昨日の岩手日報の記事に岩手県・大迫の山岳博物館が今年いっぱいで閉館するという記事を見て、今日、見学に行きました。
ここには植村直己さんの遺品の一部が収蔵されていると知っていたので、8年前に岩手に戻って来た時、最初に行きたいなと思っていた博物館でした。
が、タイミングが合わず、行けずじまいで今日まで来てしまっていました。
今日を逃すと年末まで行けるかどうか微妙だったので、大掃除の合間を見て相棒と一緒に行ってきました。
旧大迫町と姉妹都市のオーストリアはベルンドルフ市の建築家の設計による建物は、こぢんまりとしたものですが、39年前のものとは思えないほど洗練されたもので、その中には早池峰山の動植物や日本の登山史における重要な資料がいくつも展示されていました。
最近の博物館はCGなどの技術が発達したせいもあり、モノにこだわらない(薄っぺらでつまらない)展示が多いのですが、山岳博物館はモノを見せるということにこだわった昔ながらのよい展示でした。
が、建物の耐震強度がないことから取り壊されるようです。
何とももったいないことです。
入り口の看板には山岳博物館の設立の経緯が記されていました。
それによれば、この建物は「山の花のロマンで結ばれたシンボル」のようです。
それを壊すことに何の疑問も持たないのでしょうか?
日本の気候・風土や、耐震強度に関する法令などの説明をしたとして、相手方の理解が得られているのでしょうか?
「モッタイナイ」が国際的にも通用するこのごろ。
建物を取り壊すという判断に至るまで、多くの議論が重ねられてきたとは思いますが、それでもその決断に違和感を覚えながら建物を後にしました。

山岳博物館(左)とおそらく姉妹都市提携25周年を記念して作成したプレート。

日本登山史上貴重な品々。左は日本隊がエベレストに初登頂したときの装備。右2つはその時に隊員でもあった植村直己の愛用のピッケル。
ここには植村直己さんの遺品の一部が収蔵されていると知っていたので、8年前に岩手に戻って来た時、最初に行きたいなと思っていた博物館でした。
が、タイミングが合わず、行けずじまいで今日まで来てしまっていました。
今日を逃すと年末まで行けるかどうか微妙だったので、大掃除の合間を見て相棒と一緒に行ってきました。
旧大迫町と姉妹都市のオーストリアはベルンドルフ市の建築家の設計による建物は、こぢんまりとしたものですが、39年前のものとは思えないほど洗練されたもので、その中には早池峰山の動植物や日本の登山史における重要な資料がいくつも展示されていました。
最近の博物館はCGなどの技術が発達したせいもあり、モノにこだわらない(薄っぺらでつまらない)展示が多いのですが、山岳博物館はモノを見せるということにこだわった昔ながらのよい展示でした。
が、建物の耐震強度がないことから取り壊されるようです。
何とももったいないことです。
入り口の看板には山岳博物館の設立の経緯が記されていました。
それによれば、この建物は「山の花のロマンで結ばれたシンボル」のようです。
それを壊すことに何の疑問も持たないのでしょうか?
日本の気候・風土や、耐震強度に関する法令などの説明をしたとして、相手方の理解が得られているのでしょうか?
「モッタイナイ」が国際的にも通用するこのごろ。
建物を取り壊すという判断に至るまで、多くの議論が重ねられてきたとは思いますが、それでもその決断に違和感を覚えながら建物を後にしました。


山岳博物館(左)とおそらく姉妹都市提携25周年を記念して作成したプレート。



日本登山史上貴重な品々。左は日本隊がエベレストに初登頂したときの装備。右2つはその時に隊員でもあった植村直己の愛用のピッケル。