【宮沢賢治も愛した山野草、乱獲で激減し絶滅危惧種に】
「うずのしゅげを知っていますか。うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若い花をあらわさないようにおもいます……」。これは宮沢賢治の短編「おきなぐさ」の冒頭部分。アリにこの花を好きか嫌いか尋ねると、アリは「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」と答える。
オキナグサはキンポウゲ科の多年草。本州~九州の日当たりのいい草地などに自生し、4~5月頃、長さ10~15cmの茎の先端に暗赤紫色の花を1つ、うつむき加減に付ける。6枚のガク片が花弁状になったもので、花の裏や葉、茎などは産毛のようなもので覆われる。花が終わると、タンポポのように白くて長い羽毛状の毛が密集する。これをお年寄りの白髪に見立て「翁草」の名が付いた。学名は「プルサティラ・セルヌア」。
「芝付の御宇良崎(みうらさき)なるねつこ草 相見ずあらば我恋(こ)ひめやも」。万葉集のこの歌(巻14-3508、作者不詳)に登場する「ねつこ草(原文=根都古具佐)」はオキナグサとする説が有力。花後の様子が能楽「善界(ぜがい)」で天狗姿の善界坊がかぶる赤熊(しゃぐま)に似ることから「善界草(ぜがいそう)」や「シャグマグサ」とも呼ばれる。この他にも全国各地で様々な呼称。「オジノヒゲ」「ウバシラガ」「カワラノオバチャン」「フデクサ」「ネコノミミグサ」「ユーレイバナ」……。
黄花が多いキンポウゲ科の中にあって、オキナグサは珍しく濃い赤紫色で豪華な雰囲気が漂う。このため盗掘被害に遭うことも多く、環境省のレッドデータブックには「絶滅危惧Ⅱ類」として登録されている。群生地として有名なのが栃木県塩谷町の鬼怒川河川敷で、数千株が群生する。地元住民や高校の生徒会などが保存・増殖活動に取り組んでおり、塩谷町も活動支援の一環として2014年に、罰則付き(違反者への過料、復元命令)の「希少植物保護条例」を制定した。「生きることかくもむづかし翁草」(後藤比奈夫)