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ディーゼル・バス

 水曜日、バスを運転していたら、携帯電話が鳴った。バスを止めて電話に出ると、塾を手伝ってくれている大学生からだった。「バスが動かないんですけど」と唐突なことを言う。「エッ、動かないってどういうこと?」「エンジンがかからないんです」「うーーん、困ったなあ。それじゃあ、家に電話してみるからちょっと待ってて」と電話を切って、自宅にかけ直した。「バスが動かなくなったらしいから、すぐに見に行ってくれないか」と私が頼むと、電話に出た妻が車庫まで走っていった。私はそのまま送迎を続けたが、途中気になって電話をしたら、大学生と妻がそれぞれの車で分担して、生徒の送迎をしているとの返事が帰って来た。ちょっと安心したが、バスが一台使えなくなったのは困ったことになったと、塾に着くまでどう対処しようかずっと思案していた。
 戻ってすぐに車庫に入ったままのバスに乗り込んで、エンジンをかけようとしたが、セルは回るものの、エンジンがかからない。なんだか、変なにおいもしだしてこれはエンジンが焼きついてしまったかもしれないと、ちょっとばかり不安になってきた。帰ってきた大学生に様子を聞くと、その車は前夜から変な調子だったという。アクセルを踏み込んでも、回転数が上がらず、ノッキングするような感じで、苦労しながら戻ってきたそうだ。前日といえば、私がスタッドレスタイヤをノーマルタイヤに交換した日だ。空気圧が少ないと思って、スタンドに持って行って、調節をしてもらい、ついでにガソリンを入れた日だ。その時は何事もなく乗れたのに、何故その夜突然調子が悪くなり、翌日には動かなくなってしまったのか、納得がいかない。日産の販売店に電話しても、あいにく休業日で留守番電話になっていた。仕方ないので、知り合いの営業マンの携帯に電話して、事情を話して翌日にバスを見に来てくれるよう頼んだ。
 授業をしながらも、生徒をどうやって送っていこうかあれこれ考えていたが、はたと思い当たることがあった。動かなくなったのはディーゼルエンジンのバスである。ひょっとしたら、軽油を入れなきゃいけないのに間違えてレギュラーガソリンを入れたんじゃないだろうか。以前もそうした間違いをして動かなくなったことがあり、今回も症状がよく似ている。いや、これはきっとその通りだぞ、と確信めいた思いになってスタンドの伝票を探したけれど、捨ててしまったのか見つからない。スタンドに聞くしかないなと、その夜は何とかやりくりをして、生徒たちを送り届けた。
 翌日、朝早くスタンドに電話して確認を取ったところ、やっぱり思ったとおり、レギュラーガソリンが入れてあったそうだ。「すみません、きちんと処理しますから」と所長が平謝りしているが、私としては動くようにさえなればいいので、「お願いします」と電話を切った。日産の営業マンに電話して、その旨を報告したところ、事態は私が思うほど簡単なものではないと言う。最悪の場合、エンジンがだめになっているかもしれないから、覚悟しておいてくださいよと怖いことを言う。実は、このバスは、愛知県がディーゼル車の所有を禁止するため、4月の車検を受けられなくなり、やむなく買い換える予定になっていたものだ。営業マンは下取り車が壊れてしまったら、えらいことになると心配しているのだが、私としてはどうせ新車に替えるんだからと、軽い気持ちでいた。そのギャップで微妙に話がずれておかしかった。
 昼過ぎに、スタンドの所長が来てバスを牽引して行った。「きちっとやってきますから」と神妙な顔で戻っていったが、最悪の場合にはスタンドが責任を取らなければならないと思っているのか、深刻な表情だった。確かに給油口を開くと「軽由のみ」とシールが貼ってあるし、キャップにも「ディーゼル」と刻印してあるから、それを確かめなかったスタンドのせいだろうけど、私もちゃんと「軽油を」と言わなかった負い目があるものだから、一方的に相手の責任にするのも気が引けた。何とか動くようになってくれよと願っていたら、2時間ほどでバスが動いて戻ってきた。ホッとした私に、所長が「ガソリンを抜いて、エンジンのフィルターも外して全部洗ってきれいにしましたので、これで大丈夫だと思います。申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げる。私は「いえ、こちらこそ、どうも」としどろもどろに答えてしまったが、とにかく動くようになってよかった。
 その夜は、生徒の送迎にちゃんと動いてくれたから、とりあえずは大丈夫だろう。今月いっぱいは、なんとか頑張ってもらわなければならない。
 お願いね、2号車くん。

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