昨日は 45年ぶりの同期会(わたしにとっては)。
申し込みはしていたものの、両腕の状態を見るとこりゃどうかな?と不安になっていたが、カーディガンを羽織ればいいだろ?と言われ、その気になっていた。母のところへ着て行く服の品定めというか ご意見番の納得いくものにしたいと思い、いくつか持っていった。
わたしが考えていたのは 白のアンクルパンツに柄物のノースリーブ その上に白のカーディガン。そのほか二種類。母の前できてみると。開口一番
「どうも白のカーディガンだとやぼったいねー。下のズボンを黒に替えたら?」
と提案が。黒のパンツは持ってきていなかったので、後で持ってくることに。
白のパンツと柄物だけだとすごくいいんだけど、その上にカーディガンを羽織ると変だと言われ、
「だって この腕を見せたくないもの。どうしてもカーディガンを羽織らなくっちゃならないのよ」
と言いながら 妙案が。
「包帯を巻くっていうの どうかな」
「それなら 100均にひじ用のサポーターがあるらしいよ。ついでに膝用もあるらしいから買ってきてくれないか」
とお願いされ、即座に着替えて100均に向かった私。そこでガーゼとひじ用 膝用等々購入し、部屋に戻り黒パンツを持ってきた。
うん これならカーディガンを脱いでもいいだろう。それでもなんとなく気分が重い。
「楽しいところに行くんだから そんなにしょげた顔をしなくてもいいだろ?」
と母に言われ 気を取りなして会場に向かった。
今年三月の大きな会には参加できなかったので(ドタキャン)とても心待ちにしていたわたし。
受付で仲良しのEちゃんに
「良かった!きてくれて」
と言われ やっぱり来て良かったなと思いながら くじ引きで選んだ札の席へ。
すでにほとんどの人が集まっていた。隣は同じブラバンだったS君。ちょくちょく見かけていたので知ってる人がいることに安心する。
名札をつけるが、それでもピンとこない人もたくさんいて。
話しているうちに少しずつ思い出していく。わたしの向かいに座ったYちゃんは小学校からの同期生。面影が少しあって スレンダーさは変わらないんだなと思った。
「○子ちゃん?優しい子だって覚えているよ」
と言われ 小さいときはそう思われていたのかとちょっと意外な気持ち。自分が他の人にどう思われていたのかなんて全然わからなかった。今は ガハハと笑って話す そのギャップに内心驚いていたんじゃないかな(笑)
女子はなんとなく面影を思い出せるけど、男子はほとんどの人が思い出せない。中学時代って男子と一緒に行動することってあまりなかったからなあ。それでも近況報告の挨拶を聴いていると うっすらと思い出す人も。
サポーターをしていたが、二時間半の間はクーラーががんがん効いていたせいか そんなに感じなく快適に過ごせた。最後にまさかまさかのフォークダンスだよ!なんという無謀なことを 幹事のJくん!そりゃないよ。
でも Yちゃんがしっかり覚えていて みんなに指導。なんだかんだ文句言いつつ?もみんな輪に加わり 会場内を3つもフォークダンスするということに。そんなことをしたせいもあって 私の両腕はだんだん汗が・・・
二次会には会場からバスが出るというので 会場に車を置いて。きっと誰かの行きつけのお店なのだろう。貸し切りでみんなぎゅうぎゅう詰め。クーラーは効いているんだろうけど 人数が人数のためわたしの腕はかゆみを増してしまった。話に花が咲いていたが、どうにも堪え切れずに退散することに。
後ろ髪引かれる思いで代行を呼んでもらった。代行が来るまでカウンターに入って手伝っていたEちゃんやフォークダンス指導したYちゃんとしばし歓談。秋には 自由な時間がたっぷりあるというので ぜひまた夜の町に繰り出そう!と約束してお店を後にした。
帰ってきて 両腕を見たら パンパンに腫れあがっていた。早く帰ってきて正解だ・・・でも残念。もっと色々な人と話をしたかったな。
幹事の口ぶりでは 来年以降も開催されるかもしれないという。今度は体調を整えて参加しよう。
それにしても 語るうちに思い出は蘇るものだ。それまで少しも思い出せていなかったことが誰かが何かを思い出すことで次々に蘇る。45年ぶりに会う顔は変化していても 話すその口調はちっとも変わっていなかった。話す顔を見ているといつのまにかあの頃の顔が重なっていった。あの頃 同じ校舎で同じ時間を過ごしていたというその仲間が今も健在でそれぞれの生活をがんばって生き抜いている姿に 果たして私はどうなのだろうかと成し得ていないことの多さに愕然としている。退職したが、子どもが大学を卒業するまでは働かなくては!と家族のために今も二か所もかけて仕事をしているというS君。お父さんは頑張ってるなあ・・・
それぞれ孫がいたり まだ結婚していない子どもがいたり、違いはあるけど、わいわい楽しむ時がなかなかないから嬉しかったのよという女子が沢山いた。
幹事のJ君が
「○子さん また歌ってるの?」
と聞いてきた。なんのことかと思ったら、ゴスペルの練習風景がケーブルテレビで流れていて そこにたまたま私がいたと。そういえば わたしが今回ゴスペルサークル見学に行った日 取材に来ていたっけ。そうか流れていたんだ・・・見逃した。
「そうなの、前のサークルじゃなくて新しいのに入ったの。今度 仙台の定禅寺ジャズフェスティバルにも出ることになったんだよ」
と ちょっと誇らしげに言ってしまったわたし。(そう言いながら この両腕で果たして行けるんだろうかと一抹の不安がよぎった。早く治さなくちゃ)
それにしても45年会わなかったって どれだけ?って思ったけど、会えばあっという間に戻るんだね~
楽しい時間はあっという間。時が過ぎるのもあっという間。時は取り戻せないけど、振りかえることは何度でもできる。また会おう!
申し込みはしていたものの、両腕の状態を見るとこりゃどうかな?と不安になっていたが、カーディガンを羽織ればいいだろ?と言われ、その気になっていた。母のところへ着て行く服の品定めというか ご意見番の納得いくものにしたいと思い、いくつか持っていった。
わたしが考えていたのは 白のアンクルパンツに柄物のノースリーブ その上に白のカーディガン。そのほか二種類。母の前できてみると。開口一番
「どうも白のカーディガンだとやぼったいねー。下のズボンを黒に替えたら?」
と提案が。黒のパンツは持ってきていなかったので、後で持ってくることに。
白のパンツと柄物だけだとすごくいいんだけど、その上にカーディガンを羽織ると変だと言われ、
「だって この腕を見せたくないもの。どうしてもカーディガンを羽織らなくっちゃならないのよ」
と言いながら 妙案が。
「包帯を巻くっていうの どうかな」
「それなら 100均にひじ用のサポーターがあるらしいよ。ついでに膝用もあるらしいから買ってきてくれないか」
とお願いされ、即座に着替えて100均に向かった私。そこでガーゼとひじ用 膝用等々購入し、部屋に戻り黒パンツを持ってきた。
うん これならカーディガンを脱いでもいいだろう。それでもなんとなく気分が重い。
「楽しいところに行くんだから そんなにしょげた顔をしなくてもいいだろ?」
と母に言われ 気を取りなして会場に向かった。
今年三月の大きな会には参加できなかったので(ドタキャン)とても心待ちにしていたわたし。
受付で仲良しのEちゃんに
「良かった!きてくれて」
と言われ やっぱり来て良かったなと思いながら くじ引きで選んだ札の席へ。
すでにほとんどの人が集まっていた。隣は同じブラバンだったS君。ちょくちょく見かけていたので知ってる人がいることに安心する。
名札をつけるが、それでもピンとこない人もたくさんいて。
話しているうちに少しずつ思い出していく。わたしの向かいに座ったYちゃんは小学校からの同期生。面影が少しあって スレンダーさは変わらないんだなと思った。
「○子ちゃん?優しい子だって覚えているよ」
と言われ 小さいときはそう思われていたのかとちょっと意外な気持ち。自分が他の人にどう思われていたのかなんて全然わからなかった。今は ガハハと笑って話す そのギャップに内心驚いていたんじゃないかな(笑)
女子はなんとなく面影を思い出せるけど、男子はほとんどの人が思い出せない。中学時代って男子と一緒に行動することってあまりなかったからなあ。それでも近況報告の挨拶を聴いていると うっすらと思い出す人も。
サポーターをしていたが、二時間半の間はクーラーががんがん効いていたせいか そんなに感じなく快適に過ごせた。最後にまさかまさかのフォークダンスだよ!なんという無謀なことを 幹事のJくん!そりゃないよ。
でも Yちゃんがしっかり覚えていて みんなに指導。なんだかんだ文句言いつつ?もみんな輪に加わり 会場内を3つもフォークダンスするということに。そんなことをしたせいもあって 私の両腕はだんだん汗が・・・
二次会には会場からバスが出るというので 会場に車を置いて。きっと誰かの行きつけのお店なのだろう。貸し切りでみんなぎゅうぎゅう詰め。クーラーは効いているんだろうけど 人数が人数のためわたしの腕はかゆみを増してしまった。話に花が咲いていたが、どうにも堪え切れずに退散することに。
後ろ髪引かれる思いで代行を呼んでもらった。代行が来るまでカウンターに入って手伝っていたEちゃんやフォークダンス指導したYちゃんとしばし歓談。秋には 自由な時間がたっぷりあるというので ぜひまた夜の町に繰り出そう!と約束してお店を後にした。
帰ってきて 両腕を見たら パンパンに腫れあがっていた。早く帰ってきて正解だ・・・でも残念。もっと色々な人と話をしたかったな。
幹事の口ぶりでは 来年以降も開催されるかもしれないという。今度は体調を整えて参加しよう。
それにしても 語るうちに思い出は蘇るものだ。それまで少しも思い出せていなかったことが誰かが何かを思い出すことで次々に蘇る。45年ぶりに会う顔は変化していても 話すその口調はちっとも変わっていなかった。話す顔を見ているといつのまにかあの頃の顔が重なっていった。あの頃 同じ校舎で同じ時間を過ごしていたというその仲間が今も健在でそれぞれの生活をがんばって生き抜いている姿に 果たして私はどうなのだろうかと成し得ていないことの多さに愕然としている。退職したが、子どもが大学を卒業するまでは働かなくては!と家族のために今も二か所もかけて仕事をしているというS君。お父さんは頑張ってるなあ・・・
それぞれ孫がいたり まだ結婚していない子どもがいたり、違いはあるけど、わいわい楽しむ時がなかなかないから嬉しかったのよという女子が沢山いた。
幹事のJ君が
「○子さん また歌ってるの?」
と聞いてきた。なんのことかと思ったら、ゴスペルの練習風景がケーブルテレビで流れていて そこにたまたま私がいたと。そういえば わたしが今回ゴスペルサークル見学に行った日 取材に来ていたっけ。そうか流れていたんだ・・・見逃した。
「そうなの、前のサークルじゃなくて新しいのに入ったの。今度 仙台の定禅寺ジャズフェスティバルにも出ることになったんだよ」
と ちょっと誇らしげに言ってしまったわたし。(そう言いながら この両腕で果たして行けるんだろうかと一抹の不安がよぎった。早く治さなくちゃ)
それにしても45年会わなかったって どれだけ?って思ったけど、会えばあっという間に戻るんだね~
楽しい時間はあっという間。時が過ぎるのもあっという間。時は取り戻せないけど、振りかえることは何度でもできる。また会おう!