リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

サンドイッチ

2018-07-22 06:50:00 | オヤジの日記

墓参りは物悲しい。

 

墓参りに行く目的とは。

お世話になった方へ、生前のご厚意に対して、感謝の意を表すこと。いい思い出をたくさんいただいたことに対して、感謝すること。

 

私は、罰当たりなので、墓参りの頻度はたいへん少ない。

私が一番尊敬する祖母の墓参りさえ4回しか行ったことがない。ただ、これはお墓が島根県出雲市にあるから、物理的に頻繁に足を運べないということもある。

あとは、大学時代の友人の父親で、私が「おやっさん」と呼んで父親のように慕っていた人の墓参りも4回。

しかし、先週墓参りに行った大学時代のおんな友だちの墓参りは、8回も行っているのだ。今年で連続して8回目だ。

最初の1回は、1人で行った。2回目からは、今回も一緒の大学時代の友人の妹の養女と行った。

友人の妹は、墓の中にいた。

東日本大震災のあと、過労による心不全で死んだのだ。被災した仙台支社、石巻倉庫を立て直すために、不眠不休で働いた結果だった。

長谷川の妹の養女と初めて墓参りをしたとき、私は養女の七恵に宣言した。

俺は、罰当たりだから、墓参りで手を合わせることはしないから。

「え? どうしてですか」

当時の七恵は、私に対して、敬語を使っていた。遠慮をしていたのだ。初々しい時代だった。しかし、今は容赦のないタメ語だ。

いつからか、「こいつは敬語を使う価値のない男だ」と気付いてしまったようだ。

 

俺の尊敬する祖母が言ったんだ。

「人間は、死んだら無になるのだから、無になるものに手を合わせても意味はありません。だから、私が死んでも手を合わせなくてもいいです」

私は、祖母の言いつけを今も守っていた。ただ、いくら私が罰当たりでも人さまの弔いのときは手を合わせた。それくらいの常識は持っていた。

 

「無になるんですか、人間は死ぬと」

肉体も魂も無になると俺は思っている。

「それって寂しいですよね。じゃあ、母ももう無なんですか」

とは言っても、肉体や魂が無になったとしても、思い出は消えない。たとえば、俺が、君の母さんの墓の前で目を閉じたとしよう。その途端、俺の頭には、君の母さんの大学時代の思い出が、溢れるくらいに甦るんだ。

手を合わせるだけが、供養じゃない。思い出すことも供養だと俺は思っている。

 

「ねえ、マッチん。今年は何を思い出した?」と目をつぶり、手を合わせたままで、七恵がタメ語全開で聞いてきた。

大学3年のときの東京都の陸上大会、と私は答えた。

1学年下の長谷川の妹は、欠かさず私のレースを見に来ていた。

その大会のとき、ウォーミングアップ中の私に、長谷川の妹が近づいてきて、「マツ、いい記録を期待してるよ」と励ました。

私が「頑張れ」という言い方が嫌いなので、そういう表現をいつも長谷川の妹は使った。

(いつもマックスで頑張っている俺が、何で他人に「頑張れ」と命令されなきゃいけないんだ。言った人からすれば、ただの言いがかりに聞こえるだろうが)。

 

わかった。ベストをクリアするさー。

 

すると、長谷川の妹は、突然、私に向かって敬礼をしたのだ。それも、真剣な表情で。

居心地の悪さを心に残しながら、スタートラインに向かって、ゆっくりと駆けながら後ろを振り返ると、長谷川の妹は、まだ敬礼をしていた。まるで戦地に赴く恋人を見送るように。

その日のレースで、私は、中高大学を通じて、東京都の大会で初めて決勝に残った。タイムも自己ベストだった。

それから、次の大会のとき、長谷川の妹に、またあの敬礼をしてくれないか。決勝に残りたいんだ、とお願いした。

しかし、「ダメだよ、そういうのって、マツが一番嫌いなことだろ。あれはマツの実力で残ったんだ。自信を持とうよ」と、長谷川の妹に諭された。

「それで、結果は」と七恵。

かろうじて、決勝に残った。8位だったけどな。

 

七恵が、呆れるほど青い空を見上げながら言った。

「手を合わせたら、私の目の前にも沢山の思い出が出てきたよ。でも、泣いちゃうから、言わないけどね」

今日は、泣いてもいい日じゃないのか。

「いや、泣かないと決めた日だから」

目に涙はたまっているように見えたが。

 

そんな七恵に、私は唐突に言った。

ところで、生きている人が、死んだ人に唯一できることって何だかわかるかい。

「唯一?」

忘れないことだ。たまに、思い出すことだ。そうすれば、その人は、いつも我々と一緒にいる。

 

私がそう言うと、泣きそうになった自分の気持ちを誤魔化すように、七恵が「へへへ」と笑った。

なぜ、笑う。

「だって、マッチん、ずいぶん真面目なんだもん。いつもなら、そろそろ、話にオチがつくはずだなと思って」

完全にバカにしておるな。

では、最後に、こんな大学時代の思い出をもう一つ。

ある日、君のお母さんと大学の学食で昼メシを食ったんだ。君のお母さんは、俺の右隣でサンドイッチを食っていた。俺は、大好物の天丼を食った。そのとき、空いた左の席に、長谷川がきて座ったんだ。長谷川もサンドイッチを持っていた。

 

あれー、長谷川兄妹に、サンドイッチにされてしまった!

 

「ちぇっ、やっぱりバカか・・・」絶対零度の目で、七恵に見られた。

 

 

7月16日、七恵は仙台に帰った。

そのとき、新幹線の中で、お弁当が食べたいから、作って持ってきて、と命令された。

それは、いつものことだから、七恵の好きな鳥そぼろ弁当を呪いをかけながら、作った(俺をもっと尊敬しろー!)。

16日は、世田谷から国立まで、わざわざ長谷川が迎えにきてくれた。ただ、長谷川の運転ではない。生意気にも運転手さんに運転させてきたのだ。

まあ、運転手さんだから、運転するのが当たり前だとも言えるが。

長谷川は、ベンツの後部座席の端に座っていた。隣に七恵。

私が、乗り込もうとすると、七恵が出てきて、「マッチんは、真ん中に座って」と真ん中を開けてくれた。

座った。

 

あれー、また、長谷川にサンドイッチにされてしまった!

 

すると、右から「バカか」の声、左からは「バーカ」。

 

 

まさかの「バカ」のサンドイッチ攻撃。