やあ、いらっしゃい。
お盆も過ぎたね。
残暑はきつくても、少しづつ秋の気配が増して来るだろう。
さて、今夜と明日の晩は、夏の終りに相応しく、ラブ・ロマンスでもお話しようか。
「大抵の妖精は、人間にとって危険な存在だ」と話したが、その妖精と恋に落ちて、夫婦になった人間の話も伝えられている。
場所はイギリス、ウェールズの山間、或る蒼く澄んだ湖にて――
或る若者が湖の岸辺で、牛達に草を食べさせながら、パンを食べていた。
ふと湖の方を見ると…乙女が1人、長い金髪の巻毛を梳かしている。
あまりの美しさに、若者は一目で心を奪われ、長い間見惚れていたが、夜明け近くになると、乙女の姿は次第に薄れて行った。
若者は慌てて持っていたパンを差し出し、自分の妻になってくれと求婚した。(食べ掛けのパンを差し出してプロポーズってのも凄いような…)
しかし乙女は「貴方のパンは硬過ぎますわ」と言い、煙の様に姿を消してしまった。
恋に破れ気落ちした若者を心配した母親は、次の日柔らかい練り粉のパンを持たせたが、今度は柔らか過ぎると駄目出しされてしまった。
そこで今度は軽く焼いたパンを持たせた所、これは気に入った様で、乙女は陸に上って来た。
そして妻になる事を承知したが、「もし自分を3度叩いたら、姿を消しますよ」と、若者に注意した。
乙女が持参金として連れて来た水牛のお陰で、若者の農園は栄え、2人は幸せに暮した。
4年経った或る日の事、近所の赤ん坊の洗礼式に、農夫と妻は出掛けた。
楽しく語り合っている人々の間で、突然、妻が泣き出した。
「悲しみと苦しみがいっぱいの此の世に産れて来るなんて、可哀想だわ!」
それを聞いた農夫は、慌てて妻を小突いた。
小突かれた妻は…哀し気な顔して農夫を見詰め、言った。
「気を付けてね、貴方。1度叩いてしまったのよ。」
それから幾月も経たぬ内に、赤ん坊は死んでしまった。
皆が悲しみに暮れているお葬式の席で、妻はまたもや非常識な振る舞いをした。
「赤ちゃんは、罪と苦しみから逃れられて、良かった!」
言いながら笑い踊る妻を止めようと、農夫は再び軽く叩いてしまった。
「気を付けてね、貴方。これで2度叩いてしまったわ。…後1回でも叩いたら、私は消えてしまうわよ。」
再び妻が、哀し気な瞳をして言った。
暫くして農夫と妻は、老人と若い娘との結婚式に招かれた。
その席で、妻はまた突然、わっと泣き出し言った。
「お金の為に、愛してない老人に嫁ぐなんて、残酷だわ!」
驚く人々の視線に焦った農夫は、三度、妻を黙らせようと軽く叩いた。
――その瞬間、
「3度目よ、貴方…」
という言葉を残して、妻の姿は消えてしまった。
行方を捜して農夫が湖に行ってみると、乙女が連れて来た牛の最後の1頭が、湖の中に消えて行く所だった。
それっきり、湖の乙女は、2度と姿を現さなかったそうだ…
仏の顔も三度まで。
幾ら妻が非常識な振る舞いをするからといって、DVは宜しくない…そんな教訓話に思えなくもないかい?
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは11本目の蝋燭を吹き消してくれ給え…
……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。
いいかい?
くれぐれも……
……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。
『妖精とその仲間達(中村君江、著 河出書房新社、刊)』より。
お盆も過ぎたね。
残暑はきつくても、少しづつ秋の気配が増して来るだろう。
さて、今夜と明日の晩は、夏の終りに相応しく、ラブ・ロマンスでもお話しようか。
「大抵の妖精は、人間にとって危険な存在だ」と話したが、その妖精と恋に落ちて、夫婦になった人間の話も伝えられている。
場所はイギリス、ウェールズの山間、或る蒼く澄んだ湖にて――
或る若者が湖の岸辺で、牛達に草を食べさせながら、パンを食べていた。
ふと湖の方を見ると…乙女が1人、長い金髪の巻毛を梳かしている。
あまりの美しさに、若者は一目で心を奪われ、長い間見惚れていたが、夜明け近くになると、乙女の姿は次第に薄れて行った。
若者は慌てて持っていたパンを差し出し、自分の妻になってくれと求婚した。(食べ掛けのパンを差し出してプロポーズってのも凄いような…)
しかし乙女は「貴方のパンは硬過ぎますわ」と言い、煙の様に姿を消してしまった。
恋に破れ気落ちした若者を心配した母親は、次の日柔らかい練り粉のパンを持たせたが、今度は柔らか過ぎると駄目出しされてしまった。
そこで今度は軽く焼いたパンを持たせた所、これは気に入った様で、乙女は陸に上って来た。
そして妻になる事を承知したが、「もし自分を3度叩いたら、姿を消しますよ」と、若者に注意した。
乙女が持参金として連れて来た水牛のお陰で、若者の農園は栄え、2人は幸せに暮した。
4年経った或る日の事、近所の赤ん坊の洗礼式に、農夫と妻は出掛けた。
楽しく語り合っている人々の間で、突然、妻が泣き出した。
「悲しみと苦しみがいっぱいの此の世に産れて来るなんて、可哀想だわ!」
それを聞いた農夫は、慌てて妻を小突いた。
小突かれた妻は…哀し気な顔して農夫を見詰め、言った。
「気を付けてね、貴方。1度叩いてしまったのよ。」
それから幾月も経たぬ内に、赤ん坊は死んでしまった。
皆が悲しみに暮れているお葬式の席で、妻はまたもや非常識な振る舞いをした。
「赤ちゃんは、罪と苦しみから逃れられて、良かった!」
言いながら笑い踊る妻を止めようと、農夫は再び軽く叩いてしまった。
「気を付けてね、貴方。これで2度叩いてしまったわ。…後1回でも叩いたら、私は消えてしまうわよ。」
再び妻が、哀し気な瞳をして言った。
暫くして農夫と妻は、老人と若い娘との結婚式に招かれた。
その席で、妻はまた突然、わっと泣き出し言った。
「お金の為に、愛してない老人に嫁ぐなんて、残酷だわ!」
驚く人々の視線に焦った農夫は、三度、妻を黙らせようと軽く叩いた。
――その瞬間、
「3度目よ、貴方…」
という言葉を残して、妻の姿は消えてしまった。
行方を捜して農夫が湖に行ってみると、乙女が連れて来た牛の最後の1頭が、湖の中に消えて行く所だった。
それっきり、湖の乙女は、2度と姿を現さなかったそうだ…
仏の顔も三度まで。
幾ら妻が非常識な振る舞いをするからといって、DVは宜しくない…そんな教訓話に思えなくもないかい?
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは11本目の蝋燭を吹き消してくれ給え…
……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。
いいかい?
くれぐれも……
……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。
『妖精とその仲間達(中村君江、著 河出書房新社、刊)』より。