
昨日の昼、職場に父から電話があった。
「帰ってきたよ。どうすればいいろかね」
弟が帰ってきたのだった。
弟に電話を代わってもらって、私は淡々と事実を告げた。
そして、みんなを裏切ったことは許されないことだと。
住み込みで働けるところをいろいろ当たってみたが皆だめだった模様。
旦那様は家に入れるなと言った。
「わかった。出て行くわ」
そう言って弟は電話を切った。
1歳半健診の帰りのタクシーの中で考えた。
過去にも弟はストレスに耐えかねてギャンブルに逃げていた。
それを隠して嘘を重ねていた。
ギャンブル依存症だと思う。
聞いてみたら、やっぱり今回もそうだった。
これは、もう、病気。
心の病気。
確信して、治療施設を探して電話した。
「今夜のうちに夜行バスに乗ってください」
そう言われた。失踪して家に戻った時が更正のチャンスなのだと。
寮に入って、更正プログラムを受ける。
大動脈解離のことも伝えた。きちんと診てもらえるとのこと。
弟も覚悟を決めた様子。
旦那様にはそんな必要はないと叱られた。
そんなことをするなら縁を切るとまで言われた。
当然だよね。
人間としてやってはいけないことをやったのだもの。
でも、父と母が「今頃どうしてるろっか」と眠れない夜を過ごすことは回避できる。寮に入ったら手紙も電話もできない。ただ信じて支援する。そして、家族はどう関わっていくのかを学んでいく。
昨夜は雪が舞っていた。寒い、寒い夜だった。
夜10時すぎ、バスターミナルに行った。
どうか良い方向に向かいますようにと祈りながら、弟を乗せた夜行バスに手を振った。
これが正解なのかどうかはわからない。
でも、やっとみんなが前を向いて歩き出せそう。
うん。弟を信じて。
詩を一編仕上げた。
今日もびよよよ~~ん (*^ __ ^*)
「帰ってきたよ。どうすればいいろかね」
弟が帰ってきたのだった。
弟に電話を代わってもらって、私は淡々と事実を告げた。
そして、みんなを裏切ったことは許されないことだと。
住み込みで働けるところをいろいろ当たってみたが皆だめだった模様。
旦那様は家に入れるなと言った。
「わかった。出て行くわ」
そう言って弟は電話を切った。
1歳半健診の帰りのタクシーの中で考えた。
過去にも弟はストレスに耐えかねてギャンブルに逃げていた。
それを隠して嘘を重ねていた。
ギャンブル依存症だと思う。
聞いてみたら、やっぱり今回もそうだった。
これは、もう、病気。
心の病気。
確信して、治療施設を探して電話した。
「今夜のうちに夜行バスに乗ってください」
そう言われた。失踪して家に戻った時が更正のチャンスなのだと。
寮に入って、更正プログラムを受ける。
大動脈解離のことも伝えた。きちんと診てもらえるとのこと。
弟も覚悟を決めた様子。
旦那様にはそんな必要はないと叱られた。
そんなことをするなら縁を切るとまで言われた。
当然だよね。
人間としてやってはいけないことをやったのだもの。
でも、父と母が「今頃どうしてるろっか」と眠れない夜を過ごすことは回避できる。寮に入ったら手紙も電話もできない。ただ信じて支援する。そして、家族はどう関わっていくのかを学んでいく。
昨夜は雪が舞っていた。寒い、寒い夜だった。
夜10時すぎ、バスターミナルに行った。
どうか良い方向に向かいますようにと祈りながら、弟を乗せた夜行バスに手を振った。
これが正解なのかどうかはわからない。
でも、やっとみんなが前を向いて歩き出せそう。
うん。弟を信じて。
詩を一編仕上げた。
今日もびよよよ~~ん (*^ __ ^*)
ああ、NOCOさまにもそんなことが。
ありがとうございます。
読んで、泣けてきました。
兄弟はやっぱり兄弟です。
どんなに迷惑をかけられても。
電話ではクールにいろいろ弟に言ったのに、家に帰って背中丸めてる弟を見たら私、涙ぐんでしまって。
NOCOさまはしっかりされているけれど、私は(自分としては)ぜんっぜんしっかりしてないです。特に子どもの頃は、弟よりちょっと成績がいいくらいで、甘えっ子でした。
今は私がしっかりしないと、家族崩壊しちゃうので(笑)。
なんだか、NOCOさまが芯に秘めたやさしさの理由がわかった気がします。
私はそういう姉になれるかな。なりたいな。
「日本児童文学」NOCOさまのところだけ読みました。
いつか読もうと思っていた乙骨淑子の本。
ぜったい読むんだと決意しました。
レスが遅れてすみません。
今まで弟の治療施設へ「弟の生育歴」を書いてFAXしていました。まだまだ大変そうですが、「逃げないで行ってくれた」だけで今日は満足です♪
車に押し込んで、治療施設に送り届けて、毎日毎日、読むかどうかわからない葉書を書いて出しました。
施設を出てからも、病院への入退院をくり返しています。
弟の妻が、家計を支えています。
先日、息子の結婚式に出てくれました。
わたしより5歳年下なのに、10歳くらい老けて見えました。
足元はおぼつかなく、ろれつもまわらなくて。
でも、来てくれただけでうれしかった。
姉がしっかりしすぎていると、弟は萎縮してしまうのか・・・・と、自問自答の日日もありましたが、もう止めました。
わたしはわたし、弟は弟。
弟の方も、覚悟したようです。
弟の妻の明るさが、救いです。
けれど、これからは彼女の母と、知的障害のある妹さんの介護が待っています。