とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

劇評「ジュリアスシーザー」(彩の国さいたま芸術劇場)

2016-05-25 17:04:03 | 演劇
 彩の国シェイクスピア・シリーズ『ジュリアス・シーザー』のTV放映を見ての感想。2014年の10月に公演したものです蜷川幸雄さんがなくなったので、追悼の意味を込めて録画していたものを見た。

 シェイクスピアは見てもなかなか心に響きにくく、あまり積極的に見ようとは思わない。今回も豪華なキャストであるにも関わらず、HDDに貯められていた。『ジュリアスシーザー』は確か中学校の国語の教科書にアントニーの演説が出ていた。人を説得させる演説とはどういうものかということを学んだような記憶がある。

 今回藤原竜也のアントニーの演説、見事だった。決して裏があるように感じられない誠実な語りでありながら、やはり思惑がある。説得力があった。

 阿部寛演じるブルータスも真面目そのもので、「高潔」という言葉がしっくりあう演技だった。真面目だからこそ突き進み、真面目だからこそ滅んでいく。人間の尊厳が演じられていた。これは阿部寛だからこそという役であったと思うし、それを演じきっていた。

 吉田鋼太郎のキャシアスまたすごい。特に第4幕のブルータスとの掛け合いはすばらしかった。不思議ないやらしさがにじみ出ているという感じの演技である。この男がいたから、「事件が起き、そして事件はあらぬ方向へと進み、そして悲劇を迎える」ということにリアリティがある。

 TVで見ても、演技というもののすばらしさを感じさせる舞台だった。生で見たかった。

 改めて蜷川幸雄さんの功績に敬意を表するとともに、ご冥福をお祈りします。
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日米地位協定の改定を

2016-05-24 08:16:19 | 社会
 また沖縄で痛ましい事件がおきてしまった。被害者のご冥福をお祈りします。

 このような事件が沖縄で起きるのは沖縄に米軍基地が集中しているという要因のためと言っていいだろう。日米安保条約は日本とアメリカの条約である。だから日本は国全体で米軍を平等に受け入れなければならないはずだ。それなのに現状では沖縄だけが多くの負担を強いられている。おかしな話だ。この理不尽な状況の中でまた暴行事件が起こった。沖縄の人が怒りに思うのは当然である。

 本来日本人はみんながこの問題を自分の問題にしなければならないはずである。それなのに沖縄の問題にしてしまっている。これは沖縄以外の人が基地を受け入れられないからである。こんな理不尽なことはない。沖縄の人の憤りはもっともなことである。

 この問題は沖縄の問題ではない。日本の問題なのだ。それなのに沖縄の問題にすり替えられて論じられる。これが大きな問題なのだ。私の問題であり、あなたの問題なのだ。

 翁長知事の気持ちはよくわかるが、オバマ大統領に直談判するのは筋違いである。

 私は日米地位協定の改定を要請する決議をすることを国政に求めていきたい。安倍総理は我々日本人が選んだ国会議員が選んだ人だ。だから我々が選んだ総理である。安倍総理が悪いとすれば我々が悪いのだ。
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「山月記」の授業5(『古譚』の「文字禍」について)

2016-05-23 07:11:26 | 国語
 「古譚」の3作品目が「山月記」で、「文字禍」という作品は4番目にあります。文字が人類にどういう変化をもたらしたかがテーマのお話です。こんな話です。

 紀元前600年よりも以前の話。アッシリアの話である。いわゆるメソポタミア文明の末期ということになる。すでに文字が発達していたが、紙がなかったので粘土板に書かれていた。だから図書館は粘土板の倉庫であった。その図書館で毎夜話し声が聞こえる。これは文字の霊ではないかと噂になる。大王から老博士ナブ・アヘ・エリバに文字の精霊の研究が命じられる。
 ナブ・アヘ・エリバはある時、「一つの文字を長く見詰めている中に、何時しか其の文字が解体して、意味の無い一つ一つの線の交錯としか見えなくなって来る。」そして「単なるバラバラの線に、一定の音と一定の意味を持たせるものは何か?」と考える。この不思議な現象はナブ・アヘ・エリバは文字の精霊によるものと考える。そしてその文字がそれを指す物の「影」となり、その影を人間は追うようになる。こうして文字の精の人間支配が始まる。
 ナブ・アヘ・エリバは大王に報告する。「アッシリアは、今や、見えざる文字の精霊のために全く蝕まれてしまった。しかも、これに気づいている者はほとんどない。今にして文字への盲目的崇拝を改めずんば、後に臍を噛むとも及ばぬであろう。」大王はこの報告が気に入らず老博士に謹慎を命ずる。そして大地震があり、老博士は粘土板の下敷きになり圧死する。

この発想はソシュールのシニフィアンとシニフィエの関係に通ずる。言葉に関する根本的な問題である。寓話的な話でありながら近代言語学に通じるものがあり、作者の言葉に対する意識の高さがうかがえる。
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「歴史を感じさせる街並み」と「危険」

2016-05-22 08:53:02 | お題
 東京になくて驚いたものというテーマでは的外れですが、ヨーロッパなどの行って帰ってくると、東京の街に歴史を感じさせる街並みがないと感じてしまいます。浅草とか、東京駅とかそれなりに昔を感じさせるレトロな場所はありますが、江戸時代を感じさせるものはない。しかもヨーロッパの都市などは街全体が歴史を感じさせる風情がありますが、東京は雑多な印象しか与えません。

 日本は高温多湿なので石の文化ではなかったので、昔のものが残らなかったのは当然です。しかし、昔から世界一安全な都市であるのは確かだと思います。その意味で世界に誇れる都市です。
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「重版出来!」2

2016-05-21 09:55:14 | TV
 「重版出来!」が相変わらずおもしろいです。黒木華が演じる主人公の新人漫画編集者の成長物語という意味で、よくあるパターンのドラマではあるのですが、主人公だけでなく、周りの人たちにも視線が注がれていて、集団ドラマでもあります。とてもいい作品となっています。

 さらに新しい視点が描かれてもいます。今週の放送では新人漫画家がデビューしました。この漫画家はストーリー構想力は個性的で魅力的だったのですが、あまりに絵が下手でした。編集部内でさすがにこれではだめなのではないかという意見もあった中で、黒木華ががんばって育て上げ、やっとデビューさせたのです。おもしろかったのは、デビュー作が載った雑誌を見て、初めてその新人漫画家が自分が絵が下手であったことに本当に気づいたことでした。読者として自分の作品を見た時に初めて自分の漫画の本質が見えてきたのです。これは漫画家の実体験だったのでしょう。そしてこういう体験は誰もがそれぞれの仕事の中でしているのです。だから共感します。

 かつてある漫画雑誌が廃刊になったという話も身につまされる話でした。努力の結果が報われないという経験も誰もが経験することです。そこでの生き方はその後の人生を左右します。うまくいかない時にこそ人間は試されている。そのピンチをチャンスに変えられるか。

 視聴率は伸びていないようです。なんとなく廃刊になった漫画雑誌とだぶってしまいました。でもいいドラマです。私は応援します。
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