やぁ、いらっしゃい。
そろそろ来る頃だと思って、紅茶を用意してお待ちしていたよ。
アールグレイだが、好みかい?
砂糖は幾つ入れようか?
ミルクは如何するかな?
…今夜は送り盆だったね。
迎え盆に訪れた近しい立場の霊を、あの世に送り返してあげる日さ。
13日からこっち…暫く人の気配を多く感じたりはしなかったかい?
さて、今夜も英国での話を聞かせよう。
英国、イニス・サークと言う所に、『カサリーン』と言う若い娘が居た。
カサリーンは、つい最近、最愛の恋人を亡くしてしまい、酷く悲しんでいた。
或る夜、道端に座って嘆いていると、何処からともなく、美しい貴婦人が現れた。
そしてカサリーンに、何をそんなに嘆いているのか聞いて来た。
カサリーンは、恋人と死に別れた事情を、その貴婦人に話した。
それを聞いた貴婦人は、カサリーンに薬草で編んだ輪を与え、「この輪から覗いて御覧」と言った。
カサリーンが輪を覗くと……そこには、死んだ筈の恋人の姿が在った。
恋人は蒼褪めていたが、黄金の冠を被り、高貴な人達と楽し気に踊り戯れていた。
貴婦人はカサリーンにもっと大きな薬草の輪を与え、輪から葉を1枚取って燃やせば、毎晩恋人の元を訪れる事が出来るだろうと話した。
「だけどね、お嬢さん。
注意しておきますよ。
煙が立ち昇っている間、祈りを唱えても、十字を切ってもいけない。
…さもないと、貴女の恋人は永遠に姿を消してしまうでしょう。」
そうカサリーンに警告すると…貴婦人の姿は、何処にも見えなくなってしまった。
それからというもの、カサリーンは妖精の国を訪れる事にしか、興味が持てなくなった。
毎晩、部屋に閉籠り、薬草の葉を燃やした。
それが煙っている間、カサリーンは夢現の中、明るい丘の上で、恋人と楽しく踊るのだった。
そんなカサリーンを、母親は酷く心配した。
教会にも行かず、懺悔もせず、以前とは様子がすっかり変ってしまったからだ。
或る夜、母親はこっそり2階に上り、ドアの割れ目から、カサリーンの部屋を覗いた。
――カサリーンが、葉に火を点け、恍惚状態でベッドに横たわっているのが見えた。
驚いた母親は、どうか娘の魂をお救い下さいと、跪き聖母マリアに祈った。
それから、いきなりドアを開けると、胸の上で十字を切った。
するとカサリーンが、ベッドから飛び起き叫んだ。
「お母さん!お母さん!死人が私を捕まえに来る!ほら…此処に!!」
そう言うと、発作を起したかの様に、のたうち回った。
直ぐに司祭が呼ばれて、カサリーンの体の上、祈りを唱えた。
そして、薬草の輪に呪いの言葉を吐いた。
司祭が祈っている間に、薬草はみるみる灰になった。
すると漸く、カサリーンの様子が静まった。
……だが、力尽きた様に、遂に夜中になる前、息を引き取ってしまった。
死者を悼み過ぎる行為は危険であると警告してる話らしいが…。
現代に置き換えて、ネットジャンキーへの警告話とも読める様だというのは…少々穿った見方過ぎるだろうか?
あんまり楽しいからといって、行きっ放しは宜しくないって事だね…。
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは10本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。
ああ、待ってくれ給え…
…また、お茶を残しているじゃないか…。
……確かに飲み干したって?
…本当におかしいねえ……。
…それでは、どうか道中気を付けて帰ってくれ給え。
ああ、帰ったら、家に入る前に必ず塩を撒く事をお忘れなく。
でないと貴殿の左肩に覆い被さった………いや…何でもないよ。
そして、いいかい?
くれぐれも……
……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。
『イギリスの妖精 ―フォークロアと文学― (キャサリン・ブリッグズ、著 石井美樹子・山内玲子、訳 筑摩書房、刊)』より。
そろそろ来る頃だと思って、紅茶を用意してお待ちしていたよ。
アールグレイだが、好みかい?
砂糖は幾つ入れようか?
ミルクは如何するかな?
…今夜は送り盆だったね。
迎え盆に訪れた近しい立場の霊を、あの世に送り返してあげる日さ。
13日からこっち…暫く人の気配を多く感じたりはしなかったかい?
さて、今夜も英国での話を聞かせよう。
英国、イニス・サークと言う所に、『カサリーン』と言う若い娘が居た。
カサリーンは、つい最近、最愛の恋人を亡くしてしまい、酷く悲しんでいた。
或る夜、道端に座って嘆いていると、何処からともなく、美しい貴婦人が現れた。
そしてカサリーンに、何をそんなに嘆いているのか聞いて来た。
カサリーンは、恋人と死に別れた事情を、その貴婦人に話した。
それを聞いた貴婦人は、カサリーンに薬草で編んだ輪を与え、「この輪から覗いて御覧」と言った。
カサリーンが輪を覗くと……そこには、死んだ筈の恋人の姿が在った。
恋人は蒼褪めていたが、黄金の冠を被り、高貴な人達と楽し気に踊り戯れていた。
貴婦人はカサリーンにもっと大きな薬草の輪を与え、輪から葉を1枚取って燃やせば、毎晩恋人の元を訪れる事が出来るだろうと話した。
「だけどね、お嬢さん。
注意しておきますよ。
煙が立ち昇っている間、祈りを唱えても、十字を切ってもいけない。
…さもないと、貴女の恋人は永遠に姿を消してしまうでしょう。」
そうカサリーンに警告すると…貴婦人の姿は、何処にも見えなくなってしまった。
それからというもの、カサリーンは妖精の国を訪れる事にしか、興味が持てなくなった。
毎晩、部屋に閉籠り、薬草の葉を燃やした。
それが煙っている間、カサリーンは夢現の中、明るい丘の上で、恋人と楽しく踊るのだった。
そんなカサリーンを、母親は酷く心配した。
教会にも行かず、懺悔もせず、以前とは様子がすっかり変ってしまったからだ。
或る夜、母親はこっそり2階に上り、ドアの割れ目から、カサリーンの部屋を覗いた。
――カサリーンが、葉に火を点け、恍惚状態でベッドに横たわっているのが見えた。
驚いた母親は、どうか娘の魂をお救い下さいと、跪き聖母マリアに祈った。
それから、いきなりドアを開けると、胸の上で十字を切った。
するとカサリーンが、ベッドから飛び起き叫んだ。
「お母さん!お母さん!死人が私を捕まえに来る!ほら…此処に!!」
そう言うと、発作を起したかの様に、のたうち回った。
直ぐに司祭が呼ばれて、カサリーンの体の上、祈りを唱えた。
そして、薬草の輪に呪いの言葉を吐いた。
司祭が祈っている間に、薬草はみるみる灰になった。
すると漸く、カサリーンの様子が静まった。
……だが、力尽きた様に、遂に夜中になる前、息を引き取ってしまった。
死者を悼み過ぎる行為は危険であると警告してる話らしいが…。
現代に置き換えて、ネットジャンキーへの警告話とも読める様だというのは…少々穿った見方過ぎるだろうか?
あんまり楽しいからといって、行きっ放しは宜しくないって事だね…。
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは10本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の御訪問を、お待ちしているよ。
ああ、待ってくれ給え…
…また、お茶を残しているじゃないか…。
……確かに飲み干したって?
…本当におかしいねえ……。
…それでは、どうか道中気を付けて帰ってくれ給え。
ああ、帰ったら、家に入る前に必ず塩を撒く事をお忘れなく。
でないと貴殿の左肩に覆い被さった………いや…何でもないよ。
そして、いいかい?
くれぐれも……
……帰る途中で、後ろを振り返らないようにね…。
『イギリスの妖精 ―フォークロアと文学― (キャサリン・ブリッグズ、著 石井美樹子・山内玲子、訳 筑摩書房、刊)』より。