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方程式の解法とその長く古過ぎる歴史(補足)〜エヴァリスト・ガロアを巡る旅、その6

2021年01月26日 05時54分20秒 | エヴァリスト・ガロア

 一昨年の5月以来の”ガロア訪問”です。”ガロアを巡る旅、その5”では3次方程式のガロア群の最後で頓挫してしまい。以来、1年と8ヶ月ほど放ったらかしでした。
 長くご無沙汰しすぎたので、簡単におさらいします。
 エヴァリスト・ガロア(仏、1811-1832)は20歳の朝、銃による決闘で命を落としました。というのも、決闘に破れ負傷したガロアは放置されたままでした。しかし、通りすがりの農夫により病院へ運んだ時は既に時遅しで、ガロアは腹膜炎を起こし、死亡しました。
 でも、弱冠20歳の天才の死は多くの人に惜しまれ、3000人近くもの人が葬儀に訪れたとされます。

 決闘前夜に書いた遺書は一篇の論文でした。その論文こそがその後に”ガロア理論”と呼ばれるもので、現在に至るまで数学界に大きな影響を与え続けています。
 因みに、ガロアの遺書には”私は2、3の新しい事を成し遂げた。1つは方程式論でもう1つは積分に関するものだ。でも最初の奴は1年前に学士院に提出したが、理解されなかった”と書かれてた。この方程式論こそが”ガロア理論”だったんですね。
 ガロアが解いたのは300年も未解決の問題で、”2次3次4次方程式は四則演算と2乗根や3乗根などのべき根(べき乗)を取る操作で解く事が出来るが、5次以上の方程式では解く事が出来ない”というものでした。
 この難題を説き伏せる為にガロアは、「群論」と呼ばれる新しい数学を編み出した。n次方程式のn個の解の”区別のしづらさ”を群により表現し、方程式の解法に繋げたのです。

 以下、「天才ガロアの発想力」(小島寛之著)から一部抜粋です。
 

古代エジプトと古代バビロニア

 人類の歴史に初めて方程式が登場したのは、紀元前17世紀よりも昔の古代エジプトの時代でした。紀元前1650年頃に古代エジプトの神官アーメスがパピルスに書き記したのが始まりでした。
 ”その数の3分の2と2分の1と7分の1と、その数自身を加えると37になる。その数とはいくらか?”
 これを式で表せば、2x/3+x/2+x/7=37という立派な1次方程式になります。
 しかし、別のパピルスには1次方程式だけでなく、2次方程式も記されてました。
 ”2つの正方形の辺の比が4対3で、面積の和が100となる様にせよ”という問題で、式に直せば、x/y=4/3とx²+y²=100で2次方程式になりますね。

 2次方程式を最初に解いたのは、何と今から約3600年以上も前の古代バビロニア人(紀元前1600年)でした。 
 ”正方形の面積から1辺を引いた値が870であるなら、その正方形の1辺の長さは?”という問題とその解法が記されてました。
 式で書けば、x²−x=870となりますが、解法は今の2次方程式の公式と同じ計算が用いられてました。
 ”まず1の半分をとれば、0.5である。0.5と0.5を掛ければ0.25になり、これに870を加えると870.25になる。これは29.5の2乗であり、29.5に0.5を加えると30になる。これが求める正方形の1辺である” 
 事実、30²−30=870となり、ちゃんとした解になってます。3600年以上も前に、2次方程式の解の公式が知られてたとは、驚き以外の何ものでもないですね。


インド数学

 しかし、エジプトやバビロニアでは数式の表現がなかったのと、負の数を認識できなかった為に、今のようなハッキリとした形の”解の公式”は存在しませんでした。
 7世紀頃のインドの天文学者プラマグプタや12世紀の天文学者バスカラにより、完全な2次方程式の解法が与えられた。
 つまりインド数学の偉業は、”2次方程式には解が2つある”というのを認めた事でした。
 ”解が2つある”事に到達できた理由は、インドでは元々、正の数と負の数を利益と負債に対応させ、理解してました。
 この様に負の数を認める事で2次方程式に正の解と負の解がある事をスンナリと受け入れられたんです。
 またインド数学以前は、係数を正に限定する為、方程式を分類する必要があり、解の公式はとても面倒なものでした。しかし係数に負の数を許す事で2次方程式をax²+bx+c=0と一括して表現でき、”解の公式”を得る事に成功しました。

 現在では2次方程式の解は、ax²+bx+c=0の両辺をaで割れば、x²+ax+b=0の形で表せ、解の公式を与えれば、x={−a±√(a²−4b)}/2となります。
 この解の公式を初歩的に解けば、x²+ax+b=0をx²+ax=−bと変形し、この両辺に(a/2)²を加え、x²+ax+(a/2)²=(x+a/2)²=(a/2)²−b=(a²−4b)/4を得ます。
 故に、x+a/2=±√(a²−4b)/2となり、x={−a±√(a²−4b)}/2を得ます。
 これは、左辺が1辺がxの正方形x²と、2辺がaとxの長方形axの和と考えれば、理解しやすいですね。


3次方程式の舞台はイタリアに

 2次方程式が終わった後は3次方程式ですが、ここからが結構ややこしくなります。
 上述した様に、2次方程式の解法までは古代に解ってましたが、3次方程式の解法の発見には16世紀のイタリアまで待つ必要がありました。この頃のイタリアは”ルネッサンス”の時代で、千年にも及ぶキリスト教の呪縛から逃れ、イスラム文化経由でギリシャやローマの文化を復興する運動でした。
 3次方程式の解法の発見の中心人物は、フォンタナカルダノという数学者でした。
 まずフォンタナはax³+bx²+c=0とax³+bx+c=0の双方のタイプの解法を発見してました。一方カルダノは、フォンタナを誘惑し、3次方程式の完全解法を打ち明けさせます。ヨーロッパで1、2を争う程の有名な開業医のカルダノは強欲で姑息な一面もありましたから、貧乏で純粋な数学者を騙す事くらい簡単な事でした。
 1545年の著作「アルスマグナ」の中で解の公式を公表します。お陰で今でも3次方程式の解法は”カルダノの公式”と呼ばれてます。
 しかし、これは歴史の悲劇でもあり、皮肉でもあった。カルダノが公表しなかったら、3次方程式の解の公式が人類の目に触れるのが数百年は遅れたとされるからです。
 つまり、カルダノはフォンタナにとっては裏切り者ですが、人類にとっては貢献者なんですね。

 因みに、3次方程式の解の公式ですが。一般的に3次方程式はx³+ax+b=0という形に変形できます。そこで、b²/4+a³/27=Dとおき、u=³√(−b/2+√D)、v=³√(−b/2−√D)、ω=(−1+√3i)/2とすれば、解はu+v、ωu+ω²v、ω²u+ωvの3つとなります。但し、Dは3次方程式の判別式と呼ばれ、x³=1の複素数の解ω=(−1+√3i)/2、ω²=(−1−√3i)/2です。
 補足ですが、x³−1=(x−1)(x²+x+1)=0と分解でき、3乗根の1つはx=1。x²+x+1=0を解くと、もう2つの解はx=(−1±√3i)/2となる。複素数解の1つをω=(−1+√3i)/2とおくと、ω²=−ω−1=(−1−√3i)/2。勿論、ω³=1になります。

 一方で一般的な3次方程式は、x³+px²+qx+r=0と2次の項があるのですが、”チルンハウス変形”を使えば2次の項が消せます。x=y−p/3を代入し、yの式で整理すると、y²の項が消え、2次の項がないx³+ax+b=0の解法を考えるだけで済みますね。
 実は3次方程式の解の公式は、高校でも大学(多分)でも教わりません。以下でも述べますが、悍しい程にややこし過ぎて、教育に適さないのです。
 事実、2次方程式x²+bx+c=(x−α)(x−β)=0の判別式D=(α−β)²=b²−4cと簡単な式で表せます。しかし、3次方程式のx³+ax+b=(x−α)(x−β)(x−γ)=0の判別式D=b²/4+a³/27は、4×27×D=(α−β)²(β−γ)²(γ−α)²を満たしますが、証明はとてもややこしいので省略です。
 ただ、解の公式に現れる判別式の類似性が”3次方程式に解の公式が存在する理由”と深い関係があるのですが、ガロア理論も3次方程式から急激に難しくなります。ここら辺は覚悟が必要ですね。

 そこで、x³−7x−6=0を例に取り、高校レヴェルの簡単な3次方程式を解いてみます。
 まず、x=3が解になる事は明白ですから、左辺=(x−3)(x²+3x+2)=0。次にx²+3x+2=0の解x=−1、−2が求まる。
 しかし、これを解の公式で求めると異常にややこしくなる。a=−7、b=−6からD=−100/27となり、√D=10√3*i/9。u=³√(−3+10√3*i/9)、v=³√(−3−10√3*i/9)。
 3つの解は、uとvとω=(−1+√3i)/2を用い、u+v、ωu+ω²v、ω²u+ωvをそれぞれ計算するのだが、それらが3、−1、−2になるとは到底思えない。つまり、整数解を持つ3次方程式は因数分解で簡単に求まるが、解の公式を使うと複素数を使う複雑な計算を強いられ、非効率的だから、教育には向いてないのだ。

 長くなったので今日はここまでです。我々が普段目にする方程式の解法に、こんな古い歴史があったとは少し驚きですね。
 次回”その7”では、フォンタナの奇抜な解法と悲運の生涯についてです。



5 コメント

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ビコさんへ (象が転んだ)
2021-01-26 16:02:14
すんません。訂正です。
ω²=−ω−1=(−1−√3i)/2でした。
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ビコさんへ (象が転んだ)
2021-01-26 15:42:22
多分、x³=1の複素数の解はω=(−1+√3i)/2、ω²=(−1−√3i)/2の所が少し混乱しますね。
x³−1=0はx³−1=(x−1)(x²+x+1)=0と因数分解できるから、x³=1という3乗根の1つはx=1です。次にx²+x+1=0を解の公式を使っで解くと、もう2つの解はx=(−1±√3i)/2となります。
ここで、複素数解の内の1つをω=(−1+√3i)/2とおくと、ω²=−ω−1=(−1+√3i)/2となります。勿論、ω³=1になりますね。
これ補足しときますね。お陰でこちらも勉強になります。

3次方程式になると、3乗根の概念が登場するので急激に難しくなります。
しかしガロアは、極論を言えばですが、新型コロナを収束させるよりも数百倍も難しい難題を僅か19歳で解きました。300年の難題を”私には時間がない”と言いながら証明したんです。勿論、当時の偉大な数学者達が理解できる筈もないですよね。
しかし、この偉大な超新星は1人の女の為に死んでしまいます。
但し、ガロアの若すぎた悲劇の死にはいろんな説もあり、自ら死を選択したとか、革命運動中に流れ弾に当たり死んだとか、陰謀説に近いのも流布してます。 

ガロアやアーベルが今の時代に生きてたら、大げさですが僅か1、2週間ほどで新型コロナを解決出来たでしょうね。それだけの大天才だったんです。
因みにガロアに関しては様々な伝記本があるので、興味があれば読んでみるのも面白いかもです。
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#114さん (象が転んだ)
2021-01-26 15:36:54
多分その本はMDソートイの「シンメトリーの地図帳」ですね。
多分、新型コロナの遺伝子配列はとてもシンプルでシンメトリックだと思います。だから自在に変異できるんですよ。
でも方程式と同じで、変異には限界があると思う。変異さえ止まれば、毒性も感染力も収束する筈ですから。
ま、そこまでの辛抱ですよね。
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Unknown (kaminaribiko2、)
2021-01-26 10:03:28
数学的な内容はいまいち理解できませんでしたが、ガロアが銃による決闘で亡くなったという三面紙的エピソードに激しく興味を唆られました。もっと知らたいかも。
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対称性とガロア群 (#114)
2021-01-26 08:07:28
ある本で読んだんだけど
シンメトリーに優れた生き物は
長い生きするって

同じように方程式も
ある種の対称性があれば
明確な公式が存在するって事かな
という事は新型コロナも
DNAの配列に対称性があれば
しぶとく生き延びるってことか
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