「舟を編む」「神去なあなあ~」で好きになって、この本を予約していた。多めに来た本の中から一番に読んだが、雰囲気としては「舟を編む」のようにチームで本を作っていく話。ここでは「社史」
ただ、社史というのが身近でない。
私が某財閥系の会社にいた若いときには、役員室や来賓用の部屋の戸棚などに、箱に入った分厚い社史が並んでいた。社業に非常に貢献した言う逸話のある顧問が入院した。見舞いと連絡役を頼まれたが、病院で社史を書いていると聞いた。広い病室のベッド脇に書棚があったが、資料置き場のような体裁だったのに、そこは見舞いの花が溢れていた。
その時、社史を書き継ぐことは長く勤めた役員の現役退任間近な仕事だと思い込んでしまった。
この星間商事は61年目という半端な区切りで初めて社史を作る。まずまずの歴史はあっても、それが今の社内ではすぐ知れるような事ではなく、社史編纂といういわば閑職に回る人もなかったようだが、折りよく毛色の違った4人がその仕事を任される。
何かを作り始めるという緊張感もなく、資料集めはしながらも、個人の趣味や、アフターファイブ(今でも使う?)にいそしんでいる毎日。
社史編纂室という名前はあるが部長は顔も見たことがなく課長も勝手なフレックスタイム出勤で、気の抜けた部署である。
主人公の川田幸代はコミケで高校の友人三人と、小説を載せた同人誌を売ることに時間を費やしている。
資料を読んで見ると1950年から60年にかけて会社は急成長し、戦後の復興事業の盛んな頃、他の大商社に混じって東南アジアでの取引で大成功を収めたらしい。
しかしその時代にはなにかいわくがあるのか、退社した元社員の口が重い。「触れるな」という意味のはがきが来たりする。
これが社史編纂のネックではあるが、既に窓際の席が確定の課長以下三人は、逆にファイトを燃やす。
不明瞭な点については当時の反派閥や外れたルートで何とか記事が埋まる。このことで反響があったこともあって、次第にペースも上がり、期日に間に合ってめでたく発刊の運びとなる。
社史編纂の話はこういう流れなのだが、やはり繰り返すようだが国にまで影響を与えたとか、時代の流れを変えたとかという会社なら社史も対外的に影響があるだろう。名もない中堅商社は社史も社内でも関心がなく、一部の過去の人たちの感傷のような部分がある。
社史の暗部が表向きにできないことで編纂室でこの部分は同人雑誌としてはどうかという話になる。また仕事が増えたという思いもあるが、課長が張り切って書いた小説はそれとなく真相をにおわせた時代劇風のものだったが、一応、裏社史として付録的に作ることになる。これはコミケで売ろう!!
沈滞ムードの編纂室に活気が戻るが、形が変わっただけであって、読み手にはあまり響かない。
戦後の商社の歴史も、特別なものではない。
それぞれ年ごろで合コンや飲み会もあり、友人の結婚式にも出たり、複雑な気持ちを抱えている。
編集室の面々もいまどきの一般的な若者である。
読後感としては、少しものたりない厚みのかけるものだった。
三浦しをんという作家の文章の魅力は随所に見られるが、やはりテーマが良くないのかな、大掛かりになりそうなミステリ仕立ての部分もあっさり通過してしまっている。そして最後にはメンバーの恋愛などもすんなりめでたく収まる。
そういう話も軽いかな。
コミケで売っている川田幸代の同人誌の中の小説も挟んでいるが、コミケで人気の作品とはいえ流行のボーイズラブではなく中年男性と青年の恋愛話。
課長の書いた小説は時代物の「お前も悪よのう」式で贈賄を探る隠密小説。
社員が余暇の趣味で書いた小説は、軽い遊びかもしれないがこの本の中で引用されて随分多くのページを割いている、その割りに面白くない。
何年か前に読んだ「二流小説家」では、作者が生きていくために書いたポルノ、文芸作品、文学論、ミステリなど多岐にわたる作品が挿入されていたが、どれも独立させれば読み応えがあるだろうというものでその部分だけでもとても面白かった。
三浦しをんさんのパンチの効いた文章の才能が生かされていない気がした。
予約してある[まほろ駅前多田便利軒 シリーズ」か、評判のいい「私が語り始めた彼は」、「エッセイ」などを読んで見よう。
また印象が変わるかもしれない。