典型的な東京人のドラマ。
突然の訃報により千葉県銚子の家
から安武右京(石立鉄男/当時29才)
は、姉の子でおさなごの幼稚園児の
橋本千春(杉田かおる/当時7歳)を
東京で育てる事になった。
みなしごとなった千春を独身サラリー
マンのヤス(石立鉄男)が米屋に
下宿して、周囲の人々の心遣いに
囲まれながらも苦労して育てる東京
下町の子育て奮闘記人情ドラマ。
これは感動的なドラマだった。
永遠の名作だと思う。
「おい、ちー坊」という石立鉄男さん
のモノマネは、竹中直人さんが70年
代中期にTV番組「銀座NOW!」の
しろうとものまね大会で演じて一躍
人気を博した。
人の人情、東京だけでなく日本人の
人の心が澄んでいた頃のドラマで
あり、ここで描かれる光景は決して
絵空事の物語ではなく、実際の東京
の風景を切り取ったようなドラマ
だった。
そしてテレビドラマの映像作品で
あるので、それなりの演出はあるが、
実に東京下町の人々のありのまま
の姿を克明に描き切っている。
特に女優陣たちの演技が凄い。
作品用に創られた東京人ではなく、
東京生まれの人間が見ても、一つの
違和感もなく実体として見る事が
できる。
東京の人間は口は悪い。何につけ
喧嘩口調だし、言いたいことを
女も男もズバズバ言う。
そして「何を~?この馬鹿野郎」
となるが、山口素堂の俳句の如し
だ。口先でいくら口悪く瞬間湯沸
かし器のように言っても、腹には
一切持たない。サッパリしている。
これ、東京人の特質だ。
根に持つ事を知らない。
馬鹿ですね、いわゆる(笑)。
しどい事されようが、まるっきり
水に流したりもする。
スカッと爽やかが江戸っ子のキモ
だ。
これは生まれ育った土地柄の気質
であるので、他の土地で生まれ育
った人たちが真似ようにも真似で
きない。
東京の下町の連中ってのは、この
ドラマに出てくるような人たちだ。
これ、作り物ではなく、本当にこの
ドラマで描かれているような人たち
があの東京には暮らしている。これ
マジ。
それにつけても、この『パパと呼ば
ないで』は、ホームドラマの名作だ
と思う。
石立鉄男と松尾嘉代の出会いは、
日本ラブコメの超定番の路地で
ぶつかって出会って言い合いする
相手が、その後自分のとこにやって
来る、というパターンだ。
ネットでも研究者たちにそのパターン
は本当に日本のラブコメ作品では
描かれていたのか、と議論されてい
るが、1972年のこの『パパと呼ばな
いで』ですでに使われている。
そして、このドラマ、全編最後の
最終話まで観ると、涙なくしては
見られません。
私は、物語は違えど、高橋留美子
先生の80年代初期の永遠の名作漫画
である『めぞん一刻』の原風景は、
このドラマにあるのでは、と思った
りする。
しかし、人の心が淋しくなった現代
であるからこそ、この50年前のドラマ
が描いた人の心の世界が大切なように
思える。
お時間のある方は、ぜひ第一話、
第二話のこの映像をご覧になって
もらいたい。
というか、第三話、第四話・・・
全編涙無くしては見られない。
これは子を持つ親だけでなく、子を
持たない独身でもそうなのではない
か。
時代を超える不朽性の人間の真心を
描いたドラマだと思う。
だって、親子の愛や人と人との愛は、
どんなに時代が変わろうとも、その
愛には変わりがないもの。
ただ、動画サイトでは、一話二話だ
けでなく、その後のアップ動画にも
「↓」を着けている人たちが結構いる。
こうした子育て物語やけなげな子ども
を描いた物語に対して不快感を持つ
人たちなのだろう。
人の世は、いろんな人がいる。
人の幸せや人の情愛ある心に感動する
人もいれば、人の不幸をことさらに
喜ぶ人たちも大勢いるということだ。
それらの振り分けは、全く何があっ
ても変わらない。「↓」をつける人
たちは、別場面でもそのような人的
質性を示すし、根本は百年経とうが
何一つ変わらない。ずっとそのままだ。
また、最初からそれらと別方向に心
のベクトルが働く人たちは、最初
から最後までそのままで心の働き
が存在する。
かつては、人の心のそれは隠匿されて
いたが、インターネットの普及により
明確に人として邪悪な種族か心清らか
な良族かが明白に判明するようになっ
てしまった。
少しシリアスな話では、本作では四話目
に主人公ヤスがぞっこんの会社のエレベー
ターガールの美人のゆきちゃんとデート
するシーンがある。
その時、月収の手取りを彼女から訊かれ
る。
「5万4千円だけど」と安武は答える。
1972年としては勤め人としてはごく普通
だ。私立大学の年間学費が6万8000円位
の頃だ。
現在では当時の20代のサラリーマンの
月給は現在の手取り20万円代位に相当
する。ほぼ変わっていない。
「それじゃあ、親子三人は無理ね。
共稼ぎじゃないと」とゆきは笑顔で言
う。
これ一つ見ても、銭金で結婚相手を選ん
でいなかった時代の人の心を表現して
いる。
「玉の輿」などという概念は昔から
あったが、圧倒的大多数の子女は、
愛する人と共に暮らして行くことの
条件は「愛」であり、ゼニカネの
多寡ではなかった。
思うに、人が狂った1980年代末期の
バブル経済から日本人の人的性格は
一気に一挙に変態した。
私は単純、純粋に、このドラマでの
ちー坊のけなげさと、父親となって
みなしごを育てて本当の父親になろ
うと努力する安武右京に、心が打た
れる。
ほんとは、人の親である人には、みん
なに観てほしい作品なんだけどなぁ。
パパと呼ばないで 第一話、第二話
パパと呼ばないで 第三話、第四話