杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

マッサンと酒造り唄

2014-10-01 10:26:08 | 地酒

 今週から始まったNHK朝ドラ【マッサン】。今日(10月1日)の放送で主人公の実家の造り酒屋で、酛摺り唄(もとすりうた)のシーンが登場しました。「もと」は酉へんに元と書きます。gooブログではなぜかうまく漢字変換できない場合もあるのでご容赦ください。

 

 酛摺り唄というのは、酛=酒母を造るときの、作業のリズム、時間間隔、はたまた蔵人同士の“気合注入”を兼ねた作業唄。お百姓さんの「田植え唄」「籾摺り唄」、木こりさんの「木挽き唄」、漁師さんの「櫓漕ぎ唄」と同じです。

 

 私は制作中の地酒ドキュメンタリー【吟醸王国しずおか】のパイロット版で、冒頭に、磯自慢酒造の杜氏・多田信男さんが歌った南部杜氏の酛摺り唄(酛搗き唄)を挿入しました。

 

 ヤーアレとーろりナンセーエエ エーエエとーろりとーヤーエ

 ハーヨイトコリャ サッサ 出た声なれば

 ヤーアレとー 声を ナンセーエエ えーええとられた ヤーエ

 ハーヨイトコリャ サッサ 川風に

 揃た 揃たと 仲搗き揃うた 秋の出穂より なおそろた

 <出典「日本の酒造り唄」 版田美枝著 チクマ秀版社>

 

 

 【マッサン】の実家は広島の竹原ですから、ドラマで使われた酛摺り唄は竹原杜氏の唄だと思います。竹原杜氏組合はその後、西条杜氏組合と合併し「広島杜氏」となりました。版田美枝さんの「日本の酒造り唄」に紹介されている広島杜氏の唄は、歌詞から想像しておそらく旧西条杜氏のものではないかと思いますが、紹介しておくと―

 

 ハァー 安芸のー ヨーホイ ヨーヨイ 宮島の ヨーホイ

 ヨイヤナ ヨイヤナ 廻れば ヤレ 七里 ヨーホイ

 ハアー 浦ーヨーヨイ ヨーヨイ 七里の ヨーホイ

 ヤレ 七恵比寿 ヤレサノセイ ショウガエー

 

 

 活字で読もうとするとピンときませんが、桶の中に櫂を入れる蔵人さんたちが、歌いながらリズムと時間を計っている光景を想像してみてください。歌詞をみるだけでも、南部(岩手)と広島、杜氏流派によって造り方が違うんだと判ります。とりわけ、酛(酒母)という酒造りの中でも要の作業で歌われる唄ですから、唄が違えば酒が違うのも道理だ、と思えるのです。

 

 酛(酒母)造りとは、密室でもなくタンクに蓋もかぶせない完全開放状態の仕込み蔵で、雑菌の繁殖を防ぎ、優良酵母を安定的に醗酵させるために欠かせない「乳酸」を造る作業です。酵母を正しく働かせるために、小さいタンクから大きなタンクへと少しずつ“拡大培養”させるのですが、最終的に1本のタンクのもろみに使われる米の約7%の蒸米&麹米で酵母を培養させます。文字通り酒の母となる最初の小仕込みで、ここでしっかり「乳酸」を造らなければなりません。

 

 乳酸を造る方法は、現代では既成の乳酸菌を添加する「速醸酛」が主流ですが、鎌倉~南北朝時代は「水酛(菩提酛)」という造り方。米を水に漬けて、別に10分の1の米を飯に炊いてザルor木綿袋に入れ、一緒に米に漬ける。3~6日経つと浸漬水に乳酸菌が繁殖して酸っぱくなるので、この水を仕込み水として前述の米を蒸し、麹とともに仕込んだ。これが「生酛(きもと)」の原型とも言われています。

 

 

 生酛造りを簡単に紹介すると、半切り桶に蒸米、米麹、水を仕込む。米が水を吸ったところで、蔵人が櫂をそろえて米をすり潰す。このとき歌うのが「酛摺り唄」です。

 櫂入れ作業は非常に面倒なもので、仕込み後9~11時間で最初の荒櫂(半切り1枚あたり3人で10分間)を入れ、その5時間後に2番櫂(3人で10分)、さらに3時間後に3番櫂(2人で10分)を入れる。寒い冬場に真夜中や早朝にかけ、多くの労力を要する過酷な作業で「山卸し」とも呼ばれていました。

 20日くらい置くと甘くなるので、壺代と呼ばれる酛桶に移し、暖気樽(湯たんぽ)を使って少しずつ温度を上げる。この間に乳酸菌が生成されます。ちなみに後に発明された「山廃酛」とは、山卸し作業を廃止した、という意味ですね。

 

 この写真は【吟醸王国しずおか】で撮影した杉錦の生酛造りの光景。蔵元杜氏の杉井均乃介さんです。ちなみに唄は歌っていませんでした(笑)。

 

 

 

 マッサンの主人公は、新しい酒造りに挑戦していきます。彼の場合は日本酒から離れてしまいますが、日本酒造りの中でも技術革新は繰り返されてきた。酛造りの変遷はその典型でしょう。

 乳酸菌を添加するだけの「速醸酛」全盛の今、杉井さんのように、あえて「菩提酛」「生酛」「山廃酛」を復活させる蔵元も出てきました。これは単なる回顧主義というよりも、革新の原点を識ることで、新しい酒造りのヒントにしようとする酒造家のDNAの成せる技かもしれません。1000年以上も前の技術を復活させ、商品化できるなんて、他の産業には出来ないことです。自信をもって、大いに頑張ってほしいと思います。

 

 10月1日、今日は日本酒の日。ふだん日本酒を飲まない人も、今夜はぜひとも一献お試しあれ!


酒器をめぐる夏

2014-08-19 11:12:28 | 地酒

 この夏はお酒代よりも酒器代にお金をつかってしまいました。

 

Dsc04472  きっかけは、9月に開かれる蕎麦の会で磯自慢を使いたいという主催者を、磯自慢酒造に案内したとき。おみやげに磯自慢ロゴが入ったグラッパグラスをいただき、自宅であれこれ愉しんでみました。磯自慢のような甘くフルーティーな酒には、なるほどピッタリ。雑然とした我が家のリビングが、一瞬、高級ワインバーになったかのような気分でした。新しい酒器を使うときって、新しいメイクや洋服を身に纏うような高揚感があるみたいです。

 

 

 その後、仕事で上京した足で東京国立博物館の故宮博を観に行き、紀元前3000年ぐらいから酒器が作られていたこと、酒器が皇帝の神事と密接なかかわりが合ったことや歴代皇帝の故宮コレクションの中でも異質な存在感を示していたことに心惹かれました。

 

 さらに数日後、プラザヴェルデ沼津の白隠講演会の折、同会場で開催されていた開館記念陶器市をのぞいて、久しぶりに自分遣いの酒器を何点か購入しました。陶芸品は学生の頃から好きで当時はコーヒーカップ、酒を覚えてからは酒器をコレクションしていたのですが、2009年8月11日の駿河湾沖地震で、耐震補強していなかった食器棚は無残に倒れ、コレクションの大半を失ってしまったことから(こちらを参照)、しばらく陶器集めから遠ざかっていたのです。

 

 

 折りしも茶道の勉強で古田織部に親しんでいたこともあり、瀬戸・赤津焼窯元の【喜多窯・霞仙】の織部のぐい飲みに一目惚れ。事前にPRしていなかったのか、開館記念イベントだというのに陶器市会場はあまりにも閑散としていて、全国から集まった出展者の方々に「静岡に悪印象を持ってもらったら哀しい」と思い、ついつい皿、マグカップ、急須、会津塗やらを買いだめしてしまいました。地震で壊れたら実も蓋もないと、100円ショップ食器しか使わなくなった自分からしたら、ビックリするような大人買いです。

 

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 帰宅後、クレジットの明細を見て少々後悔しつつも、当日拝聴した芳澤勝弘先生の白隠のお話を思い浮かべながら織部で白隠正宗を一献、磯自慢をなめらかな質感の会津塗でグイッとやったら、なんとも至福な気分になりました。いい器は、やっぱり味わう気分を盛ってくれますね。それに、なんか、やっぱり、日本酒には手のひらサイズのぐい飲みのほうがしっくりくる・・・。酒器って大事だなあと改めて感じました。

 

 

 

 Imgp0571 ちょうど、京都今宵堂さんが8月あたま、静岡で展覧会を開催されるということで、月一回、日刊いーしずで連載している地酒コラム【杯は眠らない】では酒器について書こうと思い立ち、酒器の話を聞くならまずはこのご夫妻!ということで、伊豆の国市の安陪均さん絹子さんを訪ね、その2日後には今宵堂さんの個展を拝見し、富士山酒器で愉しませていただきました。

 

 

 安陪夫妻はアンティークコレクターでもあり、江戸時代のモダンな蕎麦猪口で冷えた吟醸を夏らしくさっぱりいただきました。

 

 

 

 今宵堂の上原夫妻の酒器は遊びこころ一杯。Imgp0605 私は青の酒杯&ぐい飲みを購入しました。金明、高砂、富士錦、富士正・・・富士山周辺の銘柄を楽しむにはもってこいです。

 

 

 

 

 

 

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 しずおか地酒研究会では、1999年9月、「月夜に 乾杯!酒器あわせ」という地酒サロンを開催しました。日本三大地蔵「延命地蔵菩薩」のある宣光寺(磐田市見付)で陶芸家吉筋恵治氏(森町)の陶芸談義を楽しみ、42名の参加者がMY酒器を持参し、参加してくださった蔵元7社の秋上がりの美酒を楽しみました。

 今でも忘れられないのが、地元・千寿酒造の山下社長(当時)が、門外不出という山下家秘蔵の古伊万里をお持ちくださったこと。お酒の味よりも(ゴメンナサイ)、古伊万里独特の鮮やかなデザインが今でも目に浮かびます。

 

 

 Imgp0583 日本の酒器は、形状、品質、絵柄の違いに加え、時代や地域性の違いも楽しめます。地酒同様、造り手が身近にいて、ともに語り合える。お気に入りの陶芸家・酒器との出会いは、本当に貴重です。そんな酒器の力を借りることで、美酒の記憶がさらに鉄板なものになるでしょう。こういう経験はワイングラスでは得られないと思うし、日本酒を海外に持っていくなら日本酒はこういう酒器で愉しむんだ!という文化も紹介すべきではないかと思うんですが、どうも今のトレンドから外れているような・・・。

 

 とりあえず、酒器についての雑感をまとめた【杯は眠らない】、ご覧くださいませ。

 


大村屋酒造場2014 第18回七夕コンサートのお知らせ

2014-06-27 08:59:34 | 地酒

 『若竹』『おんな泣かせ』『鬼乙女』の醸造元・大村屋酒造場(島田市)の恒例・七夕コンサートが、今年も7月7日(月)19時から開かれます。ここ数日、当ブログを検索閲覧される方が増えてきましたので、急ぎご案内いたします。

 

大村屋酒造場 第18回七夕コンサート

 

◇日時 2014年7月7日(月) 18時30分開場、19時開演

 

◇会場 大村屋酒造場・貯蔵蔵  島田市本通1丁目1-8 (こちらを参照)

 

◇出演 大石陽介(バリトン)、大石真喜子(ソプラノ)、馬場祥子(ピアノ)

 

◇料金 無料

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 今回は島田市在住の声楽家・大石ご夫妻が、日本の叙情歌をしっとり歌い上げてくださいます。コンサートの後は樽酒など蔵出しの酒をたっぷり試飲できます。

 蔵元従業員総出で地域のみなさんをおもてなしする手作りイベント。こういう蔵が地元にあって幸せです!

 昨年の七夕コンサートの様子はこちらを参照してください。

 

 会場はすぐに満席になってしまいますので、なるべく早めに行かれたほうがよいと思います。車での来場はNGですよ、もちろん。


平成25酒造年度全国新酒鑑評会

2014-06-07 15:48:33 | 地酒

 平成25酒造年度、第102回全国新酒鑑評会。全国から845品が出品され、入賞は442品、うち金賞は233品という結果でした。詳細は酒類総合研究所のサイト(こちら)で確認してください。

 

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 5月28日、東広島運動公園アクアパーク体育館で開かれた製造技術研究会。JR西条駅前から出るシャトルバスの朝一番(8時5分発)に乗ったのに、会場に着いたらすでに長蛇の列。猛暑の中、開場10時まで外で立ちっぱなしはキツイですが、注目産地の金賞受賞酒を試飲するにはみなさん必死です。去年(こちらを参照)と同様、今年も好成績だった東北・北関東エリアは試飲コーナー前に長蛇の列が渦を巻いていました。

 

 

 

 

 前日の講演会で聞いた鑑評会の審査結果によると、全出品酒を通し、カプロン酸エチルの指摘数が去年の2850点から今年は3457点に激増。グルコース(ブドウ糖)も高かったようです。つまりヘビーな香りで甘い酒がたくさん出品されていたということ。審査員から「香りが高く、甘く、くどい。甘味が浮くような酒が多い。酒としてどうなのか?」と疑問の声すら上がったそうです。

 

 そうはいっても、審査するとき、甘いから落とす、というわけではないようで、甘くてくどい酒ばっかりの中で、まあまあバランスの取れたものが入賞するのでしょう。静岡のように、甘くはないし香りもハデではないけどバランスが取れているって酒が優位ってわけでもないようです。

 

 以前は原料米を、山田錦5割以上使用と、他の米を5割以上使用、の2部門に分けて審査していましたが、今は分けずに一緒に審査します。また県や各国税局主催の鑑評会では吟醸の部、純米の部を分けて審査していますが、全国ではずっと一緒です。そのことをこちらで書いたとき、読者から「出品酒のほとんどが純米ではなく吟醸(アルコール添加酒)だったなんてショック!」というコメントがありました。

 

 一般消費者や海外市場で支持されている純米酒や、地域独自に栽培されるご当地米を使った酒が、吟醸酒の原料としてゆるぎない実績と信頼を持つ山田錦と、酒質を安定させるアルコール添加酒が必勝条件ともいえるコンテストで入賞するのは至難の技だと思います。審査基準を決めるとき、酒造業界の将来を見据え、純米やご当地米の酒を伸ばしていこう=多様性を認めていこうというコンセンサスが必要でしょう。多様性を評価するには審査方法もそれなりに高度化させなければならないと思います。

 講演会でも「なぜ純米の部を設けないのか?」という質問が会場から上がったのですが、なんと、「研究所は推進したいが、鑑評会共催者の日本酒造組合中央会が反対している」とのこと。・・・う~ん、理由がわからない。

 

 

 

 

 

 

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 それはさておき、私はいつものように、誰もいない静岡県出品酒コーナーにイの一番に駆けつけ、ゆっくり試飲しました。静岡県からは18品が出品され、入賞6品、うち金賞は4品という結果です。金賞ゼロだった去年に比べたらまあまあの成果でしょうか。会場でお会いした【開運】土井社長のホッとした表情が印象的でした。

 

 毎回お会いする【杉錦】の杉井社長、今回は入賞を逃しましたが、出品リストをボートに貼り付けて真剣に寸評を書き込む姿はいつもどおりです。こういう熱心な蔵元さん、昔はたくさんいたのに、私みたいな素人がハバを利かせているなんて・・・複雑な思いで、結局、他県をみてはまた静岡へ戻り、というのを繰り返し、つごう4回静岡県出品酒を試飲しました。

 

 

 

 最初は「カドがたってるなあ」と思えた酒も、時間が経って温度が上がるとバランスよく感じられます。今回自分の口にマッチした【英君】は、1回目に利いたときは香りが立ちすぎ、渋味も強く、新酒の硬さがありましたが、回を重ねる毎に落ち着いてきました。【磯自慢】は素人でも一口で静岡酵母らしさが判る香り。味とのバランスにやや乖離感があったのですが、4回目に利いたときは、香味バランスがふんわりマッチしていました。品温の差が審査にどれほど影響を与えるのか、素人には判りませんが、両方とも、静岡酒を愛飲し続ける者にとっては、まぎれもなく静岡代表だと自慢できる酒質でした。

 

 

 去年、ベストワンだと思った【若竹】。今回も誉富士精米40%の純米大吟醸で堂々と出品されていました。香り控えめのおとなしい出来で、他県の入賞酒と比べたら印象が薄かったかもしれません。でもこれは〈今がピークではない〉だけのこと。熟成が進めばすっきりまろやかな静岡らしい純大に仕上がると思います。

 

 

 他県では、山田錦以外の県で奨励する酒造好適米を使用した出品酒が増えていました。もちろん圧倒的に多いのは山田錦ですが、

○北海道(出品12)―『吟風』3、『彗星』2

○青森(出品15)―『華想い』4

○秋田(出品31)―『秋田酒こまち』6、『美郷錦』2、『美山錦』1

○新潟(出品70)―『越淡麗』28、『越神楽』2、『五百万石』2

○長野(出品59)―『美山錦』14、『ひとごこち』4、『金紋錦』2

○広島(出品39)―『千本錦』16

 

 

 という県もあります。上記は米の産地で、比較的規模の大きな酒蔵が多く、1社で何品も出品できるメリットもあろうかと思いますが、山田錦以外の米が少しずつ実績を作って行かなければ、いつまでたっても多様性が評価されるコンテストにはなれないでしょう。

 国を挙げてのアルコール飲料の品質評価コンテストが100年以上も続いている、世界でも稀有な鑑評会です。伝統的に培ってきたものと、時代と共に変革するもの、そのバランスをうまくとってほしいですね。

 

 

 静岡県も、静岡酵母や誉富士といった独自性を貫き、実績を作っていってほしいと思います。そうでなければ『吟醸王国しずおか』という名の映画を発表する自信がなくなりそうで怖い・・・です。

 

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 お昼近くなって、人気のエリアから人が分散し始め、静岡県コーナーにも列が出来始めたころのこと。いつまでたっても先に進まない老齢の3人組がいて、手元を覗いたら、なんと、静岡県の出品酒を片っ端からブレンドしていたのです。「静岡は、気イの入ってない酒ばっかりや」と捨て台詞。西日本の方言の、酒造職人らしいおっちゃんたちでした。出品した蔵元さんたちが見たら、どんな思いをされるだろうと、思わず、近くに土井さんや杉井さんがいないか見回してしまいました。

 

 

 ・・・いろいろな意味で、鑑評会が変わる時期に来ているのではないでしょうか。

 

 


酒類総研講演会~Jカーブと微生物叢

2014-06-05 11:13:47 | 地酒

 5月27日、東広島市市民文化センターで開かれた第50回(独)酒類総合研究所講演会。今年の演目は、

 

①少量飲酒の健康への影響(Jカーブ)

②お酒の中の微生物を改めて知る

③清酒の中鎖脂肪酸等分析法とその成分調査

④平成25酒造年度全国新酒鑑評会について

⑤特別講演「世界は日本酒を待っている!~南部美人の海外戦略と世界の日本酒を取り巻く現状」

 

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 このうち、興味深かったのはお酒と健康に関する最新研究①でした。詳細は来週UPする日刊いーしずの地酒コラム【杯は眠らない】で報告しますので、さわりだけ紹介すると、古来より“酒は百薬の長、されど万病の元”と言われていた説を、マウス実験で立証した研究です。

 

 「Jカーブ効果」って聞いたことありますか? お酒を全く飲まない人の死亡リスクを1とすると、適量飲む人はリスクがマイナスに下がり、適量を超えてしまうとプラスに急上昇=ハイリスクに転化する。グラフ化すると、アルファベットのJのようなカタチになるのです。マウスの実験でこれが生理学的に立証され、適量はマウスではアルコール1%程度。人間ならば1日あたりビールで250~500ml、日本酒なら80~160ml と計算できたそうです。毎晩飲むなら1合弱ってところでしょうか。もちろん「それっぽっちで済むはずがない」と苦笑する酒徒も多いと思いますが、いい年齢になれば、適量をわきまえ、細く長~く呑み続けていきたい、それがオトナの流儀って感じでしょうか。

 

 いずれにしても、科学的に証明されたってことは心強い限りです。アタマから自分は飲まないと決め付けている人と宴席を共にする機会があったら、それとなく、ウンチクってみようと思います。

 

 

 

 

 ②の微生物の話も聞き応えがありました。微生物と聞けば、麹菌や酵母菌など酒造りにとって優良な菌を思い浮かべますが、もろみを腐らせる腐敗原因菌(酢酸菌や納豆菌など)も存在します。いわゆる微生物叢=醗酵の途中で何種類ぐらいの微生物が何割ぐらい活動しているのかは、実は正確なことはわかっていないそうです。というよりも、わかっている微生物というのは“人間の手でも培養できる特別な微生物”に過ぎなかったということ。つまり、既存の培養法では検出できる微生物が限られていたというわけです。

 

 

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 今回、酒類総研では新たな遺伝子解析法(次世代シーケンサーと定量PCR)を開発。今までの培養法では10属程度だった微生物叢が、新しい解析法では57属にまで広がり、菌の種類を一つ一つ数えたら、今までの数倍~数百倍存在していることを確認できたそうです。

 

 日本酒では醗酵途中では酵母菌や乳酸菌の働きが強すぎるため、なかなか難しかったようですが、発泡性清酒・・・後から炭酸ガスを吹き込むのではなく、瓶内二次醗酵によって発泡性を付与したいわゆる活性型では、乳酸菌系の微生物が多く検出されました。これらの中には品質に影響する細菌も多く含まれるため、細心の品質管理が必要であるとのこと。

 

 

 多くの時間が割かれた解析法の説明は、理系の知識がない素人にはとてもついていけませんでしたが(苦笑)、微生物の実態把握につながる分析技術を究めていくことで、品質管理面のみならず、醸造発酵酒の真の理解につなげてほしいと思います。こういう科学研究の成果にふれると、微生物とヒト、生物同士の叡智が融合した地球上で最も価値あるものの一つだ・・・と感動させられます。ヒトは自然の前で傲慢になり、ときに謙虚にもなる、そのやっかいな普遍性を、一杯の酒が示してくれるんですね。

 

 ①と②の研究については、酒類総研の広報誌エヌリブ最新号に概要が紹介されています。こちらを参照してください。