かねうりきちじの横浜・喫茶店めぐり

珈琲歴四十年の中の人が、珈琲豆荷揚げ量日本一を誇る横浜港のある町の喫茶店でタンザニア産コーヒーを飲み歩きます

道長と式部

2009年11月23日 | 旧ブログ記事(文化財関係)
 昨日から連休を利用して北関東に来ています。

 kaneurikichiji は盛岡生まれですが、北関東のとある町で育ちました。今も親がこの町に住んでいて、時折実家に戻っています。

 今回は親に顔を見せることが主目的でしたが、茨城県立歴史館の特別展「かがやきにこめた権威と荘厳-金と銀の考古学」の見学を楽しみにしていました。雪が降る朝の盛岡を出発し、快晴の昼過ぎの水戸ついて、久々に訪れる(たぶん10年以上来ていなかったと思います)博物館を見学しました。

 展示の目玉は、(地元茨城としてはそうではないかもしれませんが)藤ノ木古墳の出土品と藤原道長の経筒ではないでしょうか。kaneurikichiji が藤原道長の経筒を見るのはここ1年で2・3回目です。おそらく、展示の企画担当者は「目玉」になると思っているのでしょう。

 kaneurikichiji も何度見ても当時の信仰のあり方に思いを巡らすことができる稀有な資料だと思っていますが、今回の展示で世間的にはそう感じる人だけではないということを痛感しました。
 というのも、経筒をじっくり眺めていたときのことです。なんだかせわしなく資料を見ている母親と女の子が近づいてきて、1秒ほど経筒を見ていった言葉を聞いたからです。

 「ふ~ん。何これ。」

 「望月の欠けたることもなしと思えば」と詠んだ道長も形なしです。

 けれども、藤原道長に対する知識の欠如について、kaneurikichiji は知っていたので、母親の「ふ~ん。何これ。」という発言は違和感はありませんでした。

 というのも、長者ヶ原廃寺跡の説明をしていて、歴史研究者が思っているほど藤原道長の知名度は高くないと知っていたからです。

 長者ヶ原廃寺跡は、今から1000年前、ちょうど藤原道長と同時代です。

 kaneurikichiji は遺跡に来て下さった方に説明する時、長者ヶ原廃寺跡の年代を具体的にイメージしてもらおうと同時代の有名人(と思われる)名前をあげます。
 政治的には摂関政治全盛期なので、まず藤原道長をあげます。けれども大人も子供もあまりピンとこないようです(歴史が好きな方でも同じです)。
 次に「源氏物語の作者の紫式部は知っていますか?」と訪ねると十中八九の方が「知っていると答えます」。
 面白いのは、「藤原頼通は知っていますか?」と聞くと「・・・」と反応はよくありません。けれども、「宇治の平等院鳳凰堂を造った人です」というとそれなら分かるというのです。
 つまり、一般的に政治家よりも文化的な功績を残した人物の方が知名度が高いようです。

 案外千年後、鳩山由紀夫より村上春樹の方が知名度が高いのかもしれませんね。