“伊賀”に引き続いて
“意禮”
ですが、<オレ>と読みます。
これは、先に、あの「オオクニ」が根の国の「スサノヲ」の娘「須世理毘売」と出雲に逃げ帰る時、「黄泉比良坂」まで追いかけてきて、それ以上追いかけることが出来ないので、スサノヲが悔しそうに、オホクニに呼びかけた時にも、この“オレ”が使われています。
“意禮為大国主神<オレ オホクニヌシノカミ トナリ”
人を賤しめ詈<ノノシ>るときにいう言葉で、前の“伊賀”の意も、この「意禮」と似たような言葉ではないかと宣長先生の説明です。『己らは』と人を蔑んで脅すように言う時に使うのではないでしょうか。水戸黄門達等の時代劇などで、助さん達が極悪人を前に
「てめえらみてえな あくどうもんは・・・」
というセリフをよく聞きますが、この「てめえらみてえな」という江戸時代の言葉が、古事記の時代の「伊賀」であり「意禮」であるのだと思いますが?????
“意禮”
ですが、<オレ>と読みます。
これは、先に、あの「オオクニ」が根の国の「スサノヲ」の娘「須世理毘売」と出雲に逃げ帰る時、「黄泉比良坂」まで追いかけてきて、それ以上追いかけることが出来ないので、スサノヲが悔しそうに、オホクニに呼びかけた時にも、この“オレ”が使われています。
“意禮為大国主神<オレ オホクニヌシノカミ トナリ”
人を賤しめ詈<ノノシ>るときにいう言葉で、前の“伊賀”の意も、この「意禮」と似たような言葉ではないかと宣長先生の説明です。『己らは』と人を蔑んで脅すように言う時に使うのではないでしょうか。水戸黄門達等の時代劇などで、助さん達が極悪人を前に
「てめえらみてえな あくどうもんは・・・」
というセリフをよく聞きますが、この「てめえらみてえな」という江戸時代の言葉が、古事記の時代の「伊賀」であり「意禮」であるのだと思いますが?????