やあ、いらっしゃい。
昨夜はヨーロッパの伝承話を紹介したが、今夜は日本の伝承話を紹介しよう。
昨夜の話と負けず劣らず残酷な話なので、苦手な方は止めておいた方が良い…特に妊婦さんにはお勧め出来ない。
何処の国の伝承話にも、残酷な物が多く見受けられるが、これは実際にそういった残酷な事件が在った為だろう。
北陸地方に伝わる昔話だ――
昔、或る所に殿さんが在った。
殿さんの嫁様というのが、それはもう口では言われん程美しかったがや。
所がこの嫁様、美しいけれど、1度も笑った事が無い。
殿さんは、どうか1ぺん、可愛い嫁様の笑顔が見たい、声な聞きたいと思った。
「わしの嫁様を笑わした者には褒美を取らすぞ!」
そう言って国中にお触れを出した。
嫁様を笑わせようと、国中のおどけ者がやって来た。
おかしな話や身振りをして見せたが、それでも嫁様は笑わんがやと。
或る時、1人の孕み女が、うっかり殿さんの行列を横切った。
「無礼者、手討ちじゃ!」
殿さんは喚いた。
家来は孕み女を捕え、縄を掛けて屋敷に連れて行った。
「ごめんなして!
ごめんなして!」
庭に引き出された孕み女は、泣いて謝った。
殿さんの横に嫁様も座って、この哀れな孕み女を見下ろしていた。
「何とぞ、腹の子の為に御慈悲を……!」
孕み女は美しい嫁様に向って、祈る様に頭を摺り寄せ頼んだ。
嫁様は冷やかな美しい顔を背けると、早く斬れと言わんばかりに殿さんを見た。
「早う斬れ!」
殿さんは家来に顎をしゃくった。
孕み女は台の上に乗せられた。
家来は泣き叫ぶ孕み女の腹を目掛け、一刀の下に斬った。
腹はざっくり裂け、中の赤子が飛び出した。
――そん時だった。
ふいに、嫁様が美しい声で笑った。
止め処も無く、喉を鳴らし、ころころ笑った。
その顔の可愛さといったら、口で言われん程やった。
「笑った!
笑った!」
殿さんは膝を叩いて叫んだ。
3年の間、1度も笑った事の無い嫁様が、とうとう笑ったのだから、殿さんは有頂天になった。
それからというもの、殿さんは嫁様の笑顔が見たくて、どうもこうもならんようになった。
家来に命じ、道を通る孕み女を捕まえて来させては、嫁様の見ている前で、有無をも言わさず腹を断ち裂いた。
その度に嫁様は、目をじっと離さず、美しい声で高く笑ったやがと。
その内殿さんは、孕み女の腹を裂く事に取り憑かれてしもた。
そうせんでは1日も居られんようになり、狂った様に孕み女の腹を裂いた。
国中の孕み女は、殿さんが恐ろしゅうて、うかうか外へも歩けんようになった。
そこで外を歩く時は、袖無しを拵えて、お腹の大きいのを隠し、逃げるように歩いたがやと。
……殿さんも恐いが、嫁様はもっと恐ろしい。
人殺しを前に微笑んで居られるなぞ、とても人間とは思えないよ。
淡々とした調子と、あやふやな落ちから、妙にリアリティを感じられるが、もしも事実起きた話だとしたら……この地での出生数は異常に減少、後年田畑を耕す人間が居なくなって、国は寂れただろうね…。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは24本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『日本の民話10 ―残酷の悲劇― (松谷みよ子、瀬川拓男、清水真弓、大島広志、編著 角川書店、刊)』より。
昨夜はヨーロッパの伝承話を紹介したが、今夜は日本の伝承話を紹介しよう。
昨夜の話と負けず劣らず残酷な話なので、苦手な方は止めておいた方が良い…特に妊婦さんにはお勧め出来ない。
何処の国の伝承話にも、残酷な物が多く見受けられるが、これは実際にそういった残酷な事件が在った為だろう。
北陸地方に伝わる昔話だ――
昔、或る所に殿さんが在った。
殿さんの嫁様というのが、それはもう口では言われん程美しかったがや。
所がこの嫁様、美しいけれど、1度も笑った事が無い。
殿さんは、どうか1ぺん、可愛い嫁様の笑顔が見たい、声な聞きたいと思った。
「わしの嫁様を笑わした者には褒美を取らすぞ!」
そう言って国中にお触れを出した。
嫁様を笑わせようと、国中のおどけ者がやって来た。
おかしな話や身振りをして見せたが、それでも嫁様は笑わんがやと。
或る時、1人の孕み女が、うっかり殿さんの行列を横切った。
「無礼者、手討ちじゃ!」
殿さんは喚いた。
家来は孕み女を捕え、縄を掛けて屋敷に連れて行った。
「ごめんなして!
ごめんなして!」
庭に引き出された孕み女は、泣いて謝った。
殿さんの横に嫁様も座って、この哀れな孕み女を見下ろしていた。
「何とぞ、腹の子の為に御慈悲を……!」
孕み女は美しい嫁様に向って、祈る様に頭を摺り寄せ頼んだ。
嫁様は冷やかな美しい顔を背けると、早く斬れと言わんばかりに殿さんを見た。
「早う斬れ!」
殿さんは家来に顎をしゃくった。
孕み女は台の上に乗せられた。
家来は泣き叫ぶ孕み女の腹を目掛け、一刀の下に斬った。
腹はざっくり裂け、中の赤子が飛び出した。
――そん時だった。
ふいに、嫁様が美しい声で笑った。
止め処も無く、喉を鳴らし、ころころ笑った。
その顔の可愛さといったら、口で言われん程やった。
「笑った!
笑った!」
殿さんは膝を叩いて叫んだ。
3年の間、1度も笑った事の無い嫁様が、とうとう笑ったのだから、殿さんは有頂天になった。
それからというもの、殿さんは嫁様の笑顔が見たくて、どうもこうもならんようになった。
家来に命じ、道を通る孕み女を捕まえて来させては、嫁様の見ている前で、有無をも言わさず腹を断ち裂いた。
その度に嫁様は、目をじっと離さず、美しい声で高く笑ったやがと。
その内殿さんは、孕み女の腹を裂く事に取り憑かれてしもた。
そうせんでは1日も居られんようになり、狂った様に孕み女の腹を裂いた。
国中の孕み女は、殿さんが恐ろしゅうて、うかうか外へも歩けんようになった。
そこで外を歩く時は、袖無しを拵えて、お腹の大きいのを隠し、逃げるように歩いたがやと。
……殿さんも恐いが、嫁様はもっと恐ろしい。
人殺しを前に微笑んで居られるなぞ、とても人間とは思えないよ。
淡々とした調子と、あやふやな落ちから、妙にリアリティを感じられるが、もしも事実起きた話だとしたら……この地での出生数は異常に減少、後年田畑を耕す人間が居なくなって、国は寂れただろうね…。
今夜の話はこれでお終い。
…それでは24本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……どうか気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは絶対に振り返らないようにね…。
『日本の民話10 ―残酷の悲劇― (松谷みよ子、瀬川拓男、清水真弓、大島広志、編著 角川書店、刊)』より。