ミス・メリーのクリスマス雑学講座♪

今年もブログ主に代わってクリスマスソングを歌うわよ♪

異界百物語 ―第14話―

2006年08月20日 20時03分33秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

今夜はプーアル茶を用意して、お待ちしていたよ。

今淹れるから腰掛けて寛いで居てくれ給え。


さて……妖精は恐ろしい存在で、人間とは相容れない者達だと、これまではお話して来たね。

しかし他方で、人間の生活に関わり合おうと、積極的に近付いても来る。

今夜から3晩は、それを実証する様な妖精譚を、お聞かせしよう。



昔、イングランドのセルクカークシャーと言う所に、器量良しだが陽気で怠け者の娘が居た。

当時は女性の仕事として糸紡ぎが必須だったが、娘はそれよりも野原を彷徨って花を摘む方が好きだった。

反対に娘の母親は家庭的かつ、とても上手な紡ぎ手だったので、娘にやり方を根気良く何度も教えた。

…が、全く物にならず、終いには堪忍袋の緒を切らしてしまい、娘を寝室に閉じ込めると、糸車と7人分の繰り綿を運び込んで、こう言った。


「この7つのかせに、3日の内に糸を紡ぎなさい!
 でないと2度と外に出させないからね!」


憤然として母親が行ってしまうと、娘は涙が涸れるまで泣いていた。

母親が真剣に怒っている事を理解した娘は、1日中ずっと糸車に取組んでいたが、生来の不器用さ故、容易には行かない。

糸を縺れさせ、手に豆を作り、糸を舐めるので唇は傷付き、それでも何とか瘤だらけで太さがまちまちの糸を、3フィート(1フィートは約30.48㎝、つまり約1mって事ですか)程紡いだが、とても織ったり編んだり出来そうな代物ではなかった。

そうこうしている内に、娘は泣きながら眠ってしまった。


翌朝早く目が覚めると、太陽は輝き小鳥が囀っていた。

爽やかな朝の景色を窓から眺めて…目の前に有る自分が紡いだ僅かの糸を見た娘は、こう思った。


「此処に居たって気持ちが落ち込むばかりだわ。
 外に出て冷たい空気に当り、気晴らしして来よう。」


そこで娘は母親に気付かれない様、階段をそっと抜き足で降り、母親の寝室を通り抜けると、ドアを静かに開けて、野原の方へ走って行った。


あちらこちら歩き回りながら、野原に咲いてるプリムローズを摘んだり、小鳥の囀りを聞いたり…

…そうして居つつも、頭の中に浮ぶのは母親の怒った顔。

早く家に戻って作業をしなければ…と思い出した頃、ふと傍に小さな土塚が在るのが目に付いた。

その近くには、穴開き石が転がっている。

娘はそこに腰を降ろすと、辛い立場を思い起して、わっと泣き出してしまった。


所で当時此の地の人は、穴開き石の穴を覗けば、妖精の姿が見えると信じていた。


泣いてる娘の耳に……穴の中から、奇妙な音が聞えて来た。

ブンブンという音と、それに合せて小声でキーキー歌う声。

顔を上げて穴を覗く娘の目に、奇妙な小さい老婆が、忙しなく糸車の棒を動かしたり、糸を長い唇から引張り出したりしている様が入って来た。


「好いお天気ですね、お婆さん。」


娘は誰にも愛想が良い性格だったので、気さくに話し掛けた。


「ああ、お早う、娘さん。」


そんな娘を気に入ったらしく、小柄な老婆もこう挨拶を返した。


「お婆さんの唇、どうしてそんなに長いのかしら?」


無邪気な子供の様に、娘が尋ねる。


「糸を引っ張る為だよ、娘さん。」


老婆は娘に、こう答えた。


「私もそんな風に唇をしなけりゃ行けないのかしら?
 でも上手く行かないのよ。
 ちっとも出来やしない。」


娘はこれまでの事情を皆話した。


「心配しなくて良いよ、娘さん。
 繰り綿を持っといで。
 あんたの母さんが催促するまでに、私がちゃんと紡いであげるから。」


老婆は親切に、こう言った。

そこで娘は飛んで帰ると、こっそり部屋に戻り、素早く繰り綿を取って、急いで戻った。


「所で、お婆さんは何と言う名前なの?
 糸にして貰ったら、何処に取りに行けば良いの?」


娘は老婆に尋ねた。

しかし娘から繰り綿を受取ると、老婆は見る間に消えてしまった。


娘はどうして良いか判らず…石に腰掛けて待っていた。

頭上の太陽は燦々と照らしてい、心地良い暖かさに、何時の間にやら娘は眠り込んでしまった。


辺りの空気が冷えた頃目を覚ますと…陽はすっかり沈んで、暗くなっていた。

娘の耳には前より大きく、紡いだり歌ったりする音が聞えて来る。

穴開き石から明りが漏れているのが目に入り、娘は膝を着いて中を覗いてみた。


――異様な光景が、穴の中に見えた。


洞窟に似た中に、沢山の奇妙な格好をした老婆達が、糸車の前座って、せっせと気狂いの様に糸を紡いでいる。

誰も彼も長い長い唇をして指は平たく、背中はせむしの様に曲っていた。

その中に、あの友達になった老婆も混じっている。

一際醜い老婆が離れて1人、皆からスキャントリー・マブと呼ばれ、敬われている様だった。

どうやら群れの中の長らしい。


「もう殆ど仕上がるよ、スキャントリー・マブ。」


友達になった老婆がこう言って笑う。


そうして――


「急いで糸を束ねておくれよ。
 あの娘が母親の所へ持って行くまでに、渡しに行かなきゃならないからね。

 それにしても、あの丘の小さい娘っ子は知るまいよ。
 私の名前が『ハベトロット』だと言う事をね。」


――と仲間達に言った。


今の言葉で、老婆の名前と何処で会うのかが解った娘は、部屋にすっ飛んで帰った。

するとハベトロットが現れ、美しく紡ぎ上がった7つの糸かせを、娘に渡してくれた。


「まあ、どうやって御礼をしたら良いかしら?」


娘が言うと――


「御礼はいいよ。
 但し、誰が糸を紡いだか、母さんに言っちゃいけないよ。」


――と、ハベトロットは言った。


そして「もし私が必要になったら、呼んでおくれ」と言い残し、暗闇の中消えてしまった。


その晩……娘の母親は、早目に床に入っていた。

ブラック・プディング(豚の血や脂肪の腸詰の事、要はソーセージです)作りを1日中行い、疲れていたからだ。


台所に降りた娘の目に、乾かす為たる木から下げられてた、そのブラックプディングが入った。

娘は美しく仕上げて貰った紡ぎ糸を、母親の目に付く様広げて置くと、乾かしてあったブラックプディングを火で炙って食べた。

酷くお腹が空いていた娘は、忽ち7つ全部平らげてしまった。

それから娘はそっと爪先で階段を上るとベッドに入り、頭が枕に付くか付かぬ内に、ぐっすり眠ってしまった。


次の朝、母親は起きて台所に入り、7つの美しい紡ぎ糸が置かれてるのを見付けた。


この地方のどんな上手な紡ぎ手がやったよりも、綺麗に仕上げられていた。

母親は驚いて、それらをマジマジと見詰た。


ふと気付けば、昨夜自分が一生懸命拵えた筈の、ブラックプディングが見えない。

ただフライパンだけが、火の傍に立てかけて有った。


母親は腹立たしいのと嬉しいのとが一緒くたになって、もうどう表現して良いか解らない気持ちになり、ベッドガウンのまま外へ飛び出すと、気狂いの様に大声で叫んだ。


「娘が紡いだ、7つ7つ7つ!
 娘が食べた、7つ7つ7つ!
 それも皆夜明け前」


あまりの大声に娘は目を覚ますと、急いで起きて服を着た。


驚き喚く母親の前、偶々若い領主が馬に乗って通り掛った。


「何をそんなに喚いてるのかね?おかみさん。」


領主がこう言うと、母親はまた歌う様に言った。

 
「娘が紡いだ、7つ7つ7つ!
 娘が食べた、7つ7つ7つ!
 もし私の言う事をお信じにならぬなら、どうぞ中に入って御自分の目で確かめて下さいまし、御領主様!」


そう言って母親が家に案内する。

領主は、台所に置かれた美しく紡いである糸の束を見ると、紡ぎ手は誰かと尋ねた。

そして、起きて下に降りて来た娘の姿を見ると、結婚したいと申し込んだ。

領主は凛々しく立派で心も優しいと評判高かったので、娘は喜んで「はい」と応えた。


結婚後…娘はたった1つだけ、困った事が有った。

それは領主が、あの時の様に、また彼女に素晴しい糸を紡いでくれと、何度もせがむ事だった。


困った娘は、あの穴開き石の所へ出掛けて行くと、ハベトロットを呼んだ。

驚いた事に、ハベトロットはもう娘の悩みを知っていて、こう言った。


「心配しなくて良いよ、娘さん。
 此処にその領主さんを連れておいで。
 上手く私達がやってあげるからね。」


次の日の夕暮れ時、娘と領主は穴開き石の傍に立っていた。

領主が穴の中を覗く。

そこには醜い姿をした老婆が、大勢で糸を紡いでいた。

それを見て驚いた領主が言った。


「何故あの老婆達は、皆唇があんなに歪んでいるのだろう?」


それを聞いたハベトロットは、大声で領主に言った。


「自分で皆に聞いて御覧。」


領主が老婆達に尋ねる。

すると老婆達は、口々に掠れ声でこう言った。


「わしら糸を紡いで、紡いで、紡いでいるから――」


「そうそう、昔は皆、綺麗だったよ。」


ハベトロットは言った。


「だけど糸紡ぎ手はこんなになってしまうんだよ。
 あんたのお嫁さんだって同じさ。
 今は綺麗だけど、糸紡ぎをずっと好きでやっていればね。」


「やっては駄目だ!」


領主は叫んだ。


「今日から一切、彼女には糸車に触れさせない!」


「仰る通りに致しますわ、御領主様!」


娘は喜んでこう返した。


その日から領主と娘は、一緒に馬に乗って野山を駆け回ったり、田園を歩き回ったりして過す様になった。

そして繰り綿の仕事は、皆この年取ったハベトロットに渡して、糸に紡いで貰う様になったという。



『ハベトロット』は、この地方で糸紡ぎの守護妖精として崇められている。

手先の不器用な自分としては、是非親しくなりたいものだ。

それにしても、流石は年の功。

実に機知に富んだ答えじゃないか。

領主にとっては働き者の嫁さんよりも、綺麗な嫁さんのが良かったようだね。


…今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは14本目の蝋燭を吹き消してくれ給え…


……有難う……今日は緊迫する試合が有ったお陰で、目が酷く疲れたんじゃないかい?

どうかゆっくり休んでくれ給え。


いいかい?……くれぐれも……


……家に帰り着くまで、後ろは絶対に振り返らないようにね…。



『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。
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