暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

西行庵・西行忌茶会-2 皆如庵席

2014年03月17日 | 献茶式&茶会  京都編
                 平安神宮近くの疏水のサクラ
                    (2013年4月撮影)
(つづき)
皆如庵の薄茶席へまわりました。
三度目の訪問ですが、ここでお茶を頂くのが夢でした。

濃茶席の11名を二手に分けて、私は後の席です。
腰掛待合で苔の美しい庭を眺め、
4名で濃茶席や鶯の鳴き声を思い出しながら待っていると、
さっと紫雨(しぐれ)が来て去っていきました・・・。

待合も一期一会、どのような方と出逢い、どのようなお話をするのか、
そのあとの茶席へつながる貴重な時間でもあります。
お話は忘れましたが、4人の心が寄り添ったひと時でした。

             
                     「皆如庵」の扁額

蹲踞をつかい、お正客さま(濃茶席の殿方)に続いて躙口から席入です。
皆如庵の床は変わっていて、正面に丸窓があり、その前に
西行法師坐像が祀られ、花、香、灯明が供えられていました。
花はサクラと菜の花です。

後水尾天皇御宸筆、一休禅師詠歌の軸が床の左壁に掛けられていました。

     分け昇る麓の道は多けれど
          同じ雲井の月を観るかな 


全国から志して西行忌茶会へ参席した人への賛歌のようにも、
いろいろな道を迷いながら分け昇っている人への応援歌のようにも聞こえ、
心に響く一休禅師の歌です。

道安囲いの点前座は太鼓襖が閉められていて、
向切の炉に釜、仕付け棚の茶器がかろうじて見えました。
でも、ほんの少しだけ見せる演出が期待感を盛り上げます。

しばらくすると、人影が映ってゆらぎ、襖が閑かに開けられました。
濃茶席は円位流でしたが、薄茶席は裏千家流の点前でした。
見慣れた点前ですが、道安囲いの中の点前は美しく凛とした気迫があり、
心地よい刺激を頂戴しました。
(のちの点心席で点前を拝見してお稽古をしたくなった・・と異口同音でした)

            
                  貴人口と躙口が並んでいます

席主は西行庵主の花輪宗恵氏。
改めて皆如庵の不思議な歴史や構造のお話を伺って、
この茶室が礼拝の場であり、時に懺悔室(道安囲いの向こうに懺悔者)
であったことにびっくりしたり、頷いたりでした。
高山右近やキリスト教と関係のある、道安囲いの名席・皆如庵で
お茶を頂けた幸せを噛みしめました・・・。

干菓子は西行庵庵果(塩芳軒製)と有平糖のワラビ(伊織製)の2種、
薄茶は松の白(柳桜園)です。

遠目にも気になっていた釜は、甑口丸釜、二代角谷輿兵衛造。
ごつごつした釜肌と甑口に魅せられ、釜蓋には巴地紋がありました。
炉縁は什物の桑です。
水指は高取一重口、
茶器は中次、花輪嘉純好、上杉満樹作、表蓋に巴紋が描かれています。
ここでも巴が登場しましたが、何かご趣向があったのかもしれません?

            


薄茶席なのでお道具や数々の茶碗を賞玩しながら、楽しく過ごしました。
お正客さまは刷毛目茶碗で銘「玉川」、
私は赤楽の平茶碗(天目?)で弘入造の銘「花小袖」、
薄手で赤味の美しい茶碗でした。
もうじき始まる都をどりに因む団子絵茶碗も登場です。

居心地の良い皆如庵の薄茶席と別れを惜しみ、
近くの高台寺茶寮へ向かい、仲良く4人で点心を囲みました。
京都市から2名、西宮市と大阪市から1名ずつの4人でした。
今日の良きご縁に感謝しています。

                                  

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西行庵・西行忌茶会-1  浄明庵濃茶席

2014年03月16日 | 献茶式&茶会  京都編
                円山公園の枝垂れ桜(2012年4月撮影)

3月14日、西行庵(東山区円山公園)の西行忌茶会へ伺いました。

京の真葛ヶ原西行庵は西行法師終焉の地として伝えられています。
この地には西行法師の遺徳を慕う聖たちによって御堂が建てられ、
御霊が祀られてきましたが、明治以降は見る影もなく荒廃していたそうです。

明治26年(1893年)宮田小文法師が富岡鉄斎、京都の有識者と協力の元、
西行庵を再興し、母屋に浄明庵(大徳寺真珠庵の下舎)と、
離れに皆如庵(久我家平野別邸より)が移築され、現在に至っています。

           
                    西行庵

    願はくは花の下にて春死なむ
         その如月の望月のこ
ろ  (続古今集)

有名な西行の歌ですが、いつ頃の作かはわかりません。
「西行物語」(鎌倉時代)は晩年東山の双林寺に庵住していた時の作としています。
西行の入寂は、文治6年(1190年)2月16日、
陰暦の2月中旬は丁度桜の花がまっ盛りでした。

西行庵では毎年3月半ばに西行忌茶会が催され、遺徳をしのんでいます。
平成26年度は第130回を迎え、3月14日と15日に行われました。

朝9時の席入なので待合で待っていると、ご案内があり、
期待に胸をふくらませて浄明庵濃茶席へ入りました。
殿方が一人いらして、その方にお正客をお願いしてスムースに始まりました。
(あとで、正客かもしれないと覚悟されていたと伺いました・・感謝です!)

           
                  奥に見えるのが西行堂

床には「富士見西行之図」。
左上に富士の山、右下に杖と笠が画かれ、西行法師をあらわしています。
このような表現の仕方があったなんて!
とても洒落ていて、各人の西行像を頭の中で想い描くことができますね。
私は、崇徳院の白峯御陵を訪れた時の西行さんを思いました。

掛物の前には献花、献香、献茶がされていました。

    仏には桜の花をたてまつれ
        我がのちの世を人とぶらはば  
(千載集)

  (仏には桜の花をお供えしてください。
   私が成仏した後の冥福を、祈ってくださるのなら・・)

花はモチロン桜、青磁鳳凰耳花器に生けられています。
白磁香炉に五角形の雲母が乗せられ、香銘は?不明です・・・。
献茶は、小文法師好・桜地紋天目茶碗に茶が点てられ、
朱天目台に乗っていました。
遠忌なので、釈迦誕生を祝う花まつりのように華やかでした。

          

           

華やかと言えば、「貴婦人と一角獣」のタペストリーが棚の横に
掛けられていて目を惹きました。
これは「一角獣棚」という、御亭主の花輪嘉純氏(西行庵茶道円位流)が
お好みの棚に添っているものとか・・・。

円位流のお点前が珍しく、魅入っていると、あっという間に濃茶が点てられ、
熱々を3名で頂戴しました。
この時の所作でお正客さまが藪内流で、八坂神社の関係者とわかりました。
藪内流の出し帛紗(?)をそのままお借りして濃茶をたっぷり味わいました。
茶碗は御本、定家卿詠歌の次のような歌銘(小堀宗慶箱)があります。

      霞立つ峰の桜の朝ぼらけ
            紅くくる天の川浪


また桜の登場ですが、今、高麗茶碗に興味津々なので嬉しい出会いでした。
御本の赤味を帯びた斑紋を桜の朝ぼらけに見立てたのでしょうか。
替茶碗は黒楽、銘「古今」(長入造)です。

濃茶は慶雲(奥西緑芳園詰)、
主菓子はきんとん、中が桜餡と白餡、外のきんとんは濃いあずき色、
菓子銘は暁之櫻、柏家光之製です。

客11名が濃茶を飲み終ったころ、鶯が・・・
「ホウ・・ホウ・・ホケキョウ(法華経)」
とても好いタイミングで、上手な鳴き声だったので
「お上手ですね」と褒めると、けなげにも何度も聞かせてくれました。


 

           待ち遠しい円山公園の西行桜 (・・・勝手に命名)
                 (2013年4月撮影)          

西行忌のお道具の中からお気に入りを二つ書いておきます。
一つはかわいらしい唐物鶴頸の茶入です。
小文法師旧蔵で、次のような西行詠歌追銘があります。

     皆鶴は澤の氷の鏡にて
          千歳の影をもてはやすらむ


この茶入を真塗梅輪花盆にのせた点前(裏千家流では盆点でしょうか)を
興味深く拝見しました。

もう一つのお気に入りは、砂張桜合わせの蓋置(長野垤志造)、
繊細な作りで、桜のはかない運命を感じさせてくれます。

桜の開花はまだですが、様々な桜の花をたてまつった浄明庵濃茶席でした。


          西行忌茶会-2 皆如庵席へつづく

高台寺 夜咄茶会

2014年03月08日 | 献茶式&茶会  京都編

3月2日(日)に高台寺の夜咄茶会へ行きました。

松原通の松寿軒のおかみさんに薦められ、
ちょうど横浜から上洛した茶友Hさんと初めて参加しました。
1月17日~3月2日の金土日に開催していたそうで、
最後日の、最終の茶席でした・・・間に合って良かった!

             
             「明歴々露堂々」 江南和尚

夕方、Hさんと待ち合わせ、先ず高台寺本堂を見学しました。
通常は霊屋(おたまや)に祀られている豊臣秀吉と高台院(ねね)像が
修理され、本堂に在るので特別拝観中でした。
きれいに修復されていましたが、私は前の彩色が剥げかけた像の方が
落ち着きと威厳があって好きです・・・。

先に点心席と喫茶席へ廻ることになり、掌(しょう)美術館へ寄りました。
高台寺付属の小さな美術館ですが、身近に高台寺のお宝を見ることができます。
霊屋の厨子のなか、拝観できない小さな持仏像が展示されていて、ラッキーでした。

点心を食しながら、同席のHさん、馬場さんとつい、お話が弾んで、
石塀小路の喫茶席へ滑り込み、最終の茶席へ間に合いました(ふぅ~)。

            

茶会は約30名の大寄せですが、蝋燭に照らされた茶席は落ち着きがあり、
和やかな雰囲気でした。
薄茶を2服頂戴し、最初は耀変天目茶碗、2椀目は五七の桐絵の数茶碗でした。
五七の桐の中に数碗、五五の桐絵があるそうで、Hさんが大当たり。
こんな茶碗の楽しみ方もお席が盛り上がって好いですね。

さすが高台寺、素晴らしい蒔絵の茶道具が満載でした。
炉縁は菊桐蒔絵
水指は高台寺蒔絵・菊桐手桶(六代宗哲)
茶器は菊桐棗(蓋裏は花筏、立上りは楽器づくし)(宗植作)
茶杓は金銀ひさご(義的作)です。

            

            

            

一番のお気に入りは手あぶり、乾山写梅ノ絵。
まるく温かく、撫でてあげたいくらい可愛らしく、
遠目には乾山さんがいらっしゃるようでした。

            

菓子は大好きな「下萌え」(松寿軒)、薄茶は建久の白(祇園辻利)でした。
      

夜咄茶会のハイライトは茶会後の夜の庭園散策でした!
ライトアップされた境内を開山堂、霊屋、そして笠亭と時雨亭まで上り、
京都の夜景を楽しみました。

   
    遺芳庵                 時雨亭

灯りの点った遺芳庵の吉野窓の美しさ、石灯籠の蝋燭の揺らぎ、
・・・でも息を呑んだのは、開山堂前の臥龍池でした。
葉を落とし、白い木肌を池の面に映し出した樹木が
なんと神々しく美しかったことか!

池の面を見ていると、すーっと吸い込まれていきそうな感覚を覚え、
怖いくらいです。
桜紅葉も青葉もない、素の木々、
凍てついた冬の夜だからこそ味わえる、
高台寺の庭の魔力にみんなで魅せられてしまいました。
何度もいつまでも見ていたい・・・。

                                 





京の月釜 茂庵・弥生

2014年03月02日 | 献茶式&茶会  京都編
                    茂庵の茶室・清閑亭

             
                    床に生けられた花

3月1日(土)に茂庵・清閑亭の月釜へ行きました。

神楽岡通から吉田山の茂庵へ辿りつくと、3月というのに汗をかき、
息が上がっています。
14時過ぎに伺うと客は4名、私としては嬉しい席でした。
藪内(やぶのうち)流のお点前を拝見できるのも楽しみの一つです。
長板に水指と杓立が置かれ、お点前さんは若い男性でした。

              
               神楽岡通から茂庵入口へ

              
                 途中の町家の猿・・・人待ち顔?

             
お菓子が運ばれ、早速に頂戴すると、
「引千切」(私は「ひっちぎり」と呼んでいます)、
草餅をひきちぎったような形の台にきんとんが乗っています。
きんとんは白いのと、ピンクの2種類で、紫野源水製。

「引千切」は由緒が古く、宮中の祝儀に用いられた
「戴餅(いただきもち)」に由来しています。
京都では昔、女の子が生まれると、この菓子を婿方の家へ贈る風習が
あったそうです。
今では雛祭といえば、「引千切」が登場します。

              
                    市中の山居 茂庵

              
                   もう一つの茶室 田舎席

八畳広間の床に内裏雛と桜が描かれたお軸が掛けられています。
席主の誕生を祝って贈られたもので、作者の名前を忘れましたが
堂本印象の弟子だそうです。
花は山茱萸、相模侘助、白椿、花入は陶芸をされる半東さんの自作です。

片身替りの小振りの茶碗で薄茶を頂戴しました。
細かな泡が美味しさを一層引きたて、お点前さんに感謝です。

拝見の棗を清めている所作に目が留まりました。
右手で畳んだ帛紗を持った手が左ひじの方へから大きく棗を一回、
先ほどより小さめに左から棗をもう一回清めました。

「何か武道の動作を所作に取り入れたのかしら?」
興味津々で席主にお尋ねすると、
藪内流は男点前と云われ、動作が大きく、勇壮な所作が多いそうです。
でも、拝見の時は拝見用帛紗をだして、どんなものでも拝見に出されたものは
有難く丁重に扱うとか・・・とても新鮮で面白いお話を伺うことができました。

              
                (はじめて見た「菱荘り」に感謝です!)

最後に茶碗と建水を引き、長板に水指、杓立、蓋置、帛紗を荘りつけました。
長板を使う点前について伺うと、
「今日の長板を使う点前は最後に帛紗を荘って菱形にするので
「菱荘り(ひしかざり)」と呼びます。
 藪内流では珍しい女点前で、雛祭に因む席で使われます」

今日、月釜に来て、「菱荘り」を初めて拝見できて本当に好かったです。
雛祭のご趣向に感謝して、茂庵・清閑亭を後にしました。

                                 のち 


京の月釜  金毛院初釜

2014年01月15日 | 献茶式&茶会  京都編
                   戎大黒の掛物  待合にて   

1月12日(日)、金毛院(きんもういん)月釜へ行きました。
金毛院は法然院塔頭で、毎月第2日曜日に釜が掛けられます
今年から年会員になったので、年初の釜には是非伺いたいと、
珍しく着物で参りました。

門近くで、Sさま(如庵茶会へ連れて行ってくださった)にお会いでき、
年頭のご挨拶ができたのも幸先良いことでした。
それに、灑雪庵・秋の茶会へ参席してくださったKさまともお会いでき、
嬉しいことに一緒の席でした。

                   
                       金毛院の門

                   
                   つづら折りの階段を上って

待合へ入ると、床にはおめでたい戎大黒の絵、横山清暉画です。
あとで、席主から
「今日はゑべすさんの最後の日なので、この絵が間に合いました」
そういえば十日ゑべすさんへまだお詣りしていません・・・。

古材(?)でできた大きな角火鉢にこれまた大きな輪胴が二つ、
藁灰に映えて、赤々とあたたかでした。
輪胴を見つめていると、白い尉が付いているのといないのと、
風情の違いが好ましく、ふと枕草子を思い浮かべました。

   
   冬はつとめて

   雪の降りたるは言ふべきにもあらず
   霜のいと白きも またさらでもいと寒きに
   火など急ぎおこして 炭持てわたるも いとつきづきし
                   
   昼になりて ぬるくゆるびもていけば 
   火桶の火も 白い灰がちになりてわろし


                     

ご案内に従い、藁草履を履き、苔の美しい庭へ降りたち、
露が打たれた露地を進み、蹲踞で身を清めました。
湯桶が用意され、ころ好い温度に席主の心入れを感じます。

席は四畳半、床へ進むと
「寿山瑞色新」  
鵬雲斎大宗匠の若き日の御筆だそうです。
水仙が清楚に青磁の花入に生けられていました。
古色のあふれる花入は明時代の青磁下蕪、珠光青磁を思い出しました。
香合は古染付の鳳凰です。

長板に大きな鏡餅の水指、上に橙でしょうか、葉が付いています。
なんとも水指が大きく、風炉の長板に変更してバランスを取ったとか。
大らかさとユーモアたっぷりの水指に座が和んだような気がします。
竹地紋の肩衝釜から松風が聞こえ、
よく煮えもついていて、お茶が待ち遠しい思いでした。

                
                たくさんある蹲踞の一つ

お点前は十代の娘さんで、もう一生懸命でした。
客一同、その姿に昔の自分を重ね合わせたのではないでしょうか・・。
お茶もお湯も少なめでしたけれど、嬉しく頂戴しました。

私は黒金溜の豪華な茶碗で、珍しい俵形、五代吉向造です。
二椀頂き、二椀目は半七造の雪笹絵でした。
Kさんは鹿背が美しい朝日焼、
三客さんの虫明焼は小振りの三角の馬上杯、
枇杷色の胴に白梅が品よく、お持ち帰りしたい虫明でした。

薄器は松摺漆、唐松蒔絵(南宋寺和尚手植えの松を以って)、
茶杓は汎叟大宗匠作、銘「千代ノ栄」、
蓋置は仁清写の三寶でした。

終了後、別室で甘酒と結び昆布を頂戴して帰途につきました。

初春のステキなお道具組と温かなおもてなしに感謝いたします。
これからの金毛院月釜がとても楽しみになりました。