これが甲賀教育委員会が立てた和田城跡の説明版である。これ以外に目印はない。
お城のデータ
所在地:甲賀市甲賀町和田 (甲賀郡甲賀町和田) map:http://yahoo.jp/tFbQJO
築城期:室町期
築城者:和田伊賀守惟政
区 分:平城
遺 構:土塁、主曲輪、枡形虎口
目標地:善福寺
駐車場:路上駐車
和田氏の紋
(七曜)
訪城日:2012.5.19
2段になった曲輪は20×20m,30×30mの方形であり、西側は急斜面で和田川へ落ち込んでいる。南側と東側は山の斜面で隔離されている。
東側の斜面を山上へ続く道をたどり3mほど上がると、視界が急に開ける。山の斜面と思っていたのが、なんと土塁であった。高さ6m前後はあろうかという土塁と山の斜面を垂直に削り落とした壁に囲まれた削平地が現れた。その広さは50m×50mほどもあり、主曲輪と考えられる。
曲輪内から後ろを振り返ると、入口の部分だけ土塁を築かず、幅3mほどの虎口を形成し、虎口に達するまでの道は3回の "折れ" が入れられている。
北側の土塁は3mほどとやや低くいが、土塁を越えると急勾配の斜面となっており敵の侵入に対しても配慮されている。
北側土塁の東隅に幅1mほどの虎口が設けられているが、虎口というよりも埋門的に使われたように思われる。
この和田城、規模こそ小さいが、城としての完成度は高い。近隣には和田支城Ⅰ、和田氏城Ⅱ、および足利義昭が滞在したとされる公方屋敷などがある。
歴 史
和田城の城主は和田伊賀守惟政と推定される。和田惟政は近江守護佐々木六角の軍奉行を務め、足利義昭を領内に亡命させ、細川藤孝らと共に将軍擁立に尽力した。
惟政は雄琴城(大津市),芥川城(大阪府高槻市)となり、キリスト教伝来で有名なフランシスコザビエルを保護し、彼を信長に謁見させた武将として知られている。
参考資料:滋賀県中世城郭分布調査、甲賀市史(甲賀の城)、淡海の城
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