関西には、「廃線ハイキング」として有名な、福知山線の生瀬~武田尾があります。トンネルをいくつか通り抜けて歩くハイキングコースです。(実は、私は行ったことがありませんが)
今回紹介する柳ヶ瀬トンネルも廃線になった鉄道のトンネルです。ただし、通れるのは車のみです。(大型車・二輪・自転車・歩行者通行禁止)
もともとは、国鉄北陸本線が走っていました。昔、北陸本線は今の北陸自動車が通っているコースを走っていました。このトンネルは1884年(明治17年)に完成したそうです。(今から131年前のことです。えっ、このトンネルって130歳を越えているんですね!)完成した当時は、日本で1番長いトンネル(1352メートル)だったそうです。
ところが、1957年(昭和32年)に現在のルート(余呉湖の横を通り、深坂峠を越えるコース)に変更されて、それ以降は、県道として利用されるようになったらしいです。
ルートが変更されたのは、あまりの急勾配のために、汽車が立ち往生したり、トンネル内で窒息死する乗務員がいたからだそうです。(70年あまりの間に12名もの機関士が窒息死したらしいです。)そんなこともあってか、地元では「お化けトンネル」と言われているそうです。
さて、前置きが長くなりましたが、実際にトンネルを通ってみましょう。国道365号線を木之本から北上すると、写真のような分かれ道があります。左が365号線で栃の木峠を越えて越前市に、右が県道140号線で柳ヶ瀬トンネルを抜けて敦賀市へ向かいます。
(右に行くと柳ヶ瀬トンネル 右上は北陸自動車道)
鉄道は単線だったので、幅は狭いです。だから信号で交互通行にしています。やっと青信号になりました。さあ、出発です。
(雨の滋賀県側入口)
トンネル内は、狭くて、暗くて、おまけにカーブはしているし、お化けのことも気になるしで、とても緊張して運転しました。
何分かかったでしょう?やっと福井県側に出ました。すぐにUターンして、もう1度くぐります。(また、行くんかい!)今度は信号がかわるまで時間があったので、じっくりと福井県側のトンネル入口を撮影しました。歴史を感じさせる風格があります。(向こうから汽車が走って来そうな感じです)
(福井県側入口、左は北陸道の橋脚)
(雰囲気がありますね。しかし、狭い!)
ところで、あまり知られていないことなのですが、このトンネルの上を分水嶺が通っているんですよ。ちなみに「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の清水トンネルの上にも分水嶺が通っています。
おまけです。ここに北陸線が走っていた痕跡が、もう少し木之本よりの国道にも残っていました。
(旧中之郷駅のプラットホームと駅名板)
今回紹介する柳ヶ瀬トンネルも廃線になった鉄道のトンネルです。ただし、通れるのは車のみです。(大型車・二輪・自転車・歩行者通行禁止)
もともとは、国鉄北陸本線が走っていました。昔、北陸本線は今の北陸自動車が通っているコースを走っていました。このトンネルは1884年(明治17年)に完成したそうです。(今から131年前のことです。えっ、このトンネルって130歳を越えているんですね!)完成した当時は、日本で1番長いトンネル(1352メートル)だったそうです。
ところが、1957年(昭和32年)に現在のルート(余呉湖の横を通り、深坂峠を越えるコース)に変更されて、それ以降は、県道として利用されるようになったらしいです。
ルートが変更されたのは、あまりの急勾配のために、汽車が立ち往生したり、トンネル内で窒息死する乗務員がいたからだそうです。(70年あまりの間に12名もの機関士が窒息死したらしいです。)そんなこともあってか、地元では「お化けトンネル」と言われているそうです。
さて、前置きが長くなりましたが、実際にトンネルを通ってみましょう。国道365号線を木之本から北上すると、写真のような分かれ道があります。左が365号線で栃の木峠を越えて越前市に、右が県道140号線で柳ヶ瀬トンネルを抜けて敦賀市へ向かいます。
(右に行くと柳ヶ瀬トンネル 右上は北陸自動車道)
鉄道は単線だったので、幅は狭いです。だから信号で交互通行にしています。やっと青信号になりました。さあ、出発です。
(雨の滋賀県側入口)
トンネル内は、狭くて、暗くて、おまけにカーブはしているし、お化けのことも気になるしで、とても緊張して運転しました。
何分かかったでしょう?やっと福井県側に出ました。すぐにUターンして、もう1度くぐります。(また、行くんかい!)今度は信号がかわるまで時間があったので、じっくりと福井県側のトンネル入口を撮影しました。歴史を感じさせる風格があります。(向こうから汽車が走って来そうな感じです)
(福井県側入口、左は北陸道の橋脚)
(雰囲気がありますね。しかし、狭い!)
ところで、あまり知られていないことなのですが、このトンネルの上を分水嶺が通っているんですよ。ちなみに「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の清水トンネルの上にも分水嶺が通っています。
おまけです。ここに北陸線が走っていた痕跡が、もう少し木之本よりの国道にも残っていました。
(旧中之郷駅のプラットホームと駅名板)