社長様の友人が結構多い。
だからと言って、私の顔が広いわけではない。
むしろ、小顔だと言われる(8頭身のガイコツ)。
極道コピーライターのススキダは、姑息にも外国人観光客を見込んで、将来ペンション経営を企んでいるから、2年前に下準備用の会社を立ち上げた。つまり、社長様だ。
長年の友人の尾崎も化粧品、薬局、洋酒販売、そしてスタンドバーを経営なさる社長様だ。
新宿でいかがわしいコンサルタント業を営むバッファロー・オオクボも社長様。
東京京橋でイベント会社を経営するイケメン・ウチダ氏も社長様。
そして、もうひとり、デブの社長様を私は知っていた。
リブロース・デブのスガ君だ。
身長175センチ、体重110キロのデブ。
2年前までは130キロの大デブだったが、結果にコミットした結果、20キロの減量に成功した。
ただ、これ以上痩せるつもりはないようだ。
「だって、俺が妻よりも体重が軽かったらおかしいでしょう!」
そうだった、あんたの奥さんは、100キロを超えていたのだったな。
ちなみに、スガ君の二人のお子様もおデブちゃんだった。
同じものを食っているのだから、太るのは当たり前だ。
私より14歳年下のデブは、静岡でレンタルボックス、カラオケボックス、レストラン、駐車場、倉庫などを多角的に経営する社長様だ。
しかし、よくここまで成長したものだと思う。
知り合った頃のスガ君は、しがないラーメン屋の店主だった。
私がフリーランスになりたての18年前のことだった。
埼玉でランニング仲間だった人が、訳あって静岡の実家に帰り、イベント企画会社に勤めた。
その縁で、仕事をいただくようになった。
年に3~4回、静岡に出張した。
そのとき、たまたま昼メシを食おうと寄ったのが、スガ君の店だった。
醤油ラーメンを頼んだ。
ひと口食って感じたのは、懐かしいな、というものだった。
うまい、まずい、濃厚だ、あるいは、物足りない、というのではなく、ただ懐かしいと思った。
厨房を見ると、デブがとても嬉しそうに、ラーメンを作っていた。
その笑顔からは、大きな「ラーメン愛」が伝わってきた。
会計のとき、心にしみる味だね、ありがとう、と言った。
そのときのスガ君の笑顔は、ヒマワリのように鮮やかだった。
次に行ったとき、スガ君が私の顔を見て、「あ! また来てくれたんですかぁ!」とヒマワリ顔で出迎えてくれた。
私のことを憶えていてくれたのだ。
スガ君とは、それで友人になった。
だが、この店は長く続かなかった。
4年半で店を畳んだ。
そして、離婚。子どもの親権も元妻にとられた。
失意のうちに東京へ逃げたスガ君は、弟のアパートに居候をしたが、働く意欲がまったくわかなかった。
そんなとき、愚痴を言う相手に私が選ばれた。
文京区春日のラーメン屋で、延々と愚痴を聞かされた。
私はポンコツなので、人に的確なアドバイスができない。ただ話を聞くだけの木偶の坊だった。
ラーメン一杯で店に居座ろうとするスガ君を睨む店主に気を使い、私はスガ君の分のラーメンのお代わりを毎回頼んだ。
スガ君は、大抵はラーメンを4杯食った。
失意のまっただ中でもラーメンを4杯も食えるとは、なんてラーメン愛に満ちあふれているのだろう。
唐突だが、スガ君は、女優の広末涼子さんのファンだった。
ある日、テレビで広末さん主演の「秘密」という映画の再放送を観たとき、「俺はこのままじゃいけない」と思ったそうだ。
静岡に帰ることにした。
なぜ、そう思ったかは聞いていない。
デブの感情になど興味がない。
静岡に帰ったスガ君は、すぐに職を得ることができた。
それが、今の会社だった。
そこで、彼は社長の娘さんと再婚し、4年後に義父が亡くなったため、会社を継いで今に至る。
私に負けないほどのポンコツ野郎のスガ君が、順調に事業をこなすなど予想外だった。
2年前からは、東京神谷町に事務所を構え、介護関係の事業を立ち上げる準備をしていた。
立派な社長様だ。
「地位は人を作る」というのは、本当だと思った。
一昨年の7月まで、ラーメン愛に溢れたスガ君は年に500食ほどのラーメンを食べ歩いた。
私もたまに付き合わされた。
175センチ110キロのデブと180センチ56キロのヒョロヒョロ。
なかなか、いいコンビだと思う。
吉本の舞台に立ったら、人気者になったかもしれない(コンビ名は『Tボーンステーキ』)
一昨年の7月、スガ君にとって悲しい出来事が起きた。
3軒のラーメン屋の店主から、立て続けに「お客さん、水飲み過ぎだよ」「ラーメンを食べにきたのか水を飲みにきたのかわからないね」「そんなに水を飲んだらスープの味がわからないだろうに」と苦情を言われたというのだ。
デブは、とても汗かきだ。
だから、水分を補給しないと死んでしまう。
ラーメン愛に溢れているが、「水分愛」にも満ち溢れている男なのである。
それくらい、なぜ許してくれないのか。
それがショックで、スガ君はラーメンの食べ歩きをやめた。
自宅で作るだけにした。
もともとがラーメン屋だから、本格的なものだ。
大量に作って、ご近所にも振る舞うのだという。
「皆さんの喜ぶ顔を見るのが、今の最大の喜びですね」
ヒマワリ顔でラーメンを愛するスガ君を見て、「水ばかり飲みやがって」と文句を言う人は、自分が作るラーメンだけを愛して客を愛せない可哀想な人だ。
そんなやつに商売をする資格はない。
スガ君の頭は今、介護事業のことで一杯だ。
愛に溢れたデブは、「介護愛」も持っている器のでかい男だ。
ただ、最近、スガ君はあるショックな事実を知って、大きく凹んだという。
スガ君が、東京に出張している間に、奥さんとお子さんが、静岡の有名ラーメン店に行ったというのを人づてに聞いたらしい。
「アニキー、俺、こんなにショックなこと、ラーメン屋を辞めて以来ですよぉー。この間、妻と5年ぶりに喧嘩しましたぁ」
スガ君は、数年前から、なぜか私のことを「アニキ」と呼んだ。
デブのハーフサイズしかない、情けないアニキだ。
そして、この情けないアニキは、よそ様のご家庭のことにはノータッチだ。
私は、たかがラーメン、されどラーメン、というわけの分からないことを言って逃げた。
アニキは、逃げ足だけは速いのだ。
あれから、スガ君一家が、どうなったかは怖くて聞いていない。