7月26日(火)、雨。ワグネルの1年後輩、横井さんの葬儀が青山
の梅窓院で行われた。
横井さんの突然の訃報(7月18日ご逝去)は19日午前にもたらさ
れた。その後の情報によれば2年ほど前から闘病中とのことだっ
た。
○昭和52(1977)年1月(15日)、K藤さんの結婚式が名古屋で
行われた。
その前日、横井さんにマイカーを出してもらい、仲間4人で同乗
し、夜間の東名高速を名古屋に向かった。途中、走行車線を走っ
ていたら、トラック3台に囲まれ、大変怖い思いをした。
4人とも独身時代のことだった。
〇おぼろげな記憶だが、新婚まもないご夫妻の旅立ちを、東京駅
かどこだったか、家内と見送りに行ったことがあった。
○その後、横井さんはヨーロッパや米国など国際畑で活躍。まこ
とに多忙な充実の日々だったろう。
○平成29(2017)年、少し時間のできた彼はワグネルのガラコン
サートに参加した。ワグネルのガラコンに参加するのは、卒業以
来、初めてだったかもしれない。
○その頃、彼の勤務先(の一つ)が虎ノ門に近いというので、私
が虎の門病院に健診に行く時に、何回かランチをともにした。
○SMSで
「明日、虎の門病院なのですが、昼食はいかがですか」
と連絡すると、彼は
「明日は虎ノ門(実際は赤坂2丁目)にいます。昼食をご一緒し
ましょう」
と忙しい中、必ず都合をつけ、虎の門病院まで来てくれた。
彼は、普段から健康のため歩いて虎ノ門まで昼食に来ることが多
いと言っていた。
○JTビルの御旦狐という寿司屋で昼食をともにするうちに、彼
とは誕生日が一日違いであることを思い出した。
彼は笑っていわく、
「お誕生会をやらないといけませんネ」
彼と他愛もないことを話していると、なぜかリラックスするのだ
った。
○虎の門病院の先生の面談は予約時間より遅れることがある。
「場合によっては、予定より少し遅れるかもしれません」
と中間報告を入れると
「大丈夫です。いつまでも、待ってます」
彼はすばらしい「営業マン」だった。
○虎の門病院で待ち合わせると、いつも会うやいなや、さりげな
く私の重いカバンを持ってくれた。
「いやいや、もう先輩も後輩もないから、本当にそんなことはし
なくていいから」
と言っても、言うことをきいてくれなかった。
○新型コロナが流行り出し、しばらくお会いしなかったが、1年ほ
ど前に
「お元気ですか?昔ワグネルにいたTさんはどうしていますか?」
とLINEしたら、
「先輩もお元気ですか?彼は無事に定年退職し、奥さんと化粧品
店をやっています」
との返信だった。
今から考えたら、彼は既に闘病中だったが、それには触れず仕舞
いだった。
○会場には30枚ほどの「思い出の写真」が飾られていた。--横
井夫妻で準備されたのかと思うと、どれも悲しい写真ばかりだ。
○病室で奥さまとパジャマ姿の彼のお二人がピースサインしてい
る写真にはとくにグッとくるものがあった。
○70歳か72歳まで働いたら、奥さまとゆっくり国内旅行や海外旅
行に行きたかったことだろう。
○奥さまにはお悔やみの言葉を申し上げたかったが、奥さまのお
顔を拝見したら何も言えず失礼してしまった。ごめんなさい。
心からお悔やみ申し上げます。
9:09 大場町 雨
9:19 あざみ野
9:48
9:52 外苑前
9:54 1b出口へ
9:57
9:57
9:58
9:58
9:59
9:59
10:00
10:04
10:05
10:05
10:06 H29(2017)/10/9 ワグネルガラコンのステージ
同上ガラコン打ち上げパーティーにて 左端が横井さん
10:07
10:12
11:10
11:19 ワグネルの現役時代 定期演奏会の打ち上げパーティー?
11:20
11:26
11:41 お棺に花を納める。
11:53 ご出棺
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