竜崎は大森署に馴染んでいる。
朝の新聞でアメリカ大統領来日のニュースを知る。所轄に直接知らせは無いが、大統領専用機は羽田空港に着く。大森署の管内だが三ヶ月も先のことだ、上の指示に従えばいい立場だと思っていた。
一日署長に人気のアイドルが来て、所内は浮つき気味で雰囲気が明るかった。
その後に見た書類で、今回の大統領来日の際、竜崎を方面警備本部の本部長にするという辞令が届いていた。警視庁内では来日の準備が始まっているのだろうが、自分が本部長とは納得できない。
大森署は方面本部の下にある、序列から言えば管轄の署長等より方面本部長が任命されるのが筋ではないか。竜崎は間違いでは無いのか、即確かめに行く。
警視庁の藤本警視監は磊落な人物で、方面部長からの推薦だと言い、身分は竜崎が上なのだからいいではないかという。引き受けざるを得ない状況で、それならすぐに取り掛かろう。それが竜崎流だった。
本部の警備課から女性キャリアの畠山が来る。長身の美女だった。補佐官を命じられたと言う。かすかに覚えている程度だったが、竜崎は一目見て恋をした。
ここからがナンだろうな・・・の展開。
彼は夜も眠れない、同行すればワクワク、誰かと話していると嫉妬、一時も頭から離れ無い。
悩みも理詰めである。
これは人間の理性の範疇をはるかに超えているからだ。社会的な規範も、常識も法律も超えている、いや、そういうものとは別の次元にある。
自分自身で制御できない感情というのは、それだけで十分に犯罪的だ。
不倫はもちろん犯罪だ。だが、それは社会的な罪に過ぎない。恋愛自体は、社会性をはるかに超える罪悪かも知れない。
などと考える。こういう理屈を持って回る、と言うことが既に恋愛に不向きなのだが、彼は気づきもしない。
恵まれた家庭とキャリアを踏み潰すことになると、目標のために邁進してきた彼の常識や倫理感まで踏み外すことになる。と言う考えが又、滑稽さの上塗りをする。こんな悩みを伊丹にまで相談する。
古今東西同じような悩みを抱えた人はかずかぎりなくいるはずだ。
何か良い解決法はないかと書店にはいる。「葉隠れ」は武士のやせ我慢だ。
宗教コーナーはどうだろうと、三冊買ってきた。それの中に「婆子焼庵」を見つけた。禅宗の歴史書だそうで、感じるところがあった。彼なりに今の状態から距離を置いて俯瞰する心境に近づいてくる。
この話にはほとほと苦笑させてくれる、なかなかのエピソードだった。無くても良かったけれど・・・(笑)
羽田の警備は進んでいたが、先行して来日しているCIAの職員二人は竜崎も一目おく働きぶりだった。日本人のスパイで内部からの連絡係がいるらしいと言う情報が入り、にわかに緊張感が増す。
空港を閉鎖せよとCIAはいう。しかし竜崎は莫大な損害と利用者の不便、警護の手配などを考えて閉鎖の命令ができないでいる。軋轢が増す中で、やっとスパイたちを拘束。
大統領を無事迎えて次の訪問地京都に送り出す。
竜崎が指揮する警護の様子と、恋愛から開放されるには行動に移せという伊丹、戸高の地道な捜査振り、藤本警視監のいわば津川雅彦風に、豪放磊落に見える口調、話の中には登場人物の面白い華が添えてある。
今回は竜崎のおかしな恋物語があって緊張感も余りないが。まぁ流れで読んだ。