二週間ほど前の事だったかしら。
妹に、「お姉様はもっと旅行を愉しめばいいのに?
どうして旅行に行かないの。
Mちゃん(娘の事)たちに連れていってもらえば」
と、強く勧められたことがあります。
その勧め方が、旅行をしないと後悔するわよ、と言わんばかりの強い言い方だったので・・・。
その時は、私なりの理由を話し、聞き流して終わりでしたが・・・。
軽井沢の万平ホテル
私が一番気に入ったホテルかもしれません。
その後も、あまり気分がすっきりしなくて。
暫くして、妹にまた電話。
「貴女がいくら旅行好きだからと言って、自分の趣味を私に押し付けるのは止めてくれない。
私はあなたとは趣味は違って、私は私で充実した余生だと今思っているのだから」
と言いました。
老後は、自分が一番好きと思える事に没頭。
私の場合、家事とデスクワークがそれに当たるのかもしれません。
家事にはガーデニングも含みますし、デスクワークも実にいろいろです。
とは言え、これでは、面白味がなさ過ぎですね。
でも、退屈なんて一度も思ったことがなくて、いつも時間欠乏症に陥って悩んでいる私です。
私の旅行の時のファッションを、いくつかアップさせていただきますね。
実に私は、安上がりにできた人間。(笑)
体力不足もあり・・・。
ささやかでも、家の中で、日々を悔いのないように過ごせれば、それで十分。
特別晴れやかなイベント何て、何もなくても、私は一向に構わない。
平凡が何より、と思って、いつもいつも過ごしています。
実はこんな私でも、夫が亡くなってしばらくは、旅行にもよく出かけました。
両親が亡くなった後もその傾向がありました。
イギリス、沖縄、ベトナム、タイ、プーケット島、軽井沢、信州、京都、神戸その他いろいろ。
旅行好きでは特別なかったのですが・・・。
何だかあまりに寂しくて・・・。
家にこもってばかりいると、自分がおかしくなってしまいそうな不安に見舞われたからだと思います。
ところが、広島に墓参で出かけた時の事。
平和公園を数時間かけて歩き回り、一泊二日の旅を終え、我が家に戻りました
すると、翌日から急に脚の調子が悪くなり、次第に歩行が困難に。
その後も、悪化していく一方でしたので、妹に介添えをしてもらい、やっとの思いで歩き、総合病院の整形外科の診察を受けました。
すると、レントゲンの撮影画像を見ながら、先生がおっしゃった診断名は、脊柱管狭窄症。
生活の質を6割くらいに落とすか、手術しか治す方法はない、とまで言われてしまいました。
その時はお先が真っ暗。
いよいよ杖の暮らしかと、覚悟を決めたほどでしたが・・・。
私は痛い、痛いと言いながら、しばらく様子見をする事にしました。
病院への紹介状を書いてくださった個人クリニックで、お薬をいただきましたが、痛み止めの対症療法に過ぎません。
若い時から、お薬嫌いの私。
ですから、ほとんど服用せず、足を引きずる不自由な暮らしを、平常心でするように心がけました。
私は、「自己治癒力」と言う言葉が大好き。
ですから、この時も必ずその内に治ると、固く信じて疑わなかったのです。
そして、ある日の事。
整形外科医院に出かけるため、バス停でバスを待っていた時の事。
隣の班にお住いの、80代後半の奥様に偶然出会いました。
ちょうど私の傍を通り過ぎる処で目が合い、お互いにご挨拶を交わし・・・。
そして唐突な話題ながら、何故か脊柱管狭窄症を患って苦労している旨、その奥様にお話ししてしまった私です。
班が違うため、お付き合いはほとんどありませんでしたが・・・。
この奥様は信頼できる方と、見た目の印象だけで、私は確信していましたから。
そしてこの偶然の出逢いが、その後の私を幸運に導いてくれたのです。
整骨院に通うことを強く勧めて下さったからです。
私は、その足ですぐ、紹介して下さった整骨院に直行。
藁にも縋る気持ちでした。
通ったのは一週間に一回程度でしたが、その後から、みるみる快方に向かいました。
とは言っても、バスのタラップの昇降は相変わらず苦労し、階段も両足を交互に挙げて昇ることはできない暮らしが当分続きました。
今はそれも普通にできます。
それ以来のことです。
墓参で帰広する以外、旅行に行くのは一切やめました。
私の人生の優先順位で一番大切なことは足の健康寿命を少しでも伸ばすこと。
それに尽きると思っているからです。
もともと旅行は特別好きな事ではありませんでしたから・・・。
本来の自分の暮らしに戻ったと言っていいのかもしれません。
今でも足首は少し痛くて、膝も同様。
起居動作はかなりつらいです。。
コロナ禍になり、整骨院はお休みしていましたので、そろそろ又通い始めたいのですが。
感染は今も相変わらずなので、毎日のように迷っています。
数十年愛用したビトンのキャリーバッグは軽くて大好きでしたが、さすがに古くなり過ぎ、
東急のタイムレスで買い取ってもらいました。
出不精でおうち大好き人間であることが、今のご時世でも、私はストレスを溜めないで暮らすことが出来、幸いしているようですが。
私がファンのショコラさんのブログで、老健でお世話になっているお母様のことが書かれていました。
92歳になられるお母様。
病気もなく頭もしっかりしていらっしゃるのに、足だけがご不自由とのこと。
このまま車いすの生活になってしまうのではと,きょうだい4人でご心配なさっている様子が記述されていました。
その場合、介護施設に入るか、自宅介護が可能か等々。
私も、ショコラさんのお母様の様になる可能性が高そう。
その場合、私が望む、自宅で最後まで自立した暮らしをするなんて、もう無理なのでしょうか。
脚の健康寿命を如何に伸ばすかが、今の私にとって、益々重要な課題に思えてきました。
4月3日で78歳になったばかりの私です。
高齢者ゆえに直面しなければならない課題を一つ一つ賢くクリヤーして、
子供たちに迷惑をできるだけかけない、自立した暮らしを目指して、今後も頑張りたいものです。
お立ち寄りくださいましてありがとうございます。
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