今の季節。
日本人の心は一番浮き立ち、自然を謳歌すると言っていいのかもしれません。
何故なら、桜が咲くから。
なぜ日本人は、こんなに桜に心惹かれるのでしょう。
これを探求しようとしても、私は桜の知識が浅すぎて、大したことは書けそうにありません
私に言えることは、桜の咲く時期は、新年度の始まりで、色々な行事に寄り添うように桜があるからでしょうか。
私が今、最初に思い出す桜の光景は、経堂の社宅にいた頃の想い出です。
長女が小学校の入学式を迎え、恵泉女学校の塀超えに咲き乱れる桜を仰ぎながら、その先にある区立の小学校の入学式に向った事。
孫達をこよなく愛しんだ母も一緒でした。
上の画像は、見納めのお花見になってもいいと思う程感動した小諸城址の桜です。
他では、新婚時代を過ごした長女宅のマンションが桜の名所として知られる目頃川沿いにあったため、孫守で、桜の季節にも、よく通った事。
このマンションは、私の余生を運命づけたところ。
本当でしたら、今三十万の家賃収入を得て、悠々自適の老後を送れていたはずなのだけれど。
結婚が目前だった長女夫婦に、そのマンションを譲り、戻ってきた手付金とその代金のはずだった資金を株式投資に投入。
そして、その資金のほとんどを失うといった、とんでもない愚行を犯してまいました。
でもその辛い思い出も、桜と共にあり、娘家族の幸せの代償として、今は私の心の内ではすっかり昇華されています。
たまには、その話をして娘夫婦に恩を着せることもありますけれど、愚痴を言ったことはほとんどありません。
近所の仲良しさんと目黒川のお花見に出かけた時、そのマンションの前をたまたま通り、その話をしました。
すると、「譲ったのが他人ではなく、娘さんで良かったじゃない」
と言われました。
正にその通りだと思いました。
目黒川沿いのお花見は、コロナ禍の前は友人との間では恒例になっていたので、またいつか、その心配をしないで出かけられる日が来ることを願っています。
この画像に映っている建物が、そのマンションです。
初孫が生まれ、西郷山公園にある保育園にも足しげく通い、私が一番元気だった時代かもしれません。
その娘宅に通っていた頃、実は、私が一番心惹かれたのは、桜ではなく、その後に芽吹いた瑞々しい新緑の季節の桜の樹でした。
若葉の芽吹きが、それはそれは瑞々しい清々しさで・・・。
人生の門出の季節にピッタリの光景だと思い、私は桜以上に感激したものです。
他では、二泊三日の三越のツアー旅行で出かけた小諸城址のお花見も忘れることが出来ません。
台風一過の晴天といったお天気にも恵まれ、澄んだ真っ青な空の下で観桜できたのも幸いでした。
これが桜の見納めになっても良いと思う程満足した私です。
冒頭に載せたのが、この時の想い出写真です。
数日前も、ほとんど人影がなく、私が一人占めできる隠れお花見スポットに出かけてきました。
青空を待っていたのですが、期待できそうになくて、日は差すも、花曇りと言えば聞こえがいいですが、風情のまるでない真っ白な空。
私の撮影の腕では、良い写真が撮れませんでした。
折角とりましたので、その時の写真も一応アップ致します。
森山直太朗の桜の歌も一緒に。
NHKの歌謡番組で数日前にも聴き、素晴らしい歌だと、改めて思いました。
この歌を契機にして、桜のイメージが明るくモダンなものに変わった、といったような新聞記事を目にしたことが、以前にあります。
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実は孫娘の名前、桜ちゃんの由来は、いつになく速かった桜の開花日に産まれ、
その年に、森山直太朗の「さくら」が大ヒットした年だからのようです。
この歌の桜のイメージにピッタリの桜ちゃん。
名前に負けないように、素敵な人生を送ってほしいです。
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