「あっイテッ、結構派手にぶつかっちゃった、ごめんなさ~い」
立ち止まってすぐに謝るユキオだが、相手はそのまま泳ぎ続けて行ってしまった。
「よかった、また怒られるのかと思った」
偏屈な老人に怒鳴られたことを思い返し冷や汗が出た。
相手のスイムキャップを覚えておいて気を付けようと思った。
歩きコースに戻って一回りしたところで
「ようっ」
と声をかけられた。見るとさっきぶつかったスイムキャップの人だ。
うわっ、やばっ…
「さっきはどうも済みません、痛かったでしょう?」
先に謝っとくことにこしたことはない。
「あぁ何でもない、だいたい1つのコースなのに2人泳ぐんだから
ぶつかっちゃうのは当たり前さ」
「あっ、はい、でも済みませんでした」
「どっちが悪いってこともないしな」
「そうですよね、でもすごく怒る人もいますし」
「そうみたいだねぇ、まったくなぁ」
ユキオは相手の寛大な反応にむしろ驚いた。
「みんな先輩みたいな方だといいんですけど」
「ははは、年取ると怒りっぽくなる奴もいるからな」
「先輩はおいくつなんですか?」
「俺か?71だよ、ここじゃぁ平均的だろ」
「71歳が平均なんですか?」
「いや調べた訳じゃないから分からんけどな、大体そんなもんだろ」
「それじゃぁもっと上の人も来てるんですか?」
男はゴーグルを目からはずして周りを見渡した。
「ほれ、向こうのコースでおしゃべりしてるおばさんがいるだろ、
あの黄色いキャップの人」
「えぇ、はい」
「あのおばさんは79だってさ、今で言うあらエイティーだな」
「え~っ、すごいですね、さっききれいに泳いでましたよ」
「だろ、ナベちゃんって言ってな、ここの主みたいなおばさんだな」
「みんな愛称で呼ぶ仲間なんですね」
「ここだけの付き合いだから、名前なんか聞いてもすぐ忘れちゃうしな」
「とっても80には見えませんけど」
「そこが女のすごいところだ、男よりずっと長生きだからな」
そう言って笑う男もはつらつとしている。
「先輩だって71には見えませんよ」
「そうか、んじゃいくつだ?」
「えっと10は若く見えます」
「そっか、だけど若く見えるっていうのは年寄りに言う言葉だからな」
「そうなんですか?」
「君は若く見えるなんて言われないだろ?もともと若いんだから」
「あぁ、まぁそうですね、ここでは若造ですね」
「おれも仕事辞めてもう10年だ」