やぁ、こんばんわ。
今夜はお茶を用意して待っていたよ。
ほうじ茶は嫌いかい?
え?暑い日に熱い茶は無いだろうって?
…大丈夫、直ぐに涼しくなるさ。
さてと……今夜は、昨夜紹介した『アハ・イシカ』から、間一髪逃げられた人間のお話をするとしようかな。
舞台は昨夜と同じ、スコットランド高地地方。
ヘブリディーズ諸島の1つ、アイラ島に、牛を沢山飼ってる農夫が居た。
その内の1頭に、丸い耳をした可愛い雄の仔牛が産れたと云う。
農場に居た物知りな老婆が、この仔牛は唯の牛じゃない……『クロー・マラ』だと告げた。
『クロー・マラ』と言うのは、水棲馬『アハ・イシカ』同様、水棲の妖精と言うか化物だが、『アハ・イシカ』と比較して、性質の穏やかな水棲牛だった。
老婆の助言により、仔牛は3年間、他の仔牛から離され、毎日雌牛3頭分の乳で育てられた。
すると、仔牛は素晴しい雄牛に成長した。
或る日の事、農夫の娘が入江で牛達の番をしていると、1人の見知らぬ若者がやって来て、娘の隣に座った。
若者は金髪で蒼い目をしていて、大層美しかった。
人懐こい微笑を少女に向けながら、気さくに話し掛けて来る。
その微笑に、少女はうっとりと見惚れてしまった。
会話はとても弾み、暫くすると、若者は娘に髪を梳かしてくれるよう頼んだ。
この当時この地では、愛情表現として、仲の良い男性の髪を女性が梳かす行為は、普通に見られた。
すっかり若者に気を許していた娘は、横になった若者の頭を膝に乗せると、彼の髪を掻き分け、優しく梳かし始めた。
そうしてる内に、うとうとと眠くなり……うっかり櫛を髪の中に落としてしまった。
慌てて拾上げようとして――
――若者の美しい金髪の間に、緑の海藻が生えているのを見付け、ぎょっとした。
娘は、若者が恐ろしい水棲馬の化物、『アハ・イシカ』であると気付いたが、悲鳴を堪え、勇気を振り絞り、小声で歌を歌いながら、そのまま優しく梳かし続けた。
娘の歌う歌を聴いてる内に…変身している怪物は、静かに眠ってしまった。
それを見て、娘はそっと気付かれないようエプロンを外すと、そろそろと膝から外し、眠っているアハ・イシカをその場に残して、足音を立てないよう、農場に向って逃げ出した。
もう一息という所で、後ろから凄まじい蹄の音を立てながら、獰猛な水棲馬が迫って来た。
娘は恐ろしくなって悲鳴を上げた。
捕まれば水中に引き摺り込まれ、八つ裂きにされてしまう。
その時、娘の悲鳴を聞いた老婆が、クロー・マラを解き放った。
クロー・マラは唸りを上げながら、アハ・イシカに挑みかかって行った。
2頭は激しく戦いながら、湖深くに沈んで行った。
翌日、クロー・マラの死体が岸に打上げられたが、アハ・イシカが現れる事は、もう2度と無かったそうだ。
…今夜の話はこれでお終い。
さあ…それでは7本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の訪問を、楽しみにして居るよ。
ああ、まだお茶を飲んでいないようだが。
…え?「自分の分なら、ちゃんと飲んだ」って…?
おかしいな……確かに人数分、淹れた筈なんだが……
まあ、あまり深くは考えないでおこう…。
それでは、道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より、記事抜粋。
今夜はお茶を用意して待っていたよ。
ほうじ茶は嫌いかい?
え?暑い日に熱い茶は無いだろうって?
…大丈夫、直ぐに涼しくなるさ。
さてと……今夜は、昨夜紹介した『アハ・イシカ』から、間一髪逃げられた人間のお話をするとしようかな。
舞台は昨夜と同じ、スコットランド高地地方。
ヘブリディーズ諸島の1つ、アイラ島に、牛を沢山飼ってる農夫が居た。
その内の1頭に、丸い耳をした可愛い雄の仔牛が産れたと云う。
農場に居た物知りな老婆が、この仔牛は唯の牛じゃない……『クロー・マラ』だと告げた。
『クロー・マラ』と言うのは、水棲馬『アハ・イシカ』同様、水棲の妖精と言うか化物だが、『アハ・イシカ』と比較して、性質の穏やかな水棲牛だった。
老婆の助言により、仔牛は3年間、他の仔牛から離され、毎日雌牛3頭分の乳で育てられた。
すると、仔牛は素晴しい雄牛に成長した。
或る日の事、農夫の娘が入江で牛達の番をしていると、1人の見知らぬ若者がやって来て、娘の隣に座った。
若者は金髪で蒼い目をしていて、大層美しかった。
人懐こい微笑を少女に向けながら、気さくに話し掛けて来る。
その微笑に、少女はうっとりと見惚れてしまった。
会話はとても弾み、暫くすると、若者は娘に髪を梳かしてくれるよう頼んだ。
この当時この地では、愛情表現として、仲の良い男性の髪を女性が梳かす行為は、普通に見られた。
すっかり若者に気を許していた娘は、横になった若者の頭を膝に乗せると、彼の髪を掻き分け、優しく梳かし始めた。
そうしてる内に、うとうとと眠くなり……うっかり櫛を髪の中に落としてしまった。
慌てて拾上げようとして――
――若者の美しい金髪の間に、緑の海藻が生えているのを見付け、ぎょっとした。
娘は、若者が恐ろしい水棲馬の化物、『アハ・イシカ』であると気付いたが、悲鳴を堪え、勇気を振り絞り、小声で歌を歌いながら、そのまま優しく梳かし続けた。
娘の歌う歌を聴いてる内に…変身している怪物は、静かに眠ってしまった。
それを見て、娘はそっと気付かれないようエプロンを外すと、そろそろと膝から外し、眠っているアハ・イシカをその場に残して、足音を立てないよう、農場に向って逃げ出した。
もう一息という所で、後ろから凄まじい蹄の音を立てながら、獰猛な水棲馬が迫って来た。
娘は恐ろしくなって悲鳴を上げた。
捕まれば水中に引き摺り込まれ、八つ裂きにされてしまう。
その時、娘の悲鳴を聞いた老婆が、クロー・マラを解き放った。
クロー・マラは唸りを上げながら、アハ・イシカに挑みかかって行った。
2頭は激しく戦いながら、湖深くに沈んで行った。
翌日、クロー・マラの死体が岸に打上げられたが、アハ・イシカが現れる事は、もう2度と無かったそうだ。
…今夜の話はこれでお終い。
さあ…それでは7本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の訪問を、楽しみにして居るよ。
ああ、まだお茶を飲んでいないようだが。
…え?「自分の分なら、ちゃんと飲んだ」って…?
おかしいな……確かに人数分、淹れた筈なんだが……
まあ、あまり深くは考えないでおこう…。
それでは、道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より、記事抜粋。