稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

引越しのお手伝い(2019年2月24日)

2019年02月25日 | つれづれ
車(デリカ)を貸してくれと昔の同僚から連絡があった。
何事かと聞くと次女の引越しに使うのだという。
別に構わんが、いつも何に乗っているのか?と聞くと、
ほとんどペーパードライバーで、たまに軽のレンタカーを借りる程度だと言う。

そんな者に大きなデリカの運転は無理だと
「午前中だけやで」と言って運転手をかってでた。

朝早くに奈良から大阪市内まで行き、
親子を乗っけて兵庫県明石市の長女の新宅へ行く。

そこで古いベッドと冷蔵庫と移動式ワゴンなど車いっぱい積み込む。
引き返して大阪市内を通り越して大阪狭山市のアパートまで行く。
荷物を降ろし、今度は出発点の大阪市内の元同僚の自宅まで行く。

元同僚の自宅から、本棚兼食器棚、衣料ダンス、
その他諸々数多くを車一杯に詰め込んで再び大阪狭山市まで行く。

お昼になったので食事。
いつもなら牛丼屋かラーメン屋に行くところを、
おしゃれなハンバーグレストランに入ってしまった。

あらためて話を聞く。次女は22才。
大阪狭山市の会社に就職が決まり会社近くのアパートを借りた。
予定していた来てもらうはずのトラックが急に駄目になり途方に暮れていたらしい。
美人のお嬢さんが私には眩しくて何やら気恥ずかしい食事だった。
息子ばかりなので娘さんには慣れていないのだ。
食事のあとでベッドの組み立てだけ手伝って退去した。
走行距離は全部で250キロだった。

帰り道に、就職して岩手県は盛岡で一人暮らしを始めた頃を思い出していた。
もう40年も前である。Uターン就職で関西に戻ったと思ったら岩手県勤務だった。

線路沿いのボロアパート。裸電球の下に実家から送られてきた1組の布団があるだけ。
不安で一杯だったが、新しい生活への期待でわくわくドキドキしていた。
何も無くても元気だけはあったなあ。

娘さん、新しい仕事、新しい生活、ぜひ精一杯頑張って欲しい。


(食いなれないオシャレなランチを頼んでしまった)
コメント
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