心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

こんなに種類が豊富

2015年08月25日 | ほんのすこし
先にプチプヨというミニトマトが美味しいこと紹介しましたが、昨日は 温泉でまたまた別のミニトマトを見つけてきました!



画像の向きが変ですが。豊産あま娘。縦長で大ぶり。果肉はしっかりしていて皮も厚め。でも従来のミニトマトのように皮がどちらかというと食べやすい気がします。



サクラハニー。1個口にしたのはすごく甘くてまるで果物を食べているみたい。もう1個食べたら 少し違いましたが、熟すと甘くなるのかな。



キュートあい。温泉のカウンターのお姉さんはこちらの銘柄が美味しかったと言ってました。皮も薄くて食べやすいです。

でもこの3種類はやはりミニトマトという感じがします。先に紹介していたプチプヨは この三種類とは全然食感も皮も違っていて 断トツの存在感だなと思います。

あらぁ なんだかわたしミニトマトフリーク?(笑)
今年の夏 自分でもたくさん食べているなあと思うのが ミニトマト。それとプルーン。今までプルーンには目もくれなかったのが、どういうわけか食べ始めたら やみつきに。しかもプルーンは旬采館でもあまり出ていないようで、見つけたときは買うという始末。生協の宅配で試しに購入してみたとき あら?プルーンってこんなに美味しいものだったかしら・・・といった新発見!といった気分でした。そういえば あのときから始まったのかなぁ。
今では 毎日何個か口にしています。自分が食べたいものだから、弟の命日の今日も仏壇にあげるためと言いつつ 買ってきて5個あげて 残りはちゃっかり自分用に(母はあまり好まないようなので)持って帰ってきました(笑)

だんだんと去年は食べなかったものが欲しくなったり 食べたくなくなったり。いつもいつも好きな物が同じだとは限らないものなんですね。体が欲しているのかなあ・・・

※※※
さて、明日から本腰を入れて仕事に取り掛からねば。尻に火がついてからでは遅すぎるからね。なんとなく体も重いし 今日は早めに寝ることにしよう。なんだか疲れた気がする・・・
※※※

停車場という言葉を見て

2015年08月25日 | ほんのすこし
 いつも訪問している『言葉の泉』のろこさんが 停車場という記事をアップされていました。お父様との交流が温かく書かれていました。

 その停車場という言葉を読みながら 若い頃の職場の上司を思い出しました。
 わたしの詩が夕刊に何度か掲載されたのを知ったその方は
「○○さん 私はね 本当は作家になりたかったんだよ」
 とわたしに教えてくれました。そして
「私はね よく停車場に行くんですよ。そこで一日中 行きかう人々を見ながら 一人一人の人生を想像するのが好きでね。それを文章にするのが楽しみなんだよ。君もやってごらん。実に面白いから」
と 言ってくれたことを思い出しました。監督する立場でありましたが、どこか教育者というより 飄々としたところがあり 放課後 引き出しにそっとしのばせていたウィスキーの小さな瓶を口に含んでいるのを 一度 見かけたことがあります。(噂では聞いていましたが、まさか本当だとは思っていませんでした。)
 残念ながら 二年ほど職場をご一緒しましたが、その後 わたしの結婚と共に遠ざかりました。風の便りでそれから数年後に病気で亡くなられたと伝え聞きました。いつかは君にも読んでほしいねと言ってくれたその方の小説をとうとう読まずに終わってしまいました。一体どんな小説を書いていたのでしょう。職員が帰った後 広い二階の窓から じっと空を見ていたその後ろ姿は 小説の構想でもしたのか お先しますという声にも返ってくるものはありませんでした。トップ下を守る立場として 若い者との軋轢もあったことでしょう。監督機関との兼ね合いもあったことでしょう。わたしの知らない部分で苦しんでいたことも多々あったのではないかと仕事から遠い昔に離れた今は そんな想像もできるようになりました。渦中にいた若い頃は なかなかそこまで考える余裕がなかったなあと思います。

 わたしたち若い人たちがスキーに行ったり楽しんでいることも 大いに結構♪と受け流してくれていました。決して「若い人たちはいいわよね~。好きなことできて」といった非難めいた視線を投げかける感じではなく、温かく見守るといった雰囲気がありました。だからのびのびと楽しめたのではないかと思えます。
 昔のことを思い出すと 思い出したくないほど恥ずかしい失敗もたくさんあります。すっぽり思い出が抜けてしまい そんなことあったっけ?ということも沢山あります。ある番組で 昔のことを細かく思い出すという行為は頭の回転?を良くする(回転なのか どこなのか忘れました)と言ってましたが、こうして少しずつ昔の自分を思い出していくのは わたしにとって反省でもあるけど大事なことなのだと考えます。

 停車場から脱線してしまいましたが、もやがかかった昔の記憶の中でも鮮明に思い出されるもの その中にあるのが かの方の言葉。停車場に一日中いて 人を観察するのは飽きないものだ 君もやってごらん・・・
 いつも古い駅舎を見ると もしやあそこにあの方がいるのでは?とふと思うときがあります。

 停車場とか古い言葉には 物語がたくさん詰まっているような気がしますね。