marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(133回目)

2016-09-16 22:23:55 | 日記
◆世界のベストセラー聖書を読む◆ またまた、僕の怠慢の為に133回目を書いて(めいっぱい)そのまま投稿しないでいたら、パソコンの調子が悪くアップデートなるものをあれこれやっているうちに見ると全部空欄となってしまっていた。そういえば、若かりしころ二人の学者さんのことを聞いたことがあった。(僕の怠慢とここで比較するのも月とすっぽんのようではあるが)一人は欧米人さんで(これも有名な人であったが名前忘却)航海の嵐でそれまで大変な苦労をして書いた膨大な原稿が被害に。日本人では仏教学者の中村元先生だったか編集者の方がこれも大変な量の原稿を紛失させてしまったそうな、でもいづれもへこたれず一から書き直したそうだ。で、その書かれたものは今の僕らでもお金を出せば読める(中村先生のは辞典だったような)。2度書いたからよく勉強になったとご不満は言わなかったそうです。で、僕の場合はくだくだと内面へこんでこうしてブログの半分まで文字が埋まっている。さて、気を取り直し、今回は短く結論を・・・
◆来年2017年は、M.ルター(以降M.L)さんの宗教改革から500年。なぜ、彼はその”新約聖書の序言”という論文の中で何を差し置いても”ヨハネ伝、彼の手紙第一”をまず読めと言っているのかよく考えてみることだ。今では、本当にありがたいことに沢山の情報があり、その中で"命の言葉"もその辺の広告チラシのようになってしまっている感がある。片手で新旧約聖書の持ち運べるし、さっぱりわからなくても読むことだけはできるし、ネットでも教会のメッセージは見れる。少し危なっかしいのもあるけれど。
◆僕の願いはすべてのしがらみ(僕がここで言っているのは聖書の使徒以降の歴史や今のすべての教派など、それから組織体、関係する人々からのすべてのしがらみ)から(これ実は難しいのよ)解放されて、自分の言葉でイエスの言葉を読み、生きている”真理の霊”とやらに直截、お教えを請いたいと心から願っているわけなのだ。ここに不完全な(他人)人間の言葉を絶対介在させないよう心がけて。・・・つづく