いつも訪問している『言葉の泉』のろこさんが 停車場という記事をアップされていました。お父様との交流が温かく書かれていました。
その停車場という言葉を読みながら 若い頃の職場の上司を思い出しました。
わたしの詩が夕刊に何度か掲載されたのを知ったその方は
「○○さん 私はね 本当は作家になりたかったんだよ」
とわたしに教えてくれました。そして
「私はね よく停車場に行くんですよ。そこで一日中 行きかう人々を見ながら 一人一人の人生を想像するのが好きでね。それを文章にするのが楽しみなんだよ。君もやってごらん。実に面白いから」
と 言ってくれたことを思い出しました。監督する立場でありましたが、どこか教育者というより 飄々としたところがあり 放課後 引き出しにそっとしのばせていたウィスキーの小さな瓶を口に含んでいるのを 一度 見かけたことがあります。(噂では聞いていましたが、まさか本当だとは思っていませんでした。)
残念ながら 二年ほど職場をご一緒しましたが、その後 わたしの結婚と共に遠ざかりました。風の便りでそれから数年後に病気で亡くなられたと伝え聞きました。いつかは君にも読んでほしいねと言ってくれたその方の小説をとうとう読まずに終わってしまいました。一体どんな小説を書いていたのでしょう。職員が帰った後 広い二階の窓から じっと空を見ていたその後ろ姿は 小説の構想でもしたのか お先しますという声にも返ってくるものはありませんでした。トップ下を守る立場として 若い者との軋轢もあったことでしょう。監督機関との兼ね合いもあったことでしょう。わたしの知らない部分で苦しんでいたことも多々あったのではないかと仕事から遠い昔に離れた今は そんな想像もできるようになりました。渦中にいた若い頃は なかなかそこまで考える余裕がなかったなあと思います。
わたしたち若い人たちがスキーに行ったり楽しんでいることも 大いに結構♪と受け流してくれていました。決して「若い人たちはいいわよね~。好きなことできて」といった非難めいた視線を投げかける感じではなく、温かく見守るといった雰囲気がありました。だからのびのびと楽しめたのではないかと思えます。
昔のことを思い出すと 思い出したくないほど恥ずかしい失敗もたくさんあります。すっぽり思い出が抜けてしまい そんなことあったっけ?ということも沢山あります。ある番組で 昔のことを細かく思い出すという行為は頭の回転?を良くする(回転なのか どこなのか忘れました)と言ってましたが、こうして少しずつ昔の自分を思い出していくのは わたしにとって反省でもあるけど大事なことなのだと考えます。
停車場から脱線してしまいましたが、もやがかかった昔の記憶の中でも鮮明に思い出されるもの その中にあるのが かの方の言葉。停車場に一日中いて 人を観察するのは飽きないものだ 君もやってごらん・・・
いつも古い駅舎を見ると もしやあそこにあの方がいるのでは?とふと思うときがあります。
停車場とか古い言葉には 物語がたくさん詰まっているような気がしますね。
その停車場という言葉を読みながら 若い頃の職場の上司を思い出しました。
わたしの詩が夕刊に何度か掲載されたのを知ったその方は
「○○さん 私はね 本当は作家になりたかったんだよ」
とわたしに教えてくれました。そして
「私はね よく停車場に行くんですよ。そこで一日中 行きかう人々を見ながら 一人一人の人生を想像するのが好きでね。それを文章にするのが楽しみなんだよ。君もやってごらん。実に面白いから」
と 言ってくれたことを思い出しました。監督する立場でありましたが、どこか教育者というより 飄々としたところがあり 放課後 引き出しにそっとしのばせていたウィスキーの小さな瓶を口に含んでいるのを 一度 見かけたことがあります。(噂では聞いていましたが、まさか本当だとは思っていませんでした。)
残念ながら 二年ほど職場をご一緒しましたが、その後 わたしの結婚と共に遠ざかりました。風の便りでそれから数年後に病気で亡くなられたと伝え聞きました。いつかは君にも読んでほしいねと言ってくれたその方の小説をとうとう読まずに終わってしまいました。一体どんな小説を書いていたのでしょう。職員が帰った後 広い二階の窓から じっと空を見ていたその後ろ姿は 小説の構想でもしたのか お先しますという声にも返ってくるものはありませんでした。トップ下を守る立場として 若い者との軋轢もあったことでしょう。監督機関との兼ね合いもあったことでしょう。わたしの知らない部分で苦しんでいたことも多々あったのではないかと仕事から遠い昔に離れた今は そんな想像もできるようになりました。渦中にいた若い頃は なかなかそこまで考える余裕がなかったなあと思います。
わたしたち若い人たちがスキーに行ったり楽しんでいることも 大いに結構♪と受け流してくれていました。決して「若い人たちはいいわよね~。好きなことできて」といった非難めいた視線を投げかける感じではなく、温かく見守るといった雰囲気がありました。だからのびのびと楽しめたのではないかと思えます。
昔のことを思い出すと 思い出したくないほど恥ずかしい失敗もたくさんあります。すっぽり思い出が抜けてしまい そんなことあったっけ?ということも沢山あります。ある番組で 昔のことを細かく思い出すという行為は頭の回転?を良くする(回転なのか どこなのか忘れました)と言ってましたが、こうして少しずつ昔の自分を思い出していくのは わたしにとって反省でもあるけど大事なことなのだと考えます。
停車場から脱線してしまいましたが、もやがかかった昔の記憶の中でも鮮明に思い出されるもの その中にあるのが かの方の言葉。停車場に一日中いて 人を観察するのは飽きないものだ 君もやってごらん・・・
いつも古い駅舎を見ると もしやあそこにあの方がいるのでは?とふと思うときがあります。
停車場とか古い言葉には 物語がたくさん詰まっているような気がしますね。