いー「てぃー」→「てぃー」ちゃー(ティーチャー)
自分にとっての、先生。
映画では淀川長治、田山力哉、橋本忍。
実生活では・・・
小学生のころ自分を殴ってくれた高荷先生(しかし殴って「くれた」という表現がもう、現代の感覚だとNGなんだろうね。しかし昭和的思考だの古くさいだのいわれようと、感謝しているのだから仕方ないっしょ)、
高校生のころシナリオを添削してくれた小倉先生、
専門学校生のころ「旺盛な筆力だが特む性格ゆえ穴に落ち込む一抹の懸念がないでもない」と見事に自分の性みたいなものをいい当てた鍛冶先生・・・くらいかな。
「感謝している師など、ひとりも居ない」というひとも居るから、まぁ恵まれたほうなのかもしれない。
物語の先生といえば、漱石の『こころ』と、世代的にはやっぱり『3年B組金八先生』シリーズ(79~2011・TBS)になる。
『はいすくーる落書き』(89・TBS)の斉藤由貴も『伝説の教師』(2000・日本テレビ)の松本人志も、最近まで放送されていた『3年A組』(2019・日本テレビ)の菅田将暉も悪くないけれど、
それはともかく、映画好きのクセしてテレビドラマの教師のほうがどんどん挙げられたりする。
新任教師が問題児たちと向き合って、ともに成長する―という展開は、120分前後よりも60分×10回とかのほうが説得力を持たせることが出来るのかもしれない。
『スクールウォーズ』の映画版(2004)が、そのいい例だものね。
照英は熱演していたものの、ワルガキがあっという間に「よい子」になってしまうので笑ってしまったよ。
以下、映画のなかの印象的な先生を思いつくままに。。。
『いまを生きる』(89)…トップ画像
ロビン・ウィリアムズが演じたキーティング先生。
「ことばは、なぜ発達した?」
「意思の疎通」
「不正解! おんなを口説くためだ」
こんな先生に教えてもらえるのだったら、そこそこ高い授業料でも受けたいね。
『おっぱいバレー』(2009)
男はパンチラを偶然見たというだけで、その日をゴキゲンに過ごすことが出来る愚かなイキモノだからね。
そのあたりをとことん突きつめていけば、もっと愉快なコメディになっていたかも。
でもまぁ、綾瀬はるかの魅力で最後までは観ていられるか。
『告白』(2010)
能天気な綾瀬はるか先生の対極に位置するのが、わが子を殺された松たか子先生。
授業は受けたくないが、映画のキャラクターとしてはしびれるほど魅力的。
『スクール・オブ・ロック』(2003)
教員免許も持たぬ「夢見がちなバンドおじさん」が、優等生過ぎる子どもたちに音楽の素晴らしさを説く。
王道といえば王道だが、主演ジャック・ブラックの個性によって新鮮に映る。
そして、ギター担当の子がえらく可愛かった。
『二十四の瞳』(54)
何度も映画化・ドラマ化されているが、やはり木下恵介×高峰秀子版で。
大石先生の旦那って、天本英世だったのだねぇ!
『さよならミス・ワイコフ』(78)
中年の女教師が黒人の学生にレイプされる―以前はテレビ放映もされた「海外版ロマンポルノ」だが、いまの感覚でいうと危な過ぎる問題作となるのでしょう。

ただ、映画としてはとてもよく出来ていた。
『キッズ・リターン』(96)
「―外ばっかり見てるんじゃない。どうせいつもバカたちだ」
ちょっとしか出てこない森本レオ。
ちょっとしか出てこないのに、あぁふつうの担任ってこんな感じだよなぁと思わせる実存感がある。
『ベスト・キッド』(84)
ミヤギさん。
まぁ、こうした広義の意味における先生をOKにしてしまうと、ヨーダやらオビワンやら赤ひげやら切りがないほど挙げられる・・・ので、このくらいにしておきましょうか。
次回のしりとりは・・・
てぃー「ちゃー」→「ちゃー」みんぐ。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『おんなのこみたい』
自分にとっての、先生。
映画では淀川長治、田山力哉、橋本忍。
実生活では・・・
小学生のころ自分を殴ってくれた高荷先生(しかし殴って「くれた」という表現がもう、現代の感覚だとNGなんだろうね。しかし昭和的思考だの古くさいだのいわれようと、感謝しているのだから仕方ないっしょ)、
高校生のころシナリオを添削してくれた小倉先生、
専門学校生のころ「旺盛な筆力だが特む性格ゆえ穴に落ち込む一抹の懸念がないでもない」と見事に自分の性みたいなものをいい当てた鍛冶先生・・・くらいかな。
「感謝している師など、ひとりも居ない」というひとも居るから、まぁ恵まれたほうなのかもしれない。
物語の先生といえば、漱石の『こころ』と、世代的にはやっぱり『3年B組金八先生』シリーズ(79~2011・TBS)になる。
『はいすくーる落書き』(89・TBS)の斉藤由貴も『伝説の教師』(2000・日本テレビ)の松本人志も、最近まで放送されていた『3年A組』(2019・日本テレビ)の菅田将暉も悪くないけれど、
それはともかく、映画好きのクセしてテレビドラマの教師のほうがどんどん挙げられたりする。
新任教師が問題児たちと向き合って、ともに成長する―という展開は、120分前後よりも60分×10回とかのほうが説得力を持たせることが出来るのかもしれない。
『スクールウォーズ』の映画版(2004)が、そのいい例だものね。
照英は熱演していたものの、ワルガキがあっという間に「よい子」になってしまうので笑ってしまったよ。
以下、映画のなかの印象的な先生を思いつくままに。。。
『いまを生きる』(89)…トップ画像
ロビン・ウィリアムズが演じたキーティング先生。
「ことばは、なぜ発達した?」
「意思の疎通」
「不正解! おんなを口説くためだ」
こんな先生に教えてもらえるのだったら、そこそこ高い授業料でも受けたいね。
『おっぱいバレー』(2009)
男はパンチラを偶然見たというだけで、その日をゴキゲンに過ごすことが出来る愚かなイキモノだからね。
そのあたりをとことん突きつめていけば、もっと愉快なコメディになっていたかも。
でもまぁ、綾瀬はるかの魅力で最後までは観ていられるか。
『告白』(2010)
能天気な綾瀬はるか先生の対極に位置するのが、わが子を殺された松たか子先生。
授業は受けたくないが、映画のキャラクターとしてはしびれるほど魅力的。
『スクール・オブ・ロック』(2003)
教員免許も持たぬ「夢見がちなバンドおじさん」が、優等生過ぎる子どもたちに音楽の素晴らしさを説く。
王道といえば王道だが、主演ジャック・ブラックの個性によって新鮮に映る。
そして、ギター担当の子がえらく可愛かった。
『二十四の瞳』(54)
何度も映画化・ドラマ化されているが、やはり木下恵介×高峰秀子版で。
大石先生の旦那って、天本英世だったのだねぇ!
『さよならミス・ワイコフ』(78)
中年の女教師が黒人の学生にレイプされる―以前はテレビ放映もされた「海外版ロマンポルノ」だが、いまの感覚でいうと危な過ぎる問題作となるのでしょう。

ただ、映画としてはとてもよく出来ていた。
『キッズ・リターン』(96)
「―外ばっかり見てるんじゃない。どうせいつもバカたちだ」
ちょっとしか出てこない森本レオ。
ちょっとしか出てこないのに、あぁふつうの担任ってこんな感じだよなぁと思わせる実存感がある。
『ベスト・キッド』(84)
ミヤギさん。
まぁ、こうした広義の意味における先生をOKにしてしまうと、ヨーダやらオビワンやら赤ひげやら切りがないほど挙げられる・・・ので、このくらいにしておきましょうか。
次回のしりとりは・・・
てぃー「ちゃー」→「ちゃー」みんぐ。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『おんなのこみたい』