3月末から我が家に居候中だった娘のお友だちミーちゃんは、ちょっとしたアクシデントがあって、金沢へのお引越しが、1週間伸びた。
だから、その間に、自炊希望のミーちゃんに料理の手ほどきをした。
そのとき、私はミーちゃんにとって「パピー」から「シッショー」に昇格した。そのあと、シッショーは考えた。ミーちゃんを快く金沢に送ってあげようではないか、と。
それには、「食べ放題」だ。食べ放題こそ、ミーちゃんに相応しい。
そこで、私は、新宿でいかがわしいコンサルタント業を営むオオクボにトラップをかけた。
娘が金沢に転勤するんだ。その歓送会をしたいと思ってる。スポンサーになってくれないか、という内容のLINEを送った。
単純なオオクボは、「わかった、木曜日の夜が空いている」とトラップにかかった。
木曜日の夜。国立駅前で、トラップ・オオクボと合流した。
今回、オオクボは車ではなく電車で来た。いつもなら偉そうにBMWで来るオオクボだったが、今日は、飲みたいと思ったそうだ。
オオクボの会社は新宿。自宅は市ヶ谷だから、国立に来るのは、苦ではないはずだ。
国立で我が家族に会った。
こんにちは。
ミーちゃんを見たオオクボは、「おまえ、娘が増えたのか」と金持ち特有の余裕のある笑い顔で、肩をすくめた。
言ってなかったか。俺の娘が双子だったってことを。
「確かに似てるな」とオオクボ。
ミーちゃんが、頭を下げた。
「ゴチになります」
豚シャブと寿司の食べ放題にゴーだ。
ミーちゃんが食べ始めて1分17秒後、オオクボの口があんぐりした。
わかったか、オオクボ、俺がお前に仕掛けたトラップを。
だが、食べ放題で良かっただろう。これが、食べ放題でなければ、お前は破産だ。
食っているとき、ミーちゃんが金沢に転勤することをオオクボに告げた。
すると、オオクボは「ちょっとトイレに」と言って席を外した。
帰って来たとき、オオクボの手には、ちょっと大きめのポチ袋があった。
それをミーちゃんの前に差し出しながら、オオクボが言った。
「初めて会ったのに餞別というのも変だけど、受け取ってくれるかな」
空けてみな、ミーちゃん、きっと3万円が入っていると思うぞ。
ミーちゃんがポチ袋から札を取り出すと、三つ折りにした3万円が出て来た。
「なんで、わかったんですか」
簡単な推理だよ。1万円だと少ないって思うだろう。かと言って、5万円以上だと負担に感じてしまう。この場合、3万円が丁度いいんだ。オオクボは、常識的な男だ。3万円しかありえない。つまり、オオクボは、つまらない男だってことだ。
ミーちゃんは、立ち上がってオオクボのそばに行った。そして、頭を深く下げた。さらに、オオクボにハグをした。
オオクボは、嬉しそうだった。
そのあと、オオクボが私の娘の前に、2枚の名刺を置いた。
見ると、1枚目の名刺は、立川の美容室のものだった。
「遅くなったけど、夏帆ちゃんの就職祝いだ。これは、俺のクライアントの店だ。来年の3月までの無料パスだ。何度行っても無料でやってくれる。オーナーには、話を通しているから、この名刺を持っていけば、君はフリーパスだ」
2枚目の名刺は、オーダーメイドの靴屋さんのものだった。
「これも俺のクライアントだ。一足だけで悪いが、オーダーメイドで靴を作ってくれる。会社勤めには、靴は必需品だと思うんだ。あって損はないと思うよ」
娘もオオクボにハグをした。
オオクボ、おまえ突然いい人になったな。まさか賞味期限が・・・・・。
「食ってねえよ!」
およ、食い気味に来ましたね、オオクボ社長。
しかし、そんなコミカルな情景の中でも、ひたすらシャブシャブを食い、白米を食い続けるミーちゃんを目にし、さらに飲み放題でチューハイを何杯も重ねる酒豪の娘を見て、オオクボが言った。
「おまえの2人の娘は、とんでもないな」
いえいえ、豚シャブですので、トン(豚)でございます。オオクボ社長さま。
「あ、それ、全然面白くねえな」
確かに。
そんな、とんでもない娘は、昨日金沢に旅立った。