「お人好しにもほどがある」と言われた。
さいたまのメガ団地に住んでいた頃は、「Mac出張講座」と題して、人にパソコン操作を教える仕事もしていた。延べ30人以上に教えていたと思う。
その中で、プロになったのは、浦和の一流デザイナー・ニシダ君と荻窪のWEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)、仙台在住のデザイナー・イトウ君の3人だ。
他は20代から60代が色々。
その色々の中に、某明治大学に通うイトウ君がいた。イトウ君は変わった人だった。教え始めて2ヶ月が経った7月の日曜日の昼前に、突然電話をよこしてきたのだ。
「先生、誕生日パーティーをしましょう」
誕生日? 我が家では、7月生まれはいないけど・・・。
「もちろん、僕のですよ。ピザと誕生日ケーキとプレゼントは用意しましたから、ご心配なく。これから、先生のところに、ピザの宅配が届きます。いいですか」
いいですかもなにも、完全に事後報告になっていないか。そこまでされたら、断れないだろうが。
「ありがとうございます。すぐ行きます」
本当に、ケーキとプレゼントを持って来やがった。
誕生日の歌まで、歌わされた。それも家族全員で。
イトウ君。某明治大学では、こんな誕生日が流行っているのかい?
「流行っているわけないじゃないですか。先生もおかしな人だなあ」
イトウ君には、大学1年の5月から、翌年の3月まで教えた。物わかりのいい優秀な子だった。ただ、とにかく変わっていた。
3月で終わったのだから、2年次の誕生日パーティーはないものだと思っていた。しかし、7月になったら「誕生日パーティーしましょ」だ。
なんだ、それ?
結局、4年まで付き合わされた。
ちなみに、イトウ君が買った自分への誕生日プレゼントは、1年のときは、電気で焼くピザ釜、2年は、スポーツサイクル、3年は柔道着、4年は、iPhoneだった。
よく、わからん。
そして、「就職が決まりました。就職祝いしましょ」というスットコドッコイな提案もあった。
就職が決まったのはめでたい。しかも、大手通信会社だ。祝うのは、当然だろう。このときには、我が家族は、完全に、イトウ君のペースにはまっていた。
さすがに、めでたい就職祝いをイトウ君自らに出させるわけにはいかないので、食事もプレゼントも我が家で用意することにした。
何が食いたいかと聞いたら、「ボク、昔から釜飯が好きなんです」とのお答えが帰って来たので、海鮮釜飯とブリ大根、みる貝のお吸い物を作ることにした。
プレゼントは何を、と聞いたら、イトウ君は若い男性には珍しく、オペラとクラシックバレエの完勝干渉鑑賞が趣味だと言った。
「図々しいお願いですが、そのチケットを1枚貰えたら」
1枚でいいの? この場合は、2枚なんじゃないの。たとえば、彼女を誘うとか。
私がそう言うと、イトウ君は、「僕、彼女いない歴22年ですから」と胸を張った。
本当に、変わっている。
就職をしたら、とても忙しくなる。だから、こちらからは連絡を取らないようにした。
我が家も、その一年前に、さいたまから東京武蔵野に帰ってきたし。
しかし、10月の終わりにイトウ君から連絡があった。
「先生に、紹介したい人がいます。会ってください」
紹介したい人がいるという場合、普通は彼女だろう。しかしスットコドッコイなイトウ君の場合、意表をつく場合がある。
たとえば、会社の同僚だとか上司、あるいは大手通信会社の社長ということもありえる。もしかしたら、ペットのイグアナのアナちゃんとか。
油断はできない。
私は、緊張したまま、待ち合わせ先の渋谷の釜飯屋に出向いた。
そこで私を待っていたのは、意表をついて、イトウ君の彼女だったのである。
小柄でポッチャリ、笑うと目がなくなる愛嬌のある子だった。
「紹介します。リンちゃんです」
話を聞くと、イトウ君とリンちゃんの間に共通点が、いくつかあった。まず、小柄でポッチャリ。彼女彼氏いない歴22年。釜飯が好き。そして、オペラとクラシックバレエの完勝環礁鑑賞が、趣味だということ。
よかったね、イトウ君。これでひとりぼっちの完勝感傷鑑賞は終わったね。
2人は、会社の同僚だった。入社してすぐ付き合い始めたという。付き合って、もう半年以上が経つ。
余計なお世話かもしれないけど、結婚なんか考えてるのかい。
「ああ、もう結婚しました。さっき、入籍届出してきたんです。できちゃったんで。いま3ヶ月です」
リンちゃんが、あっけらかんとした顔で言った。
おい、あんたもスットコドッコイだったのか。
「まずは、先生に真っ先に報告しようと思いまして」とイトウ君。
さらに、「初めてなんですよね、人に報告するのは。親にも言ってないですから」
はーーーー、それは、まことか。
「まことです」と2人。
あんたら、ドスットコドッコイだな。このときから私は2人を「ドスコイ夫婦」と呼ぶことにした。
K Oを食らった私に、イトウ君が平然とした顔で言った。
「明日、この場所でお互いの親に報告して、認めてもらう予定です。今日のは、その予行演習ですね。すいません、先生。さすがに、いきなりは勇気が出なかったので」
隣でリンちゃんが、どこに目があるのだ、というおぞましい顔で笑っていた。
翌日は、さぞ修羅場になるかと思ったが、お互いのご両親は、あっさりと認めてくれて、大喜びしたという。
ドスコイの 親も結局 ドスコイだ 小林 ISSA
その後、リンちゃんは無事に女の子を出産した。さらに、1年5ヶ月後に、2人目が生まれた。2人とも女の子だった。
長女は「スット子」、次女は「ドッ恋」と名付けられた(嘘です)。
そのあとも、イトウ君は、たまに近況をメールやLINEで送ってくれた。かならずスット子ドッ恋の画像を添付して。
それから、7年の月日が7年分過ぎた今年の10月初め、私の元に悪魔の手紙が届いた。
招待状だった。
披露パーティーの招待状だ。末尾には、ドスコイ夫婦の名が記されていた。
私は早速、イトウ君にLINEを送った。
君たち名義のいたずらハガキが来たが、心当たりはアルマジロ。
すると、29分後にイトウ君からLINE電話が来た。
「先生、お久しぶりです。おひさしブリーフ。僕は、トランクス派ですが。いえ、トランプ派では、ありません」
何を言ってるのだ君は。楽しいけど。
「そのハガキは、イタズラではないです。僕たち夫婦は、できちゃったマリッジで、しかも立て続けに子どもが生まれてしまい、結婚式も披露宴もできず、新婚旅行も行ってません。子育てに忙しくて、余裕がありませんでした。でも、今年30になったのを区切りとして、お世話になった人たちに挨拶をしようと思って、披露宴をすることにしました」
まあ、それはわからないではないわけではないわけではないが、1つ間違っていると思うぞ。俺は、君のお世話をしたことは、一度もない。だから、俺を招待するのは、おかしい。
「何を言っているんですか、先生。先生は、僕にパソコンを教えてくれたじゃないですか。いま、それが仕事に、とても役立っていますよ。間違いなくお世話になってます」
パソコンなんてものは、パソコンを持っていれば、誰でも教えられる。いま君は、パソコンが得意だ。その君が、誰かに「パソコンを教えてください」と言われて、その人に教えたとしよう。そのとき、君は、その人をお世話したと思うかい。
「思いませんね」
だろ? だから、この招待状は、没にしていいね。
「いや、でも、あの・・・・・・」と言った後で、スットコドッコイなイトウ君が、突然話を変えたのだ。
「先生、貧血は、大分良くなりましたか」
こいつ、痛いところをついてきたな。
4年ほど前、重い貧血に手を焼いていた私の体を案じたイトウ君に「先生、スッポンは、どうですか。僕は、たまに食べるんですけど、あれを食べると2週間は疲れ知らずですよ。1度食べてみませんか。僕がご馳走します」と言われて、2回ご馳走になったことがあった。
確かに、それはよく効いて、体長隊長体調が持ち直した。
つまり、イトウ君には、恩があった。
「恩は返さなければいけません」と鶴も言っているではないか。
私は、機織りはできないが、披露パーティーに出ることはできる。
「わかった」と鶴は鳴いた。
昨日の夜、ヨメに、明日、イトウ君の披露パーティーに行くから、と言った。
ヨメは、綿棒で耳をほじくりながら言った。
「本当に行くの? 私は、そんな薄い付き合いだったら、たとえ招待状が送られてきたとしても行かないな。適当な口実を見つけて、断るけどな。ほとんどの人が、そうすると思うよ。お人好しにもほどがある!」
そうですか。
結局、1番スットコドッコイなのは私だった、というオチか。
誰か、六本木欅坂を、今日だけ封鎖してくれませんか。