小松市の観光スポットレポート(No.958)
◇前田利常公の足跡を訪ねて ⑩那谷寺―2
□普門閣・宝物館
昭和40年、白山麓旧新保村の春木家の家屋を譲り受けて移築し「普門閣」した。春木家の祖先性善坊は親鸞聖人の諸国遍歴に従い、離別の際に光明本尊の御影を賜り、大日山新保の地に道場を開き、のちに永平寺再建にあたった棟梁が弘化4年(1847)から3年がかりで完成させた。
■写真は普門閣・宝物館
■写真は前田利常肖像画
■写真は親鸞聖人肖像画
■写真は参道
□大悲閣(だいひかく 本殿)
一向一揆の兵乱で荒廃しましたが、前田利常公の庇護により寛永19年(1642)に再建されました。本殿は「大悲閣」と呼ばれ、岩壁に寄って屋根を造らず唐木造、向拝、柿葺となり、四方の欄間に山上善右衛門作の透かし彫りが施されています。昭和16年(1941)に国宝指定を受け、昭和24年(1949)に解体修理昭和25年(1950)に重要文化財に新指定。大悲閣拝殿・唐門・本殿の3つの重要文化財建造物を総称して本殿と呼んでいます。
■写真は奇岩遊仙境
■写真は大悲閣(本殿)
■写真は三重塔
■写真は展望台より奇岩遊仙境を見る
□松尾芭蕉句碑
元禄2年(1689)俳聖・松尾芭蕉が参詣し、「奇石さまざまに古松植ならべて、萱ぶきの小堂岩の上に造り、かけて殊勝の地なり。」と「奥の細道」で那谷寺を表現しました。句碑は天保14年(1843)芭蕉150回忌に建立したものです。
「石山の 石より白し 秋の風」
石山の解釈が二つあり、一つは、石山を近江の石山寺と解して、「近江の石山より白い那谷の石山に秋の風(白風)が吹き渡って、さらに冷やかに感じる」とする解釈。もう一つは石山を那谷と解して、「那谷の石山に吹きつける秋の風(白風)は、那谷の石山より白々として冷やかに感じる」という解釈がある。
(参考資料:那谷寺ホームページ、宮武利男氏資料)
■写真は芭蕉句碑
□那谷寺ホームページ
(つづく)