渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

ヴェルデ色のビーノ(緑のワイン)

2025年01月20日 | open



緑のビーノ1型。
この色は初めて観た時は落ち
着いた非常に印象の良い色に
思えた。
古いバージョンであるからか、
今、殆ど街中では見ない。


「うちから5キロの大冒険」
がキャッチフレーズだった。


このフレーズは「たった5キロ」
とか思いがちだが都心部の場合
さにあらず。
例えば都内の場合、中目黒から
渋谷までが約2km。これが遠い。

早稲田から虎ノ門までが約6km
だが、通勤とかで車を利用する

とかなり遠く感じる。
マップでは6.4kmを車で20分と
表示されるが、朝などは40分
かかった。
東京はとても狭いのに遠い。
都内都心部で5kmというのは
かなりの距離感がある、とい
う現実がある。
なので、私が今地方に住んで
いて、ちょい飯走りで片道が

40km走と言うと、都内の人は
「え~?」とか言う。
東京タワーから横浜山下公園
まででも33kmしかないからだ。
東京都心部から横浜中心部な
んて、
距離的には「すぐそこ」
なの
だが、東京横浜に住んで
いると、その距離がかなり遠
く感じる。

東京は狭い。狭いが車での移
動には時間がかかる。移動は
地下鉄かJRか私鉄が便利。
ただし、バイクは非常に多い。
それはスラスラスイスイと走
れる乗り物だからだ。
朝の通勤ラッシュ時の都内都
心部の道路って、もう各車が
信号グランプリやってるよ。
バイクも四輪も。
初めて国道1号第二京浜桜田
通り高輪交差点の朝のレース
を観た九州の友人は「なに?
これ」とおったまげてた。
本当にちきちきマシン猛レー
スだから。
爆走レースなのだが、不思議
と事故はあまり起きない。
あれはあれで全車違法無法走
行なのだが面白い。
2スト250での通勤通学でも
吹け切りだから(笑
50~125のスクーターも全速
力で朝のメトロポリタンを走
り抜けていく。
それが東京の朝の姿さ。



夜の新宿区高田馬場付近の環
状5号線明治通り。環状6号線
新山手通りの目黒区青葉台の
東急中目黒駅付近に景
観がよ
く似ている。



東急東横線中目黒駅近辺。
私が生まれた街だ。渋谷から
ふた駅目。渋谷までは3km
以内のエリア。


この街が生まれ故郷だ。


建物は新しくなったが、街の
感じは60年以上前と変わらな
い。というか、私が生まれた
時に住んでいた建物は今も現
存している。
新旧が交差する
街が中目黒だ。
戦後は京浜工業地帯の一角だ
った。渋谷駅から3キロの山手
通りエリアは、目黒駅も五反
田駅もそうしたエリア。

カワサキの母体になった目黒
製作所も、うちからほど近い
所にあった。厳密には品川
区だが、目黒駅に近いので周
辺一帯は目黒と呼ばれていた。

目黒製作所。のちのカワサキ。



私の父の会社も目黒製作所
からさほど離れていない場
所にあった。

昭和30年代。東京オリンピック
の頃。目黒区東山にて。







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