やあ、いらっしゃい。
今夜も来てくれたね。
さぁ何時もの席へどうぞ。
藪から棒で済まないが、貴殿は『呪怨』という映画を御存知だろうか?
悪霊に呪われた屋敷の話だよ。
その屋敷に関わった者は、次々と取殺されて行く。
勿論、映画はフィクションだが…
……実際に、そんな屋敷が在ると知ったら……どう思われるかい?
その屋敷が在るのはロンドン。
有名なミュージカル『マイフェア・レディ』の舞台となった、超高級住宅街『メイフェア』。
ちなみに『マイフェア』と言うのは、『メイフェア』をロンドンっ子訛りで発音した言葉だそうだ。
メイフェア地区のど真ん中、ブランド店がズラリと並ぶボンドストリートの直ぐ側に在る、呪われた幽霊屋敷。
人はそこを『バークリー・スクエア50番地』と呼ぶ。
今夜はその屋敷で起きたと云われる、世にも恐ろしい事件の数々をお話ししよう。
此処が幽霊屋敷として噂される様になったのは、1850年頃から…。
1859年、当時の首相ジョージ・カニングの持家だったと言う由緒有る建物を、メイヤー氏なる人物が借りた事から端を発するという。
氏は、地位も名誉も有る紳士で、近く結婚式を挙げ、新妻と共に此処に住む予定だった。
その為に、家具から調度品から全て屋敷に揃え、心待ちにしていた。
所が結婚直前になって、婚約者が気を変え、破談になってしまった。
愛を裏切られ、同時に名誉まで傷付けられた氏は、失意のどん底に沈んだ…。
以来、屋根裏部屋に独り閉籠ってしまった。
昼間は下男に食事を運ばせ、屋根裏で絶望を噛締め…夜中になるとこっそり部屋から忍び出し、新妻の為に揃えた家具調度の並べてある部屋を、蝋燭片手に歩き回っていたという。
メイヤー氏のこんな生活が何時まで続いたのか、氏がその後どうなったのか、正確に知る者は居ないらしい。
ただこれ以降、此処が幽霊屋敷だという評判が立ち始めている。
時代は定かでないが、こんな出来事が有った。
この屋敷に新しく来たメイドが、氏が閉籠っていたと伝えられる、屋根裏部屋で眠る事にした。
彼女が部屋に入って1時間程後の事、突如その部屋からとてつもない叫び声が響いた。
驚いて家人が駆け付けてみると、彼女は目を大きく見開き、部屋の真ん中に棒立ちになっていた。
……彼女は発狂していた。
何を聞いても、意味不明の言葉を口走るばかり。
結局、発狂した理由は、解らず終いだった。
以来、この部屋は『開かずの間』とされた。
その後暫くして、こんな事件も起きたそうだ。
或る日、この屋敷でパーティが開かれた。
パーティーの男性客の1人が、この『開かずの間』の話を聞いて笑い、それなら自分がこの部屋で眠ってみせようと申し出た。
その際、次のように取決めをしたのだ。
「部屋に入って一定の時間が経ったら、ベルを1回鳴らす。
これは、此処が快適な部屋だという証拠で有る。
もし何か怪しい事が起きたらベルを2回鳴らすから、皆で助けに来てくれ。」
そして、彼は『開かずの間』に入った。
所定の時間が過ぎて、ベルが1回鳴った。
……何も無い、という合図である。
人々は安堵すると同時に、いささか拍子抜けもした。
――と、突然、狂った様にベルが鳴り出した!
集まった人々がびっくりして、部屋に駆け付ける。
しかし彼は既に………ショック死していた。
一体この部屋で何が起きたのか?――死体は口を聞けない。
この事件を期に、すっかり此処は化物屋敷として定着してしまった。
しかしそれでも興味本位に近付く者や、知らずに借りて被害に遭う者が多数出たという。
例えばベントリー氏と言う人物が此処を買い、2人の娘と共に越して来た時も、同様の事件が起きたそうだ。
やはり先ず、メイドがこの屋根裏部屋で絶叫した。
人々が駆け付けてみると、「それを私にくっ付けないで!」と口走りつつ、直ぐに息を引き取ってしまった。
……一体、この言葉の意味は何なのか…?
これを知った姉娘の婚約者の大尉が、試しに同じ部屋で泊る事にした。
――が、30分と経たぬ内に凄まじい悲鳴を上げ、ピストルを連射した。
人々が部屋に来てみると、勇敢な大尉はピストルを握り締めたまま、息絶えていた。
確かにピストルの弾丸は発射されているのに、弾丸の跡は何処にも見当らなかった。
また事件が起きるに先立って、姉娘は動物園の檻の中を思わせる悪臭を嗅いだと言う。
この屋敷の名をロンドン中に轟かせた事件を紹介しよう。
1930年頃、ピカディリー・サーカス界隈で、夜中に遊んでいた水夫2人組の身に遭った話だ。
夜中まで呑んで騒いで遊んだのは良いが、ふと気付いたらもう泊る所が無い。
どうしたものかと2人千鳥足で彷徨う内に、程近いメイフェアの一角に紛れ込んでいた。
貴族の多く住む地域であり、およそ近寄り難いお屋敷が並んでる中、50番地に在る屋敷だけが空家然としていた。
見るからに荒れており、人が住んでそうはない。
これ幸いと、2人はこの屋敷で朝まで過す事にした。
最上階の1室…屋根裏部屋が比較的綺麗で、快適に眠れそうだと寝床に選んだ。
暫くすると、何やら騒がしい音が聞えて来た。
壁を叩いている様にも、物を壊している様にも聞える。
誰か居たのだろうか?
こんな荒れ果てた所に、一体どんな人間が……
………2人は、蒼くなって顔を見合わせた。
物音は階段を上って来、けたたましい足音に変った。
――ドアがいきなり開いた。
形の定かでない、何かがそこに居た。
水夫の1人は、咄嗟の判断で逃げた。
そいつの脇を辛うじて擦り抜け、部屋の外に飛び出したのだ。
そこで巡回の警官に出会い、事情を話した。
警官と共に、おっかなびっくり屋敷に戻る。
……が、そこにはもう、何の気配も残って居なかった。
水夫の相棒が死体になってた以外は……
彼は最上階の窓の下の鉄柵に、体がぼろぼろに裂かれて引っ掛っていた。
その表情から、とてつもない恐怖が滲み出ていたという。
幽霊の正体は、現代でも解っていない。
ただ、色々な説が並べられているだけだ。
メイヤー氏の怨霊が棲み付いて離れないのだとか。
かつて此処の住人の1人だったデュプレ氏なる人物が、狂暴な兄を部屋に閉じ込めていたとか。
一連の殺人はこの兄がしたもので、それを隠蔽する為に、デュプレ氏が幽霊の噂を立てたのだとか。
しかし実は、1939年に某古書店が、この屋敷跡にオープンしている。
店は今も営業中で、そこの店員曰く、「もう何十年も、何も起きてない」との事だ。
噂はあくまで『噂』だったのか?
あの屋根裏部屋で、また誰かが夜を過してみない限り、真相は闇の中だろう……。
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは3本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の夜の訪問を、楽しみにしているよ。
道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『ワールド・ミステリー・ツアー13 ①ロンドン篇(第2章 友成純一、著 同朋舎、刊)』より、主に記事抜粋。
今夜も来てくれたね。
さぁ何時もの席へどうぞ。
藪から棒で済まないが、貴殿は『呪怨』という映画を御存知だろうか?
悪霊に呪われた屋敷の話だよ。
その屋敷に関わった者は、次々と取殺されて行く。
勿論、映画はフィクションだが…
……実際に、そんな屋敷が在ると知ったら……どう思われるかい?
その屋敷が在るのはロンドン。
有名なミュージカル『マイフェア・レディ』の舞台となった、超高級住宅街『メイフェア』。
ちなみに『マイフェア』と言うのは、『メイフェア』をロンドンっ子訛りで発音した言葉だそうだ。
メイフェア地区のど真ん中、ブランド店がズラリと並ぶボンドストリートの直ぐ側に在る、呪われた幽霊屋敷。
人はそこを『バークリー・スクエア50番地』と呼ぶ。
今夜はその屋敷で起きたと云われる、世にも恐ろしい事件の数々をお話ししよう。
此処が幽霊屋敷として噂される様になったのは、1850年頃から…。
1859年、当時の首相ジョージ・カニングの持家だったと言う由緒有る建物を、メイヤー氏なる人物が借りた事から端を発するという。
氏は、地位も名誉も有る紳士で、近く結婚式を挙げ、新妻と共に此処に住む予定だった。
その為に、家具から調度品から全て屋敷に揃え、心待ちにしていた。
所が結婚直前になって、婚約者が気を変え、破談になってしまった。
愛を裏切られ、同時に名誉まで傷付けられた氏は、失意のどん底に沈んだ…。
以来、屋根裏部屋に独り閉籠ってしまった。
昼間は下男に食事を運ばせ、屋根裏で絶望を噛締め…夜中になるとこっそり部屋から忍び出し、新妻の為に揃えた家具調度の並べてある部屋を、蝋燭片手に歩き回っていたという。
メイヤー氏のこんな生活が何時まで続いたのか、氏がその後どうなったのか、正確に知る者は居ないらしい。
ただこれ以降、此処が幽霊屋敷だという評判が立ち始めている。
時代は定かでないが、こんな出来事が有った。
この屋敷に新しく来たメイドが、氏が閉籠っていたと伝えられる、屋根裏部屋で眠る事にした。
彼女が部屋に入って1時間程後の事、突如その部屋からとてつもない叫び声が響いた。
驚いて家人が駆け付けてみると、彼女は目を大きく見開き、部屋の真ん中に棒立ちになっていた。
……彼女は発狂していた。
何を聞いても、意味不明の言葉を口走るばかり。
結局、発狂した理由は、解らず終いだった。
以来、この部屋は『開かずの間』とされた。
その後暫くして、こんな事件も起きたそうだ。
或る日、この屋敷でパーティが開かれた。
パーティーの男性客の1人が、この『開かずの間』の話を聞いて笑い、それなら自分がこの部屋で眠ってみせようと申し出た。
その際、次のように取決めをしたのだ。
「部屋に入って一定の時間が経ったら、ベルを1回鳴らす。
これは、此処が快適な部屋だという証拠で有る。
もし何か怪しい事が起きたらベルを2回鳴らすから、皆で助けに来てくれ。」
そして、彼は『開かずの間』に入った。
所定の時間が過ぎて、ベルが1回鳴った。
……何も無い、という合図である。
人々は安堵すると同時に、いささか拍子抜けもした。
――と、突然、狂った様にベルが鳴り出した!
集まった人々がびっくりして、部屋に駆け付ける。
しかし彼は既に………ショック死していた。
一体この部屋で何が起きたのか?――死体は口を聞けない。
この事件を期に、すっかり此処は化物屋敷として定着してしまった。
しかしそれでも興味本位に近付く者や、知らずに借りて被害に遭う者が多数出たという。
例えばベントリー氏と言う人物が此処を買い、2人の娘と共に越して来た時も、同様の事件が起きたそうだ。
やはり先ず、メイドがこの屋根裏部屋で絶叫した。
人々が駆け付けてみると、「それを私にくっ付けないで!」と口走りつつ、直ぐに息を引き取ってしまった。
……一体、この言葉の意味は何なのか…?
これを知った姉娘の婚約者の大尉が、試しに同じ部屋で泊る事にした。
――が、30分と経たぬ内に凄まじい悲鳴を上げ、ピストルを連射した。
人々が部屋に来てみると、勇敢な大尉はピストルを握り締めたまま、息絶えていた。
確かにピストルの弾丸は発射されているのに、弾丸の跡は何処にも見当らなかった。
また事件が起きるに先立って、姉娘は動物園の檻の中を思わせる悪臭を嗅いだと言う。
この屋敷の名をロンドン中に轟かせた事件を紹介しよう。
1930年頃、ピカディリー・サーカス界隈で、夜中に遊んでいた水夫2人組の身に遭った話だ。
夜中まで呑んで騒いで遊んだのは良いが、ふと気付いたらもう泊る所が無い。
どうしたものかと2人千鳥足で彷徨う内に、程近いメイフェアの一角に紛れ込んでいた。
貴族の多く住む地域であり、およそ近寄り難いお屋敷が並んでる中、50番地に在る屋敷だけが空家然としていた。
見るからに荒れており、人が住んでそうはない。
これ幸いと、2人はこの屋敷で朝まで過す事にした。
最上階の1室…屋根裏部屋が比較的綺麗で、快適に眠れそうだと寝床に選んだ。
暫くすると、何やら騒がしい音が聞えて来た。
壁を叩いている様にも、物を壊している様にも聞える。
誰か居たのだろうか?
こんな荒れ果てた所に、一体どんな人間が……
………2人は、蒼くなって顔を見合わせた。
物音は階段を上って来、けたたましい足音に変った。
――ドアがいきなり開いた。
形の定かでない、何かがそこに居た。
水夫の1人は、咄嗟の判断で逃げた。
そいつの脇を辛うじて擦り抜け、部屋の外に飛び出したのだ。
そこで巡回の警官に出会い、事情を話した。
警官と共に、おっかなびっくり屋敷に戻る。
……が、そこにはもう、何の気配も残って居なかった。
水夫の相棒が死体になってた以外は……
彼は最上階の窓の下の鉄柵に、体がぼろぼろに裂かれて引っ掛っていた。
その表情から、とてつもない恐怖が滲み出ていたという。
幽霊の正体は、現代でも解っていない。
ただ、色々な説が並べられているだけだ。
メイヤー氏の怨霊が棲み付いて離れないのだとか。
かつて此処の住人の1人だったデュプレ氏なる人物が、狂暴な兄を部屋に閉じ込めていたとか。
一連の殺人はこの兄がしたもので、それを隠蔽する為に、デュプレ氏が幽霊の噂を立てたのだとか。
しかし実は、1939年に某古書店が、この屋敷跡にオープンしている。
店は今も営業中で、そこの店員曰く、「もう何十年も、何も起きてない」との事だ。
噂はあくまで『噂』だったのか?
あの屋根裏部屋で、また誰かが夜を過してみない限り、真相は闇の中だろう……。
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは3本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の夜の訪問を、楽しみにしているよ。
道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『ワールド・ミステリー・ツアー13 ①ロンドン篇(第2章 友成純一、著 同朋舎、刊)』より、主に記事抜粋。