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「ザ・マジックアワー」

 5日の日曜、「15時間まるごと!三谷幸喜の日」と銘打って、WOWOWで三谷幸喜の映画と舞台が15時間連続で放映された。私は全くそんなことは知らなかったが、たまたま点けたTVのチャンネルがWOWOWになっていて、「THE 有頂天ホテル」が放送されていた。私は日曜の朝になると、どういうわけか早い時間に目覚めてしまうので、ほとんどの日曜は眠くて仕方がない。しかも、一昨日は花見をしてきたものだから、早くもほろ酔い加減でかなり睡魔に襲われていた。「見ながら寝ちゃうよな・・」と思いながら見始めたが、そんな心配は無用、最後までしっかり見てしまった。それは面白かったから、というわけでは決してない。それどころか、「詰らないなあ」と何度も叫んだくらい、ありきたりなドタバタ劇でどこが面白いのか皆目分からなかった。
 私は三谷幸喜という人物をTVで何度か見たことがあるだけで、彼の作品をきちんと見たのはこれが初めてだった。TVで見た彼のキャラが私の好みに合わなかったため、そんな男の作った映画やドラマなど見たくはない、そんないつもの食わず嫌いからのことだが、そんな私とは正反対に、妻は三谷作品をいくつも見ているので、あれこれ解説してくれた。それにつられてついつい最後まで見てしまった、というのが本当のところだった。
 午前7:45から「笑いの大学」、10:00から「ラヂオの時間」、午後0:00から「みんなのいえ」、そして2:10から「THE 有頂天ホテル」。これが終わって4:40から「グッドナイトスリイプタイト」という舞台が放送されたが、その時間は我慢できずにとうとう転寝してしまった。もともとそんな舞台など見る気もなかったから、眠ってもよかったが、目覚めたら「ザ・マジックアワー」が7:30から始まった。妻はこの映画が昨年公開されたときに一人で見に行っていたため、「これは面白いよ。特に佐藤浩市がカッコいい!」と教えてくれたが、「THE 有頂天ホテル」が面白くなかったから、俄かには信じられなかった。公開時には、三谷幸喜がうるさいくらい色んな番組に出てきて、この映画の宣伝をしまくっていた(出演者が「お笑いレッドカーペット」の審査員もしていたなあ・・)ため、よほど映画の出来に自信がないか、めちゃくちゃ自信があるかのどちらかだな、と思っていた。それを思い出して、「さて、どちらなんだろう」と少しばかり意地悪な気持ちでいた。だが・・、
 面白かった!いつの時代のどこでの話なのか、分かるようで分からない設定の下始まったコメディーは、ドタバタなどではなく、じっくりと笑わせてくれる。映画を見てこれだけ笑ったのは久しぶりだ。三谷は、この作品の台本を「今まで一番質が高い」と豪語し、「3分に10回は笑える」とも言っていたようだが、実際それくらいのペースで私が笑った場面もいくつかあった。押し付けがましくなく、見ていて自然に笑えてくる、「THE 有頂天ホテル」とは比べられないほど、実に面白い映画だった。
 題名の「マジックアワー」とは、映画や写真の世界で「陽が落ちた直後の数十分、空が美しくなる“薄明”をさす言葉」で、劇中にも佐藤浩市がそんな説明をしていた。


 この写真の背景こそが、マジックアワーを表しているが、それは人生の華やかな時を過ぎて、今まさに老いさらばえんとした瞬間に今一度光輝を放とうとする、そんな決して諦めない人間の生きざまを喩えているようにも思えて、なかなか深みのある言葉だと思った。「三谷幸喜などに教えられたくはない」と、この映画を見る前なら思っていただろうが、見終えた今ならこの言葉を教えてくれたことに心から感謝したいと思う。
 佐藤浩市が渋いながらも軽妙な演技でいい味を出していたが、私はそれと同じくらい、老いた柳沢慎一には驚いた。映画の途中では、「誰だったっけ・・」と思い出せなかったが、エンドロールで彼の名前を見つけて「ああ!」と思わず声を上げてしまった。妻はその名にピンとこなかったようだが、私は黒髪が艶やかで、キザな役どころが多かったあの柳沢慎一がすべて白髪に変わった姿で・・、などと自分も同じくらい真っ白な頭をしているのを忘れて、懐かしいようなさみしいような気持ちになった。
 久しぶりに見た人がまるで昔の面影を無くしているのを見るのはつらいものだが、彼らはまだまだ「マジックアワー」を見つけようとしているかもしれないのだから、憐れんだりすることなど厳に慎まねばならない。
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