この銀河系宇宙で、女から腹に6発もパンチを受けた男はいるだろうか。
2人の女に3発ずつ。
そのうちの一人、長谷川七恵と墓参りに行った。
もう一人は、七恵の養母の長谷川邦子だった。邦子は墓にいた。
七恵については、コチラとコチラとコチラに書いたことがある(時間の無駄だと思う方は、無視してください)。
墓参りのあと、七恵に「空を見て」と言われた。
見た。
空を見上げたとき、七恵に「プロポーズされた」と言われた。
その答えは?
「正式に言うとプロポーズではなくて、結婚を前提に付き合ってほしいって言われた。バイクのツーリング仲間のうちのひとり」
26歳だから、そんなことがあっても不思議ではない。むしろ、ない方が悲しい。
受けるつもりか。
「断るつもり」
そうか、好みではないということか。
「好き嫌いは別にして、あたしはまだ結婚する気はないから。まだ、母さんのやり残したことを、あたしは何もしていないから。母さんは、独身を貫いて仙台支社を大きくした。そして、もっと大きくする途中で死んだ。それを受け継ぐのがあたしの役目だと思う」
だが、それは結婚してもできるのではないか。
そこまで母親の真似をすることはない。
空を見上げながら、七恵が唐突に「あたし、最近、本当に母さんのおなかから産まれてきたんじゃないかって、すごく思うんだよね」と言った。
それを聞いて、きっとお母さんも喜んでいると思うよ。
「だとしたら」と言いながら、七恵が空を見上げながら、顔を私の方に向けた。
不気味なほどの笑顔だった。
「だとしたら・・・父親は誰だろうね」
俺じゃないことは確かだな。こんなお転婆む・・・。
腹にパンチが飛んできた。
3回目のパンチだ。
私は、学習能力がない。
不適切なことを言ったら、パンチが飛んでくるのは当然なのに、それができないのだ。つい言ってしまう。
七恵が、呆れたような顔で肩をすくめた。
「今日一日、母さんに黄泉がえってもらって、腹にパンチしてもらおうかな」
それは、いいアイディアだ。だが、君はまだ考えが浅い。一日ではなく永遠に黄泉がえった方がいいんじゃないか。
七恵の笑顔が弾けた。
「いいね、毎日パンチしてもらおう」
そういうことではないのだが・・・・・。
東京駅。
「見送らせてあげるから」と脅されて、新幹線のホームまで連れてこられた。
これから、七恵は仙台に帰る。
新幹線の中で食べたいからお弁当を作ってきて、と前日に言われたので、弁当を持ってきた(ご丁寧に保冷バッグに入れてある)。
鶏のそぼろご飯。おかずはツナの唐揚げとブロッコリーとベーコンの炒め物、ポテトサラダ、だし巻き卵。
どれも七恵の好物だった。
ホームで、挑戦的な目をした七恵に睨まれた。
「あたしの尊敬する父親は、6歳まで育ててくれた父さんだから」
お父さんとは会っているのか?
「父さんは6年前に震災で死んだ」
やっちまった。また、不適切発言だ。俺は自民党の2回生議員と同じくらいバカだと思った。
「でもね」と七恵が、線路に目を落として、口を開いた。
普段は、必ず人の目を射るように見つめて話す七恵には珍しいことだった。
「東京でのお父さんは、マッちんだと思っているから」(笑えることだが、七恵は私のことを「マッちん」と呼んでいた)
ぶっきら棒な声だった。
長谷川ではなく? と私は聞いた。
長谷川は、私の大学時代の同級生で、長谷川邦子の一つ上の兄だった。
七恵は、仙台の大学を卒業したあと、長谷川の会社に就職し、長谷川の世田谷の家に同居していたことがあった。
つまり、長谷川は私よりも濃厚に父親の資格があった。
「長谷川の伯父さんが、マツを東京での父親だと思えって言ったの」と七恵。
「俺よりもあいつの方が相応しい、とも言っていた」
腑に落ちない。
しかし、腑に落ちないと言ってしまったら、七恵との関係が崩れるような気がした。
遠ざかるような気がした。
娘は、いくらいてもいいではないか。
息子が、いくらいたって俺は平気だ。
それは、とても楽しい。
わかった。俺が、お転婆娘の父さんになってやる。
そう言ったら、腹にパンチが来そうになった。
しかし、寸前で七恵の拳が止まった。
「父さんにパンチはいけないよね」
あったりまえよー、俺をソンケイしろー、と言ったら、パンチが飛んできた。
ただ、いつもよりは弱いパンチだった。
おそらく遠慮したものと思われる。
だから、このパンチは七恵の名誉のために、カウントしないことにする。
でも、ちょっと痛かった。
嬉しくもあったが。
俺は学習能力がないなと、どこか温もりを感じさせる痛さがいつまでも腹に残った。