざみ野の大人の生徒さんの一人がベートーヴェンの《メヌエット ト長調》を手がけています。



この曲はヴァイオリンピースとしてあまりにも有名なので、今更何かを解説するようなこともないのですが、この曲が元々オーケストラのための作品だったことはあまり知られていないようです。

《メヌエットト長調》は『6つのメヌエットWoO.10』の中の一曲で、ベートーヴェンが1795年に作曲し、翌年出版された作品です。現在では残念ながらピアノ編曲版の楽譜しか現存していませんが元はオーケストラ曲であったようで、実際に舞踏会で踊るために書かれたようです。

『6つのメヌエット』は

1:ハ長調
2:ト長調
3:変ホ長調
4:変ロ長調
5:ニ長調
6:ハ長調

の6曲からなっていて、テンポ指定はありませんが、一拍がメトロノームでいうところのAllegrettoくらいがちょうどいい感じです。そして、この中でも第2番のト長調が飛び抜けて有名になり、単独で『ト調のメヌエット』として知られています。

ピアノで演奏されることの多いこの作品ですが、ヴァイオリンで演奏してみると、いかにも弦楽器的なメロディであることが分かります。特に



出だしのメロディで、ヴァイオリンの付点のリズムのド#とピアノのラ#は本来ト長調の和音とはぶつかってしまう不協和音なのですが、これらの音を付点音符で入れるによって浅いスクワットをするかのような弾みを生み出し、それがこの音楽の推進力にもなっているのです。

ピアノで演奏する際には、この付点音符のリズムの弾みのつけ方がポイントになってきます。これが上手く弾まないと、大きく膨らんだスカートを身に着けた貴婦人たちが踊ることはできません。

これは他の5曲についても同じようなことが言えるので、実際にメヌエットを踊ってみると、より実感することができます。私は大学時代の授業で様々な古典舞踊のステップを習ったことがあるので、生徒さんにも簡単にメヌエットのステップを踏んでもらってから取り組んでもらっています。

そんなわけで、今日はベートーヴェンの『6つのメヌエットWoO.10』をお聴きいただきたいと思います。イェネ・ヤンドーのピアノで、壮大な交響曲とはまた違った愛らしいベートーヴェンをお楽しみください(第2番ト長調は1:52から始まります)。


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今日は『君が代記念日』〜航空音楽隊による《君が代行進曲》

2024年08月12日 18時18分18秒 | 音楽
台風5号は、今日の午前に岩手県に上陸しました。その台風に暖気が引っぱり上げられたせいなのか、今日は関東から西日本にかけて強烈な猛暑となりました。

ところで、今日8月12日は『君が代記念日』です。1893年のこの日に文部省が訓令『小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜』を布告し、小学校の祝日大祭日の唱歌に《君が代》など8曲が定められたことを記念して制定されました。

国歌《君が代》については昨年にも書いたので、今年は省略します。そして、今回は君が代は君が代でも《君が代行進曲》なるものをご紹介しようと思います。



《君が代行進曲》は、



吉本光蔵(1863〜1907)によって作曲された行進曲です。文字通り《君が代》をマーチに入れこんで作曲した行進曲であり、自衛隊制定の行進曲として現在も演奏されている作品です。

この曲の作曲者である吉本光蔵は、明治11年、初めて一般から公募された海軍軍楽生に応募し、16歳で海軍に入隊しました。そして、



《君が代》に西洋式の和声と伴奏を付けた



フランツ・エッケルト(1852〜1916)らに師事した吉本は抜群の成績を修め、明治32年には海軍軍楽隊からは初めての留学生としてベルリンの王立高等音楽院で音楽全般および教育制度を学びました。

しかし、日露の風雲急を告げてきたことから明治35年に急遽帰国し、日露戦争の際は第2艦隊旗艦「出雲」乗組軍楽隊長として出征しました。その後は日比谷公園音楽堂における海軍の最初の指揮者として活躍しましたが、明治40年6月11日に43歳という若さで現職のまま物故しました。

《君が代行進曲》は《君が代》の旋律の格調を損なうことなく行進曲の定旋律に使っており、《軍艦行進曲》などとともに日本の行進曲の名作として謳われています。《君が代行進曲》は現在でも自衛隊の閲覧式や各種儀礼で演奏されていて、我々も生演奏で聴くことができます。

そんなわけで、『君が代記念日』の今日はその《君が代行進曲》をお聴きいただきたいと思います。航空音楽隊による演奏で、軽妙な行進曲を身にまとった一味違った《君が代》の姿をお楽しみください。


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明日は我が身…

2024年08月11日 18時38分45秒 | 日記
今日は一段と暑くなりました。昨晩、厚木市では久しぶりにまとまった雨が降ったのですが、今日になってその雨が強烈な日差しに晒されて一気に蒸発したため、ものすごく蒸し暑くなったのです。

そんな尋常ではない暑さにあてられたのでしょうか、今日本厚木駅前に出かけていったら、あつぎ大通りの交差点に



救急車が停まっていました。どうやら、どこかで熱中症患者が出たらしく、救急車の中では救急隊員がしきりに呼びかけている声も漏れ聞こえていました。

私は個人的に、マメな水分補給をしたりといった熱中症対策には万全を期している自覚があります。ただし、それでも熱中症で倒れてしまったりすることもあるかも知れません。

けたたましくサイレンを鳴らして去っていく救急車を見送りながら、熱中症への自戒の念を新たにしたのでした。

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ざわつく心にモーツァルト〜晩年の傑作《アヴェ・ヴェルム・コルプス》

2024年08月10日 19時35分25秒 | 音楽
昨日19時57分頃、神奈川県西部を中心とした最大震度5弱の地震が発生しました。



震源の深さは約10km、地震の規模を表すマグニチュードは5.3と推定されています。

地図を見るだに、正に厚木市の直下が震源だったようでした。私は自宅にいたのですが、真下からドン!と突き上げるような感覚があったと思いきや我が家が激しく揺さぶられ、立ててあった譜面台が倒れました。

時間にすれば1分もなかったと思うのですが、揺れている最中はかなり長い時間に感じていました。2011年の東日本大震災の時のような遠いところの地震の揺れではないということはすぐに分かりましたが、その後の発表でまさかの我が在所が震源だったということに驚かされました。

友人知人と互いに安否を確認しあっていたのですが、その時に

「こういう時に心を落ち着かせる音楽ってなんだろうか?」

という話になりました。その話をしている時には思いつかなかったのですが、電話を切ったあとでふと頭の中に流れてきた音楽がありました。

それが



モーツァルト作曲の合唱曲《アヴェ・ヴェルム・コルプス》でした。

《アヴェ・ヴェルム・コルプス (Ave verum corpus)》 はカトリックで用いられる聖体賛美歌で、トリエント公会議で確立された対抗宗教改革の一環として典礼に取り入れられ、主に聖体祭のミサで用いられました。このラテン語の歌詞にはウィリアム・バードやガブリエル・フォーレといった作曲家たちが曲をつけていますが、断トツに有名なのはモーツァルトの作品です。

この曲はモーツァルトが、妻コンスタンツェの療養を世話した合唱指揮者アントン・シュトルのために作曲したものです。簡素な編成で、わずか46小節、演奏時間にして3分程度の小品なのですが、絶妙な転調による静謐な雰囲気からモーツァルト晩年の傑作とされている作品で、世界中で愛唱されています。

弦楽合奏とオルガンの伴奏にのって、合唱が祈りの歌詞を静かに歌い出します。途中に強奏で爆発することも一切なく、静謐な響きの中で厳粛に終わっていきます。

そんなわけで、今日はモーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》をお聴きいただきたいと思います。システィーナ礼拝堂合唱団の歌唱で、天才モーツァルトが晩年にたどり着いたひとつの境地としての愛すべき傑作をお楽しみください。


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79回目の長崎平和記念式典〜プッチーニ《菊》弦楽合奏版

2024年08月09日 17時17分17秒 | 音楽
今日は長崎に原爆が投下された日です。

79年前の8月9日午前11時2分、長崎上空でプルトニウム型原子爆弾『ファットマン』が炸裂しました。



爆心地付近の温度は3000〜4000℃に到達したと推測されていて、死者73884名、重傷者74909名を出す惨事となりました。

本来、この『ファットマン』は長崎ではなく小倉に投下される予定でしたが、当日の小倉上空の天候が思わしくなかったために、急遽長崎に変更になったのでした。そんな運命のいたずらも、長崎の名を永遠に歴史に留めてしまうことになったのです。

今回の長崎での平和記念式典で、長崎市は

「(政治的な理由ではなく)平穏かつ厳粛な雰囲気のもとで式典を円滑に実施したい」

という理由で、イスラム組織ハマスと戦闘を続けるイスラエルの駐日大使を招待しませんでした。その結果、G7主要7か国のうち日本を除く各国の駐日大使らがそろって参加を見合わせるという異様な事態となりました。

長崎原爆の日の平和祈念式典について、アメリカのエマニュエル駐日大使は、

「イスラエルを式典に招待しなかったのは政治的な決定だ」

としたうえで、自身も欠席する意向を明らかにしました。これについてアメリカ国務省のミラー報道官は8日の記者会見で

「我々は、『他の国々の大使が招待されているのだから、イスラエルの大使も招待されることが重要だ』と考えた。いかなる国も式典に招待されないことによって特別扱いされるべきではない。それがエマニュエル大使の行動の理由だ」

と説明しました。

長崎市としても、『最後の被爆地』として多くの人に悼んでもらいたいという気持ちはあったと思いますが、その上で、現在進行形で戦闘を繰り広げているイスラエルやロシアにしゃあしゃあと来てほしくないというのも正直な気持ちでしょう。そう思うと、政治的意図をもって動いたのは長崎市とG7のどちらなのでしょうか。

今日は長崎の被爆者の御霊に、プッチーニの《菊(Crisantemi )》を送ります。願わくば、長崎が本当に最後の被爆地となりますように。

合掌。


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17歳が書いた名曲〜モーツァルト《交響曲第25番ト短調》

2024年08月08日 18時18分18秒 | 音楽
昨日立秋を迎えたものの、今日も暑くなりました。今日は特に用事もなかったので、自宅に引きこもってデスクワークに勤しんでいました。

その合間にいろいろと音楽を聴いていたのですが、その中で久しぶりに聴いたのが



モーツァルトの《交響曲第25番ト短調》でした。モーツァルトが短調で書いた交響曲は有名な《交響曲第40番》とこの曲の2つだけで、どちらもト短調で書かれていることから、40番を『大ト短調』、25番を『小ト短調』と呼んだりもします。

この今日が一躍有名になったのは、



1984年に公開された映画『アマデウス』に使われたことでした。映画の冒頭でモーツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》の重々しい序曲が流れ、自殺未遂を起こしているところを発見された老齢のアントニオ・サリエリが担架で緊急搬送されていく…という緊迫した場面でこの曲の第1楽章が流れた時、当時中学生だった私は

「これは名画だ!」

と思わずにはいられませんでした。

《交響曲第25番ト短調》は、モーツァルト17歳の時の作品です。17歳にして既に25曲の交響曲を書いていたことも驚きですが、この雄々しく緊迫感にあふれた交響曲を17歳の青年が書き上げたことにも驚ろかされます。

この曲は、かつて日本では『疾風怒濤(しっぷうどとう)』という愛称で呼ばれていたこともありました。

疾風怒濤』という言葉は、ドイツ語の「シュトゥルム・ウント・ドラング(Sturm und Drang)」の日本語訳です。これは18世紀後半にドイツの文学を軸とする芸術分野で起った運動のことで、当時のヨーロッパの知識人たちが熱病に罹ったかのように影響を受けたムーヴメントです。

シュトゥルム・ウント・ドラングは   

「理性に対する感情の優越」

つまり、

「自分の感情を大切にしよう」

と主張し、後のロマン主義へとつながっていった思想でした。この思想によって生まれた代表的な文学作品として、ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』や、シラーの戯曲『群盗』などがあり、音楽ではハイドンの1768年から1772年頃の作風についてもいわれています。

この曲はオーボエ2本、ファゴット2本、ホルン4本と弦楽五部で編成されていて、この時代にホルンを4本使うと言うことはとても珍しいことでした。他の同時代の交響曲作品としては『ホルン信号』という愛称のハイドンの《交響曲第31番ニ長調》をはじめとした数曲に見られるくらい、ベートーヴェンも《交響曲第3番変ホ長調『英雄』》で例外的に3本使った以外はどの交響曲もホルン2本で、ホルンが4本登場する作品は《交響曲第9番ニ短調》を待たなければなりません

当時のホルンは現代のもののようにヴァルブがなく管を巻いただけのナチュラルホルンで、



曲の調性によっていちいち管を差し替えて演奏するシステムでした。なので、出せる音もその調性の基本の音階と倍音の音に限られていたのですが、若きモーツァルトは高音の変ロ調2本とト調2本の計4本のホルンを使うことで当時の楽器の欠点を補い、音楽の響きを幅広く豊かにする工夫をしたのです。

第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ、ト短調の4/4拍子



ソ・レ・ミ♭・ファ#・ソという特徴的な旋律線を、オーボエが全音符で、バスが四分音符で、そしてヴァイオリンとヴィオラがシンコペーションとリズムを違えて演奏しますが、このことで独特の疾走感が生まれます。その後、この旋律線はハモリを伴ったヴァイオリンで、更に全音符のオーボエのソロで2回登場し、聴く者の耳と脳裏にしっかりと焼きつくこととなるのです。

その後も、シンコペーションや16分音符のトレモロが弦楽の随所に出てきますが、そのいずれもが独特の緊迫感を演出しています。そして最後は



ホルンと低音部でト短調の分散和音が奏されますが、変ロ音管だけでもト音管だけでも演奏できないこのパッセージを、それぞれで出せる音を分担することで可能にしています(楽譜の上から2段目と3段目がホルンパート)。

第2楽章はアンダンテ、2/4拍子の変ホ長調



第1楽章とは打って変わって変ホ長調という柔らかな響きの中で、ヴァイオリンとファゴットがやりとりを紡いでいきます。最後は変ホ長調のハーモニーの中に、バス声部の不気味な低音が締めくくります。

第3楽章はメヌエット、3/4拍子のト短調



第1楽章と同様に全オーケストラがユニゾンでテーマを奏し、メヌエットという本来優雅な舞曲に不釣り合いな疾走感と焦燥感が駆け抜けていきます。中間部のトリオでは一転してト長調になり、



管楽器群だけで、いかにもモーツァルトらしいライトな音楽が展開されていきます。

第4楽章はアレグロ、4/4拍子のト短調



ト短調の不安げなメロディが弦楽器の弱音のユニゾンで登場し、強奏になると低音とホルンにメロディが移る中でヴァイオリンにまたしてもシンコペーションが登場して疾走していきます。その後もあちこちにユニゾンが印象的に登場しますが、このことで後の40番とはまた一味違った独特の緊張感を生み出すことに成功しています。

ところで、この曲には第2楽章と第3楽章のトリオのところ以外にファゴットのパートが書かれていません。このことで少なからず混乱を招くことがあるのですが、

①楽譜の無いところは全部休み
②バス声部のフォルテ(強奏)の部分にのみ重ねる
③『Basso』の中にファゴットも含まれるのだから低音パート全部吹かせる

という選択を指揮者やオーケストラと相談して決めることになります。

そんなわけで、今日はモーツァルトの《交響曲第25番ト短調》をお聴きいただきたいと思います。クリストファー・ホグウッド指揮、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの演奏で、青年モーツァルトのエネルギッシュな音楽をお楽しみください。


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一年ぶりの『桃のワッフル』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年08月07日 18時18分18秒 | カフェ
昨日の夜に横浜や川崎では豪雨が降って警報も発令されていましたが、厚木市にはそんな雨が一滴も降らず熱帯夜のままでした。そして今日は暦の上では立秋を迎えましたが、神奈川県全体で凄まじく暑くなりました。

今日は自宅でデスクワークをしていて、できればこのまま一歩も出ずに過ごせたら…と思っていましたが、今日は音楽教室がある日なのでそうも言っていられません。夕方前ギリギリまで待ってから意を決して外に出て横浜あざみ野に移動し、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

月が改まって、月替わりメニューも一新していました。なので、今日は



今月限定の『桃のワッフル』をオーダーすることにしました。

サクサクのワッフルの上に自家製の桃のコンポートやピーチソースがあしらわれ、桃のソルベが添えられています。今年はピーチソースが黄桃になっていて、散らされた白桃のコンポートと相まってより桃感の強いものとなっています。

いつもはクロワッサン生地のワッフルなのですが、今日いただいてみると何だかパイ生地のようなワッフルでした。何でもお盆休み前の発送側の都合で一時的に違う生地のものになったとのことでしたでしたが、これはこれでいつもと違った感じでなかなか美味しいものでした。

『桃のワッフル』は昨年から登場していますが、今年のものはそれからより進化しています。こうした弛まぬ企業努力があるからこそ私たちは美味しいものをいただけるわけですから、頭が下がります。

明日もまた暑くなるようですが、そろそろ厚木でも一雨ほしいところです。

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79年目の広島平和記念式典

2024年08月06日 18時15分51秒 | 日記
今日8月6日は、広島に原子爆弾が投下されは日です。1945年8月6日午前8時15分、広島上空で原子爆弾『リトルボーイ』が炸裂し、広島の街は一瞬にして地獄と化しました。

投下したアメリカでは、今でも

『原爆投下が戦争を終わらせた』
『正義のために必要だった』

と、原爆投下を評価する向きが絶えないと言います。そんな彼らに問うならば、



この巨大なキノコ雲がたった一発の爆弾によるものだと考えたら恐ろしくならないのでしょうか。そして、この下で十数万人の非戦闘民が殺されたことは本当に『正義』だったのでしょうか。

今年も広島の平和記念公園では平和記念式典が挙行され、岸田首相をはじめとした多くの人が参列しました。昨年の式典中には、



規制区域外だった原爆ドーム付近で『反戦反核市民団体』を騙る輩がデモ行為を行って



市の職員と衝突沙汰を起こした事件があったことから、今年は入場規制がかけられたようです。

私が記憶している限りにおいて、日本で行われた反戦デモにろくなものはありません。そんなものを錦の御旗にしたところで、徒に自分たちの主義主張を振りかざすだけでは反って争いを招くことになるだけだということを、彼らは先ず学ぶべきではないでしょうか。

今日は全ての原爆被害者の御霊に、アメリカの作曲家サミュエル・バーバー(1910〜1981)の《弦楽のためのアダージョ》を送ります。もう二度とこんな恐ろしい核兵器が使われることのないよう、心中より祈ります。

合掌。


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焚かないだろうな…

2024年08月05日 17時40分10秒 | 日記
今日も今日とて、厚木は暑くなりました。夕方前から雲が空に広がってきて日差しを遮ってくれたものの、だからといって劇的に涼しくなったわけではありません…。

ところで、今日厚木の有隣堂に買い物に行ったら、



こんなものが売られていました。これは、現代の住宅事情を考慮したお盆の送り火&迎え火のセットです。

焚き付けやお皿までついていて、正に至れり尽くせりのセットです。ただ、我が家は集合住宅で玄関前は共有廊下なので、いくら簡易的とはいえども火を焚くことは難しいので買いませんでした。

それにしても、もうお盆になるのか…と、時の流れの速さに改めて驚かされました。お盆が過ぎれば、夏休みも後半戦に突入です。

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いいんですけどね…

2024年08月04日 19時30分30秒 | グルメ
今日は、知人が開いている個人音楽教の発表会の裏方仕事がありました。この暑い時期によくやるな…と思っていたのですが、他のイベントとホールの争奪戦が熾烈になりにくい8月を敢えて選んでいるのだそうです。

裏方仕事のメインは、舞台に譜面台を出したり引っこめたりすることでした。ただ実際には、子どもたちのヴァイオリンのチューニングや、大きな子たちの伴奏者の譜めくりといったことまで担うことになりました。

発表会も無事に終わり、みんなで場所を移動してお疲れ様パーティーをするというので、私も同行することになっていました。ところが、知人の奥様が

「どうもご苦労さま。はいこれ。」

といって今日の分の謝礼を私に手渡してきた後に、参加者や父兄に向かって

「じゃあ、『皆さんは』パーティー会場に移動してください。」

と言い放って移動を始めたのです。

なるほど、これは『さっさと帰れ』という知人の奥様のメッセージだな…と思い、特に異論を挟むことなく帰ろうとしました。ところが、そこへ知人が事務手続きから戻ってきて私が帰ろうとしているところに鉢合わせたところから、話の雲行きが怪しくなってきたのです。

知人が奥様に

「なんで共結(私)が帰ろうとしてるの?ちゃんとパーティー会場まで誘導してよ。」

と言ったのですが、それを聞いた奥様が心底不思議そうな顔をして一言

「だって、共結さんって部外者でしょ?なんでそんな人を、うちの大切なパーティーに呼ばなきゃいけないの?」

と言い放ったのです。そこから急速に空気が悪くなってきたので、

「とりあえず御礼はいただいたし、失礼するよ。お疲れ様。」

と知人に伝えた後で、

『空気読めよ』

と耳打ちしてから、微妙な顔つきの参加者にも

「皆さん、今日はお疲れ様でした。パーティー、楽しんでください。」

と頭を下げて、さっさと帰りました。

知人の奥様とは今日が初対面だったのですが、はっきり言って面くらいました。私に意地悪してやろうとかいった雰囲気は微塵もなく、ただひたすら

『だって、オマエ部外者じゃん…。』

という言動と行動をしてきたので、反論する気にもならなかったのが本音です。

まぁ、折角ギャラもいただいたので、帰りがけに



美味しい麻婆丼を食べて帰りました。私は元来パーティーなどというガラでもないので、むしろこの方が気を使わずに済んで万々歳でした。

何だか、今日はものすごく疲れました。我が家に帰ったら、さっさと寝ようと思います(。-ω-)zzz…。

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あつぎ鮎まつり花火大会

2024年08月03日 22時20分00秒 | 日記
今日は《あつぎ鮎まつり》の花火大会の日でした。

昨年よりも多くの人出のあった中、19時から花火大会が始まりました。今年は約一万発の花火が受け上げられ、見る人たちの目を楽しませてくれました。

今年も



ハートの花火や文字の花火が打ち上がりましたが向きがあまりよくなくて、綺麗に撮れたのはこれだけでした。他にも









色とりどりの花火が打ち上げられ、会場からは歓声と拍手が沸き起こっていました。

フィナーレにはナイアガラ花火とスターマインが打上げられ、華やかに幕が降ろされました。天候にも気温にも恵まれて、いい花火大会となりました。

フィナーレの動画を載せてみましたので、御覧いただきたいと思います。スマホでの撮影なので限界がありますが、会場の熱気が少しでも伝われば幸いです。


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ちょっと大き過ぎたかな…

2024年08月02日 18時35分20秒 | 日記
猛暑日にこそならなかったものの、今日も暑くなりました。こうなると個人的には扇子が必須アイテムになるのですが、今日ちょっとスゴいものを見つけました。

それが



この黒い扇子です。写真だと全く伝わらないのですが、これは『尺扇子』の名前で売られていて、骨の長さが一尺以上、約33cmもあるものです。

通常でも大判といわれる28cmのものと重ねてみても、



これだけの大きさの違いがあります。勿論、扇いだ時にくる風量もなかなかのものです。

ただ、巷でこれを使っていると高確率で二度見されます。閉じて持っていても何らか武器でも持っているように見えるらしく、怪訝そうな顔をされます。

さすがにタウンユースとしては大き過ぎたかな…と思いつつ、それでも折角入手したのですから大切に使っていこうと思っております。

明日は厚木の花火大会です。

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