やあ、いらっしゃい。
此処数日、関東では通り雨が続いているね。
秋の気配を空に感じる今日この頃だよ。
さて今夜お話しするのは、怪奇事件とはいえど、心霊関わりではない。
時代はパリ万博が開かれた頃――
1889年5月、エッフェル塔が建設された年の事だ。
世界万国博が開催されたパリには、世界中から大勢の見物客が集まって来て、大変活気付いていた。
そんな或る日、1人の裕福なイギリス女性とその娘が、インドからの船でマルセイユに着き、マルセイユから汽車でパリに向った。
2人はパリの駅からタクシーで、ホテル・○○○ンに乗り付けた。
しかし急に思い立った旅行だったので、彼女達は前もってホテルの部屋を予約していなかった。
折悪しく、万国博見物に世界中から集まった客達で、パリのホテルは何処も客室が無かった。
2人がタクシーで乗り付けたホテル・○○○ンも、3階に1人部屋が1室空いてるだけである。
2人は困り果てたが、「1人部屋でも、兎に角泊れるだけ幸いだ」と考え、泊る事にした。
2人はフロントで宿帳に記帳してから、豪華なインテリアで飾られた342号室に案内された。
赤ビロードのカーテン、淡い薔薇色の壁紙、ゴブラン織のソファ、マホガニーのテーブル等、全てが一流ホテルの名に恥じない、豪奢な造りだった。
如何に1人部屋でも、これならゆっくり出来そうだと、娘が一息入れた途端、母親が――
――急に気分が悪いと言って、ソファの上に崩折れた。
長旅の疲労かもしれないと思ったが、あまり酷い苦しみ方だったので、娘は母親をベッドに寝かせ、フロントに降りて支配人に至急、医者の往診をお願いしたいと言った。
娘はフランス語が話せないので、支配人は片言の英語で応対した。
それでも何とか話は通じて、間も無く医者が駆け付けた。
医者は342号室に案内されて、苦しんでいる母親を診察し、おろおろしている娘に、片言の英語で「何処からの御旅行ですか?」と尋ねた。
娘が「インドからです」と答えると、医者は支配人の耳元で、何やらフランス語でひそひそ話し始めた。
2人の暗い顔に、娘は不安でいっぱいになり、我慢出来なくなって、「先生、母の容態は如何でしょう?」と英語で医者に問い掛けた。
「決して良いとは申せませんな」と医者は片言の英語で答え、今、此処にこの病気に効く薬を持ち合せていないのだと言った。
その薬が有れば、もしかしたら母親は命を取り留めるかもしれない。
しかし何時病状が急変するやも知れず、医者の私は、病人を後に残して行く事は出来ない……。
「じゃあ私が、その薬を頂きに参りますわ!」
娘が急き込んでそう言うと、医者は自分の妻に宛てて手紙を書き出した。
娘はその手紙を持って、医者の乗って来た馬車で直ぐに出発した。
馬車の歩みは鈍く、娘は母親の病状を思うと、いてもたっても居られなかった。
一刻を争うという事態なのに、しかし御者は、そんな娘の苛立ちを思い遣ろうともしない。
漸く医者の邸に着くと、娘は馬車から飛び降り、急いで医者の妻に手紙を差し出した。
此処でもまた、苛々する程待たされた。
かなりの時間が経った後、医者の妻は奥から出て来て、薬を渡してくれた。
引っ手繰る様にして受け取ると、お礼もそこそこに娘は馬車に飛び乗る。
しかし相変らず、馬車は来た時同様、のろのろと走り続ける。
「もっと早く走って頂けませんか!
母の病状が一刻をも争うんです!」
娘が英語で必死にそう言っても、御者は言葉が通じないらしく、一向に急ごうとはしない。
そんな訳で、それ程遠い距離でも無かったのに、往復するのに4時間も掛かってしまった。
ホテルに着くなり、馬車から飛び降りた娘は、ホテルのフロントに突進した。
「如何でしょうか!?
母の具合は!?」
娘が息せき切って尋ねると、どういう訳か支配人は、きょとんとした顔で彼女を見た。
「お母様とは、それは一体……?」
娘は度肝を抜かれた思いで――
「あら!さっき342号室で倒れて、お医者様を呼んで頂いた母の事ですわ!
それで私は、お医者様に言われて、薬を取りに行ったんではないですか!
貴方だって、その場にいらしたでしょう!?」
「失礼ですが、私には何の話かさっぱり。
お嬢さんは初めから、お1人で此処にいらっしゃいましたが……?」
娘はあまりの事に、顔から血の気が引く思いがした。
「良く思い出して下さいな!
私は今朝早く、母と一緒に此処に来ました!
…じゃ、宿帳を見せて下さいますか!?
私と母の名前が記帳されている筈ですから!」
支配人は落ち着き払って宿帳を取り出し、その日の頁を開いて娘に差し出した。
娘は自分達の名前を必死に探したが、信じられない事に、母の名前は無く――
――そこには、彼女1人の名前だけが、書かれていた。
「如何です?
お嬢様お1人の名前しか、記帳されてないで御座いましょう?」
支配人は平然と微笑した。
「………だって…だって…そんな筈は…!」
娘は狐に抓まれた様な思いで、暫くは声も無かったが、気を取り直して尚、こう言い募った。
「そんな筈は有りません!
私は確かに母と一緒にこのホテルに着いて、宿帳にも母と一緒に記帳しましたわ!
それから、私達は3階の342号室に案内されて……!」
娘は、思い出した様に、ハッと顔を輝かせた。
「そうだわ!その342号室に行けば判ります!
母はそこで、確かに苦しみ、寝込んでいたんですから!」
娘の大変な剣幕に、支配人はあくまで冷静に答えた。
「342号室には数日前から、別のお客様が滞在しておられます。」
「兎に角!…連れて行って下さい!」
娘は声を荒げた。
「そこまで仰るのなら……幸い342号室のお客様は只今お留守にしていますから、特別にお部屋をお見せ致しましょう。」
娘の剣幕に気圧された支配人は、渋々とそう言って、娘を3階の342号室に連れて行った。
1歩入るなり、娘は自分の目を疑った。
さっき通された部屋の様子とは、全く異なっていたからである。
娘は呆然として、辺りをぐるりと見回した。
赤ビロードのカーテンも、淡い薔薇色の壁紙も、マホガニーのテーブルも、消えてしまっている。
無論、母の姿は、影も形も無い……
「これで御納得頂けましたか?
失礼ながら、お嬢様は、何か思い違いをしていらっしゃるのでは…」
娘は訳も解らず、ただ涙を浮べて、途方に暮れた様子で立ち竦んでいた。
そして、藁にも縋る思いで、こう頼んだ。
「それでは…お医者様に会せて下さい!
その方に会えば、全て解る筈だわ!」
支配人はうんざりしている様子だったが、仕方なくホテル付の医者だと言う男を、娘に引き合せた。
その男は、確かに先程母を診察した医者だった。
「覚えて居て下さいましてよね、私の事!
ついさっき、私の母を診察して下さり、私に薬を取りに行く様、お命じになられたんですから!」
しかし医者は片言の英語で戸惑った様に、「お嬢様は、何か勘違いしていらっしゃるのでは……」と言うだけだった。
もう何が何だか解らない。
どうして良いかも解らない。
自分は何か悪い夢でも見ているのだろうか……?
追詰められた娘は、パリのイギリス大使館に行って、助けを求めた。
その足で警察にも行って、母の失踪届けを出した。
大使館でも警察でも、人々は彼女の話を聞いて心から同情してくれたが、だからといって彼女の為に何かしてくれようとはしなかった。
挙句の果ては、娘は異常者扱いされ、イギリスに強制送還されて、精神病院に入れられてしまったという……
――後年、この事件の謎は、解き明かされた。
真相は下記の通り。
その日、ホテル・○○○ンに着いたばかりの母親が、急に苦しみ出して倒れた。
そして医者が診察した結果――
――娘の母親は恐ろしい伝染病である『ペスト』に罹っている事が判明したのである。
どうやらペストの発源地として有名なインドに行った事で、感染してしまったらしい。
医者からこれを聞いたホテルの支配人は、ショックで蒼くなった。
万国博の真っ最中に、パリでペスト患者が出た事が公に知れたら、大変な事態になってしまう。
下手をすれば、パリ中のレストランやホテルが営業停止に追込まれるだろう。
そうなったらパリ市民にとって死活問題だ。
窮地に立たされたホテルの支配人は、苦肉の策を取った。
医者と相談して、偽の手紙を娘に持たせ、薬を取りにやらせた。
前もって御者には、馬を出来るだけゆっくり走らせる様命じた。
そして娘が薬を取りに行ってる間、苦しみながら息を引き取った母親の遺体を他所に移し、市当局に赴いて一部始終を報告。
市からもペストの件は秘密厳守を命じられ、ホテルの全従業員に箝口令が敷かれた。
342号室には直ちに室内装飾屋が入り、娘が居ない間に室内をガラリと変えてしまったのだ。
当時ペストの死亡率は60~90%。
かつて14世紀後半には、ヨーロッパ全人口の1/4を死に至らせたという…
…それ故根強くヨーロッパ圏を覆っていた恐怖から生み出された、悲しい事件だった。
結構な数の書籍に『実話』として載っている話なのだが、正直なところ嘘臭く思わなくもない。
あまりに話が出来過ぎてやしないかとね。
何処かの国で、試着中に日本人が攫われて売られたというデマが、以前実しやかに伝えられていたが、それと似た都市伝説ではないだろうか?
舞台となったホテル・○○○ンは、今でもパリの老舗高級ホテルとして営業中だ。
ただ切っ掛けとなる事件が起り、噂が出来上がった可能性は有るかもしれない。
何は兎も角、外国に訪れた際は気を付けた方が良い。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは20本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『ヨークシャーの幽霊屋敷 ―イギリス世にも恐ろしいお話―(桐生操 著、PHP研究所 刊)』より。
此処数日、関東では通り雨が続いているね。
秋の気配を空に感じる今日この頃だよ。
さて今夜お話しするのは、怪奇事件とはいえど、心霊関わりではない。
時代はパリ万博が開かれた頃――
1889年5月、エッフェル塔が建設された年の事だ。
世界万国博が開催されたパリには、世界中から大勢の見物客が集まって来て、大変活気付いていた。
そんな或る日、1人の裕福なイギリス女性とその娘が、インドからの船でマルセイユに着き、マルセイユから汽車でパリに向った。
2人はパリの駅からタクシーで、ホテル・○○○ンに乗り付けた。
しかし急に思い立った旅行だったので、彼女達は前もってホテルの部屋を予約していなかった。
折悪しく、万国博見物に世界中から集まった客達で、パリのホテルは何処も客室が無かった。
2人がタクシーで乗り付けたホテル・○○○ンも、3階に1人部屋が1室空いてるだけである。
2人は困り果てたが、「1人部屋でも、兎に角泊れるだけ幸いだ」と考え、泊る事にした。
2人はフロントで宿帳に記帳してから、豪華なインテリアで飾られた342号室に案内された。
赤ビロードのカーテン、淡い薔薇色の壁紙、ゴブラン織のソファ、マホガニーのテーブル等、全てが一流ホテルの名に恥じない、豪奢な造りだった。
如何に1人部屋でも、これならゆっくり出来そうだと、娘が一息入れた途端、母親が――
――急に気分が悪いと言って、ソファの上に崩折れた。
長旅の疲労かもしれないと思ったが、あまり酷い苦しみ方だったので、娘は母親をベッドに寝かせ、フロントに降りて支配人に至急、医者の往診をお願いしたいと言った。
娘はフランス語が話せないので、支配人は片言の英語で応対した。
それでも何とか話は通じて、間も無く医者が駆け付けた。
医者は342号室に案内されて、苦しんでいる母親を診察し、おろおろしている娘に、片言の英語で「何処からの御旅行ですか?」と尋ねた。
娘が「インドからです」と答えると、医者は支配人の耳元で、何やらフランス語でひそひそ話し始めた。
2人の暗い顔に、娘は不安でいっぱいになり、我慢出来なくなって、「先生、母の容態は如何でしょう?」と英語で医者に問い掛けた。
「決して良いとは申せませんな」と医者は片言の英語で答え、今、此処にこの病気に効く薬を持ち合せていないのだと言った。
その薬が有れば、もしかしたら母親は命を取り留めるかもしれない。
しかし何時病状が急変するやも知れず、医者の私は、病人を後に残して行く事は出来ない……。
「じゃあ私が、その薬を頂きに参りますわ!」
娘が急き込んでそう言うと、医者は自分の妻に宛てて手紙を書き出した。
娘はその手紙を持って、医者の乗って来た馬車で直ぐに出発した。
馬車の歩みは鈍く、娘は母親の病状を思うと、いてもたっても居られなかった。
一刻を争うという事態なのに、しかし御者は、そんな娘の苛立ちを思い遣ろうともしない。
漸く医者の邸に着くと、娘は馬車から飛び降り、急いで医者の妻に手紙を差し出した。
此処でもまた、苛々する程待たされた。
かなりの時間が経った後、医者の妻は奥から出て来て、薬を渡してくれた。
引っ手繰る様にして受け取ると、お礼もそこそこに娘は馬車に飛び乗る。
しかし相変らず、馬車は来た時同様、のろのろと走り続ける。
「もっと早く走って頂けませんか!
母の病状が一刻をも争うんです!」
娘が英語で必死にそう言っても、御者は言葉が通じないらしく、一向に急ごうとはしない。
そんな訳で、それ程遠い距離でも無かったのに、往復するのに4時間も掛かってしまった。
ホテルに着くなり、馬車から飛び降りた娘は、ホテルのフロントに突進した。
「如何でしょうか!?
母の具合は!?」
娘が息せき切って尋ねると、どういう訳か支配人は、きょとんとした顔で彼女を見た。
「お母様とは、それは一体……?」
娘は度肝を抜かれた思いで――
「あら!さっき342号室で倒れて、お医者様を呼んで頂いた母の事ですわ!
それで私は、お医者様に言われて、薬を取りに行ったんではないですか!
貴方だって、その場にいらしたでしょう!?」
「失礼ですが、私には何の話かさっぱり。
お嬢さんは初めから、お1人で此処にいらっしゃいましたが……?」
娘はあまりの事に、顔から血の気が引く思いがした。
「良く思い出して下さいな!
私は今朝早く、母と一緒に此処に来ました!
…じゃ、宿帳を見せて下さいますか!?
私と母の名前が記帳されている筈ですから!」
支配人は落ち着き払って宿帳を取り出し、その日の頁を開いて娘に差し出した。
娘は自分達の名前を必死に探したが、信じられない事に、母の名前は無く――
――そこには、彼女1人の名前だけが、書かれていた。
「如何です?
お嬢様お1人の名前しか、記帳されてないで御座いましょう?」
支配人は平然と微笑した。
「………だって…だって…そんな筈は…!」
娘は狐に抓まれた様な思いで、暫くは声も無かったが、気を取り直して尚、こう言い募った。
「そんな筈は有りません!
私は確かに母と一緒にこのホテルに着いて、宿帳にも母と一緒に記帳しましたわ!
それから、私達は3階の342号室に案内されて……!」
娘は、思い出した様に、ハッと顔を輝かせた。
「そうだわ!その342号室に行けば判ります!
母はそこで、確かに苦しみ、寝込んでいたんですから!」
娘の大変な剣幕に、支配人はあくまで冷静に答えた。
「342号室には数日前から、別のお客様が滞在しておられます。」
「兎に角!…連れて行って下さい!」
娘は声を荒げた。
「そこまで仰るのなら……幸い342号室のお客様は只今お留守にしていますから、特別にお部屋をお見せ致しましょう。」
娘の剣幕に気圧された支配人は、渋々とそう言って、娘を3階の342号室に連れて行った。
1歩入るなり、娘は自分の目を疑った。
さっき通された部屋の様子とは、全く異なっていたからである。
娘は呆然として、辺りをぐるりと見回した。
赤ビロードのカーテンも、淡い薔薇色の壁紙も、マホガニーのテーブルも、消えてしまっている。
無論、母の姿は、影も形も無い……
「これで御納得頂けましたか?
失礼ながら、お嬢様は、何か思い違いをしていらっしゃるのでは…」
娘は訳も解らず、ただ涙を浮べて、途方に暮れた様子で立ち竦んでいた。
そして、藁にも縋る思いで、こう頼んだ。
「それでは…お医者様に会せて下さい!
その方に会えば、全て解る筈だわ!」
支配人はうんざりしている様子だったが、仕方なくホテル付の医者だと言う男を、娘に引き合せた。
その男は、確かに先程母を診察した医者だった。
「覚えて居て下さいましてよね、私の事!
ついさっき、私の母を診察して下さり、私に薬を取りに行く様、お命じになられたんですから!」
しかし医者は片言の英語で戸惑った様に、「お嬢様は、何か勘違いしていらっしゃるのでは……」と言うだけだった。
もう何が何だか解らない。
どうして良いかも解らない。
自分は何か悪い夢でも見ているのだろうか……?
追詰められた娘は、パリのイギリス大使館に行って、助けを求めた。
その足で警察にも行って、母の失踪届けを出した。
大使館でも警察でも、人々は彼女の話を聞いて心から同情してくれたが、だからといって彼女の為に何かしてくれようとはしなかった。
挙句の果ては、娘は異常者扱いされ、イギリスに強制送還されて、精神病院に入れられてしまったという……
――後年、この事件の謎は、解き明かされた。
真相は下記の通り。
その日、ホテル・○○○ンに着いたばかりの母親が、急に苦しみ出して倒れた。
そして医者が診察した結果――
――娘の母親は恐ろしい伝染病である『ペスト』に罹っている事が判明したのである。
どうやらペストの発源地として有名なインドに行った事で、感染してしまったらしい。
医者からこれを聞いたホテルの支配人は、ショックで蒼くなった。
万国博の真っ最中に、パリでペスト患者が出た事が公に知れたら、大変な事態になってしまう。
下手をすれば、パリ中のレストランやホテルが営業停止に追込まれるだろう。
そうなったらパリ市民にとって死活問題だ。
窮地に立たされたホテルの支配人は、苦肉の策を取った。
医者と相談して、偽の手紙を娘に持たせ、薬を取りにやらせた。
前もって御者には、馬を出来るだけゆっくり走らせる様命じた。
そして娘が薬を取りに行ってる間、苦しみながら息を引き取った母親の遺体を他所に移し、市当局に赴いて一部始終を報告。
市からもペストの件は秘密厳守を命じられ、ホテルの全従業員に箝口令が敷かれた。
342号室には直ちに室内装飾屋が入り、娘が居ない間に室内をガラリと変えてしまったのだ。
当時ペストの死亡率は60~90%。
かつて14世紀後半には、ヨーロッパ全人口の1/4を死に至らせたという…
…それ故根強くヨーロッパ圏を覆っていた恐怖から生み出された、悲しい事件だった。
結構な数の書籍に『実話』として載っている話なのだが、正直なところ嘘臭く思わなくもない。
あまりに話が出来過ぎてやしないかとね。
何処かの国で、試着中に日本人が攫われて売られたというデマが、以前実しやかに伝えられていたが、それと似た都市伝説ではないだろうか?
舞台となったホテル・○○○ンは、今でもパリの老舗高級ホテルとして営業中だ。
ただ切っ掛けとなる事件が起り、噂が出来上がった可能性は有るかもしれない。
何は兎も角、外国に訪れた際は気を付けた方が良い。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは20本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『ヨークシャーの幽霊屋敷 ―イギリス世にも恐ろしいお話―(桐生操 著、PHP研究所 刊)』より。