【同時開催「祈り」テーマに入江作品35点】
奈良市写真美術館で写真家瀬戸正人氏の「旅しないカメラ…まだ見ぬ、もう1枚の写真を求めて!」と題した写真展が始まった。瀬戸氏は1990年に日本写真協会新人賞を受賞、さらに95年には一連のシリーズ作品で第21回木村伊兵衛写真賞を受賞。一方でエッセイ集『アジア家族物語』を発表するなど文筆分野でも活躍している。「入江泰吉『祈り』」も同時開催中。6月16日まで。
瀬戸氏の「binran(ビンラン)」シリーズはガラス張りのショーウインドーふうの箱の中でガムのような嗜好品を売る台湾の光景を紹介した作品群。ビンランはヤシ科の植物で、種子の中に石灰を塗りキンマと呼ばれるコショウ科の植物の葉でくるんで噛む。噛み続けるうちに軽い興奮と高揚感が得られる。煙草のように習慣性があるが、覚醒作用があるため長距離トラックやタクシーの運転手に好まれているという。台湾で夜初めてこの光景に遭遇したとき、瀬戸氏は何を売る店か皆目見当がつかず「水槽のようなボックスとその中を熱帯魚のように赤いビキニ姿で泳ぐ女を眺めるばかりだった」と振り返る。
「Cesium(セシウム)」シリーズの展示作品は大きなモノクロ10枚。最初目にしたときにはドキッとした。この作品群は東北大震災の1年後(2012年2月)フランス環境大臣の視察に同行したときに撮影した。目に見えない恐怖を写真で残そうと思い、福島の山林や河川、田畑など自然の中に分け入った。そこで瀬戸氏は「見てはならぬモノを見てしまった気がする」と述懐する。ドキッとさせられたのは最初の1枚目の作品。曲がりくねった大きな木の幹なのだが、まるで黒焦げになった人の死骸のように見えた。降り注いだ放射能への人の恨みを代弁しているかのように思えた。「picnic(ピクニック)」シリーズは芝生の上で寝転んだり抱き合ったりするカップルたちを撮ったもの。その一見幸せそうな明るい作品群の横に瀬戸氏のこんなコメントが添えられていた。「消えそうに淡く、そして危ういその瞬間こそが写真かもしれませ」
同時開催の入江泰吉「祈り」の展示作は1970年代の作品を中心に35点。70年代は写真集『古色大和路』『萬葉大和路』『花大和』などを次々に発表した熟年入江の絶頂期。75年には『萬葉大和路』が世界書籍展(東ドイツ)で金賞も受賞している。初のエッセイ集『大和路のこころ』も発表した。展示作の一つ「飛鳥石舞台古墳夕暮」は夕焼けの中でまるで巨大な亀が頭を持ち上げているようにも見える。盛り土が削られたむきだしになったこの古墳の被葬者は飛鳥時代に権勢を誇った蘇我馬子が有力視されている。「飛鳥伝入鹿首塚飛鳥寺」は首塚の背後をレンゲソウが赤紫色に染める。入鹿は馬子の孫に当たる。